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石から血は出ない

不定期連載です。


『ヒロエ (@hiroebokomichi)・3時間


職場のトラック搬入口の柱に車体が激突したらしく、一部が砕け落ちてた。

今頃コンクリ片が異世界転移してハーレムチートしてるはす。』




軽い誤字に気付いた時には既に「いいね」が付いてしまい、投稿者が人知れず落胆していた頃。

そんな事にはまったく関係ないとばかりに、とある存在が目を覚ました。




「……さあ、こちらの知識と特殊な力を与えた。 もう行くといい」

そんな言葉と共に、僕は異世界に放り出された。 それこそ石ころのように。




     

――僕には上瞼(うわまぶた)がない。 だから常に周りが見えていて、下の瞼はこの大地だ。

ついでに手足も胴体もなく、頭もない。 我ながらどうやって世界を認識しているのか想像も付かない。 なんて力だ。


僕の名前はコンクリ。 謎の存在にこのような姿にされた――とかではなく、元から無機物だったように思う。


どんな人間よりもミネラル満点な存在、それが僕だ。

異世界転移というよりも、使い古されたテンプレの、いわゆるトラック転生させられて意識を持つに至ったコンクリ片。

だからコンクリと自称しているのだけれど、口がないので喋ることも出来ない。


さらに「こちらの知識」を与えたとあいつは言っていたけれど、現状から言えば「あっち」になる。

だから僕が――意識を持ったコンクリ片として――転生してから、最初はこの世界の言葉すら分からなかった。


僕が放り出されたのは、この世界―― ――のどこか片隅にある開拓村。 初めての異世界人との遭遇は感動的だった。


「ちっ」


まあ気持ちは分かる。


開墾現場で絶妙な大きさの石や木の根なんて、作業の邪魔でしかない。 遭遇1時間後にはちょっと遠くに捨てられる運命だった。


時が経つにつれて村は大きくなり、僕は時に子供に乗られ、時に腰掛け代わりにされ、またとある時期には犬の――これはやめておこう。

とにかく、その移り変わりを見守ってきた。


つまりだ。 お分かりいただけただろうか。

僕を転生させたのはド外道だ。 極度に陰湿なドSといってもいい。


なにせ周囲の村人の会話を聞いて、ゼロから言葉を覚えるほどの長期間、石だけに意識を失うことも出来ずに転がされていたのだ。


まるで封印された邪神か何かじゃないか。 いや僕が。

けれど特殊な力を与えたという、あいつの言葉に嘘はないと思ってる。 というより願ってる。


でないと雨に打たれ、完全に削れて消えるまで、僕の意識は消えないだろう。

そう考えると居ても立ってもいられない気持ちになる。 けれど実際には、立っているのやら座っているのやら……。


こうして有り余る時間を使って残る疑問は、知識があるだけで生き物に人格は宿るのか?というものだった。

僕の仮説としては、知識も人格も、どちらも適当にコピペされたものなんじゃないかというもの。


なにせ僕の最初の記憶は、


「……さあ、こちらの知識と特殊な力を与えた。 行くといい」


という言葉から始まるのだから。

僕がここにこうしている事に対しても、何も情報のない状態からのスタートだった。

あいつテキトウ過ぎるとしかいいようがないだろ。


そんな僕の夢は、いつか自分の足で世界を歩き回ることだ。



はじめは開拓の邪魔物だった僕だけれど、村や畑が広がると、またもやっぱり邪魔になり、別の場所へ。

それでも村人に余裕が出てくる頃になると、畦道に置かれたまま腰掛け代わりに使われるようになった。


この時期に仕事の間の村人達の雑談を聞き続けることで、ようやく僕は言葉を覚える機会を得た。


そこから彼らに対する親しみが生まれるのは、当然だっただろう。

若かった開拓青年が恋をして、結婚し、その子供達と一緒に僕の周りに集う。 そんな光景をずっと見守っていたのだから。


それでも僕はしょせん石でしかない。

いや、立場はちょっと上がったのかもしれない。 残念ながら一家の団欒からは外されてしまったけれど、次に僕が移されたのは町の入り口だった。


砕けたとはいえ明らかに人の手の入った石材である僕は、道端に転がっているにはちょっと目立つ。

