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それは君のものじゃない


――【重量操作】!【重量操作】ぁぁ!



僕は今、あらん限りの力で生涯最悪の敵と戦っている。


「なんで!?なんで持ち上がらないのよ!?動きなさい!動きなさいよぉぉ!!?」


イーネ母である。


どれだけ必死に作業に徹してきたのか。

あれから2時間と掛からず戻ってきた彼女は土埃にまみれ、汗だくの体を引きずりながらも、引き続き事件の証拠品、つまり僕の処分をするために行動に移した。


つまり、僕は誰にも見付からないような場所に埋められるか、沈められようとしている。

邪神か何かでもあるまいに、何もしていないのに石に封じられた上にそんな封印じみた処置をほどこされてはたまったもんじゃない。


犯罪者の心理として、音と光に弱いというものがあるらしく、必死の形相とともに投げつけられる悪罵が、すべて小声というのがひたすらに怖い。美人な分だけ余計に怖い。


抵抗するのに使っている【重量操作】はある程度まで僕の重量をある程度まで増減させられるようなのだけれど、これがなければヤバかったかもしれない。

女の細腕じゃあこの重さは無理だろうとタカをくくっていたら、素の状態の僕が、少し浮いた。


繰り返しになるけれど、最初は大人の男が二人掛かりで運び、後に馬に曳かせて運んだくらいのコンクリの塊。それに現代日本の常識と人格を備えた存在。それが僕だ。

砕かれて歪な形になっているとはいえ、推定40センチ角だと思ってもらえればいい。

コンクリートの重量比はおよそ2.3だから、単純計算で150キロ弱。げに母の愛は恐ろしい。


それにしても、この知識は「常識」の範囲なんだろうか?まあいいけどね。


僕の知識や常識は置いておくとして、僕の力がいわゆるスキルなのか魔法なのかは不明だけれど、とりあえず魔法だということにしておこう。この【重量操作】発動時には僕の表面がちょっと光る。


きっとイーネが見たように、体表に――もう普通に「体」と表現するけれど――「重量操作」と浮き出ているんだろう。

幸いにも、その場所自体は僕自身が制御出来るようだったので、床との接地面を光らせる事で、ただの石の塊のフリをしている。つまり、僕の魔法は尻から出る。


ともかく、ただの石が怪しく光る。そんな場面を今のイーネ母に見られたら、とりあえず砕いてしまおうと考えておかしくない。


いや、冷静になった彼女は時間を掛けて僕を砕き、少しずつ外に捨てに行く事を思い付くかもしれない。それはそれでとんでもなく怖いけれど、今はまず捨てられないようにするだけで精一杯だ。


――僕は今、これまでになく頑張ってるぞー!

これが命がけの充実感というものか。危機的状況だというのに、今までになくハイになっているのを感じる。


「お母さん!お母さんってば!」

「何?イーネ、邪魔をしないで。いまお母さんはあなたの為に――!」

「いいから、もう、ちょっと休んでて」


何故かイーネ母の言葉に更なる危ういものを感じたが、娘の言葉に少しは冷静さを取り戻したのか、僕の体から手を離した。

落ち着く為にだろうか、


「そうね、ちょっと水を汲んでくるわ」


と言って外に出て行った。

――いつも通りの行動を取ろうとしてるだけだったりして。

周囲に疑われないように。

そんな想像に、改めて背筋が凍った。


「さて――」


残ったイーネは、独り何かを考えるような仕草をしてから、そう呟いて袖を捲った。


――何をするつもりだ?

その腕は母親よりも細く、どう考えても僕を持ち上げられるとは思えない。

その僕をここまで運んだのがイーネであるのは間違いないのだけれど、イーネ母はやっぱりあれで取り乱して冷静ではなかったのか、娘に僕を運ばせようとはしなかった。


――というか、手伝わせようともしなかった?

うん。やっぱり僕は無機質な人間だ。恐ろしい思いをしたばかりの娘に、彼女はそんな事をさせたくなかったんだろう。そんな事にも気付かないなんて。


僕の心の内など分かるはずもなく、イーネは腕を上げると掌を僕の方に向けて言った。


「お願い」


――え?お願い?


「重力操作!」


僕の体の表面、イーネの正面側が淡く光り、【重力操作】の文字列が浮かぶ。

――しまった。いや、まあいいのか?

誰かに「お願い」されるなんて生まれて初めての経験に、思わず反応してしまった。


「凄い……やっぱり持ち上がる……!」


けれどもイーネは僕が魔法を使うのを目の前で何度も見ている。

しかもこうして話し掛けてきたという事は、僕が意志を持つ存在であり、彼女を暴漢から助けた、とまでは言えないかもしれないけれど、力を貸していた事に気付いていた可能性が高い。

それならそれで、今度は彼女が母親から僕を守ってくれるという希望も――


「これが……私の力!?」


違うそれは僕のものだ。



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