そのせいで、道標代わりに人気(ひとけ)の無い村の外へと置かれることになった。

最近では僕の元を訪れるのは、村を出入りする村人や商人、それから1人の少女くらいになっている。




今日も僕は、自由を手に入れるにはどうすればいいかを考える。

そもそもあいつの言った「特殊な力」というのが、この思考力を指すというのは無理がある。

何故なら何の役にも立ってない。

これまで僕は遭遇したことがないけれど、この世界はいわゆるファンタジー世界だ。 探索者と呼ばれる戦士達がいて、日々魔物と戦っている……らしい。


彼らは戦いに明け暮れるほどに超人的な働きをするようになる。

そんな世界で特殊な力といえば、例えば魔法。 何も無い場所から炎を生み出し稲妻を投げる。


それなのに、わざわざ「特殊な」なんて枕詞を付けた能力が思考力だけなんてあり得ないだろう。


とはいえ普通、人間が強くなるには戦いを経験する必要がある。 詳しい理屈は知らないけれど、そういうものだと村人が言っていた。

開拓村だけあって、この村でも何度か魔物が迷い込んだ事がある。その時は狩人が中心となって村人総出でその対処に乗り出した。

結果、ゴブリンやコボルトといった弱い魔物とはいえ、それらを直接倒した村人の一人は、少なくとも腕力が以前よりも強くなったと言っていた。 なので間違いない話なのだろう。


けれど、いや、それで僕にどうしろと。

路傍に転がる石のように、文字通り、ただ転がっているだけの僕には戦うなんて事は出来ない。

それどころか、僕の存在が邪魔だといって鍬を振り上げた村人に、表面上はともかく内心怯え切っていた僕だ。 そんな僕にいったい何が出来るというのか。


幸いこの村で使われているような銅製の農具程度では、5階建ての倉庫の基盤部分を覆うために練られた僕の肉体には、傷一つ付ける事が出来なかったのだけれど。

……まさか「硬い」なんてのが、僕の特殊能力だなんて言わないだろうな?


そんな事を考えていると、僕の近付いてくる見慣れた姿に気が付いた。



彼女の名前はイーネ。 見た目はおそらく13,4歳くらい。 どちらかと言えば可愛らしい外見で、栗色の髪をしている。

彼女はいつも、大体決まった時間に村の入り口にやってきて、村に来る者がいないかしばらく佇み、確かめている。


やって来る方向から考えると、それは何故か村の外れの方であり、本来なら村人が住んでいないはずの場所。 一度母親らしき女性が迎えに来た事があり、名前はその時に知った。

少なくとも一人で暮らしているわけではない様子だったが、


「お父さん……」


と呟いたのを聞いた事がある。

どう考えても訳あり母娘であり、僕としても近頃では唯一に近いほどの顔馴染みである。 僕が何かしてあげられるわけでもないけれど、気になってしまうのは当然だろう。


人恋しさという点で、僕は決して彼女にも負けてはいない。……言ってて悲しくなってきた。



この日もしばらく道の向こうを眺め、僕の上に座ること10分程度だろうか。


待ち人――多分父親なんだろう――が今日も姿を見せない事を知ると、彼女は若干悲しそうな顔をしながら帰っていった。


最近とは言ったものの、彼女がああやってここに来るようになってから、もうそろそろ3年くらいは経つんじゃないだろうか。


村の外れに住んでいるのは以前からなのか、それとも最近の事なのか。

あの母娘の話が村人の間で話題になっているのは聞いた事がなかったから、詳しい事は知らない。


村人の様子に多少は余裕が出てきたとはいえ、ここは厳しい開拓の現場。 口減らしなのか村八分なのか、どういった理由かは分からない。

そんな環境下でも他の村人との交流があるような感じがしないのは、嫌な想像を駆り立てさせる。


――こういう時こそ異世界チートの出番じゃないのか。

そんな事を考えてしまうあたり、僕の知識や人格の元の持ち主――同一人物なのかは定かではないが――は、よっぽど色々と毒されていたんだと思う。


――現実を見ろ、僕はただの石ころだ。

もしそれが出来たとしても、彼女に声を掛けるような勇気は僕には無かっただろうけど。

僕にあるのは頑丈な体だけなんだから。




僕は今日も村の入り口で、独り考え事をしている。


――僕には……固い意志があるッ!


……うん、違うな。 駄洒落になっちゃってる。

こうしていざという時の決め台詞を考えることで時間を潰し始めてしまったのは、そこそこ長い時間を一緒に過ごした(と思いたい)イーネを助けてあげたいという気持ちが湧いてしまったせいだろうか。


中学生が急に現れたテロリストを倒す妄想をするようなものだけれど、僕の精神年齢は上がる気配はない。

そもそも僕は「人間的に成長する」なんて言葉は嘘だと思ってる。 人間は成長しない。 立場が人を作るのだ。

……石ころ以下の立場があるのかは別として。


少しだけ悲しい事を考えてしまったが、それでも自分で身動きすら取れないのでは、湧きあがり始めてしまった英雄願望のようなものに、ちょっとだけ身を委ねてしまっても仕方がないと思う。

――石の上にも3年って言うし、そろそろ何かの能力に覚醒したりしないかな。

いや、その場合、覚醒するのはイーネの方になってしまう。

素質に目覚めたイーネに置き去りにされるのを想像してしまい、一層物悲しい気持ちになってしまった。



こういう時は別の事を考えるのがいい。

僕の目標は、世界を自由に動き回ること。 出来れば動き回れる肉体と、感じ取れる五感――ついでに第六感――もあると良い。


下手に人間としての知識だけがあるせいで、僕にはある種、肉の欲求というものがある。これがなかなかキツいのだ。

寝たい、食べたい、走りたい。 それから……まあ、知識だけしかない。


経験記憶というものがないおかげで憧れのようなものでしかないのは、幸か不幸か。

とはいえ五感が欲しいといっても、「見る」、「聞く」といった事は、「感じ取る」という別の感覚で賄っている。 あれ? これってもう第六感じゃない?


他にも持ち運ばれている際には速度も感じ取れていたので、全くの無感覚というわけでもない。 しかし僕の内部にジャイロセンサーでも入ってるんじゃないかと不安にもなる。



そんな馬鹿な事を考えている間に、いつものように近付いてくる、人の気配を感じる。


――いや、逆方向から?

普段イーネの来る方角とは別方向に意識を向けると、村へと向かう男の姿が目に入る。

開拓村とはいえ、いや、開拓村だからこそだろうか。 村にやって来る行商人の類は珍しいものではない。


彼らは馬車に乗って、あるいは荷車を曳いて商品を運び、ここでは手に入らない塩などの必需品、少し贅沢な都会の流行り物を売りに来る。 珍しいところでは吟遊詩人や芸人を連れてきて、娯楽の少ないこの村に笑顔を運んでくれる嬉しくも頼もしい存在だ。


しかし当然のように盗賊の襲撃などもあるため、行商人というのは独りで動き回ることは少ないと聞いていたのだけれど。


そう考えてみると、向こうからやって来る男は荷車は曳いているものの、少し妙な感じがする。 樽か何かに布を被せて運んでいるようだけれど、荷車を運ぶ足取りは、重い物を運んでいる様子はない。 むしろ何かを運ぶ準備のような気が……。


そんな僕の訝し気な視線に、気付いたわけでもないのだろうけれど、男は辺りを用心深く見回すと、まるで一息ついているような恰好でその場に立ち止まった。 村はもうすぐそこなのに。


――怪しい。

よく見ると男の人相まで悪人面に見えてくる。 こうなると、僕の傍まで近付いてこないことすら疑わしくなってしまい、

――お前、聴こえているな?

なんて心の中で問い掛けてみたりもした。

これで心が通じ合ってしまっても、お互いどうしたらいいか分からなかっただろうけれど。


そうして僕が観察してるのも知らず、男は何かを待つように、その場から立ち去ろうとはしない。

まさかと思うけれど……。


嫌な予感に胸を焦がしながら見ていると、ふと男が何かに気付いて顔を上げる。彼女だ。

イーネはいつもの時間、いつものこの場所にやってきた。

男は一瞬目を鋭く光らせたかと思うと、さもホッとしたような表情で彼女に話し掛ける。


ヤバい。これは何かヤバい。

明らかに男の狙いはイーネだと分かっていても、僕には何もする事が出来ない。


「やあ、この村の人かい?」

「そうですけど……」


片手を上げながら笑顔で近付く男に、イーネは少し警戒しつつも近付いていく。


「ちょっと車輪が嵌まってしまってね。 もし良ければ少し手伝ってくれないかな?」

「あ、はい。 いいですよ。 後ろから押せばいいですか?」


村人にとって、行商人は村を助けてくれる存在だという意識が強い。

心底困ったような顔をした男に同情してか、彼女は笑顔を見せながら歩みを進める。


「ここの窪みに嵌まってしまったみたいなんだ」


そう言って指差す所に何も無いのを僕は知っている。けれどイーネは知らない。


素直にそちらに目線を向けると、男は彼女の体を抑えつけ、片手で口を塞ぎに掛かった。


――やめろ!

そんな声が聞こえるわけもなく、


「大人しくしろ!」


と男は抵抗するイーネを殴りつけ、その華奢な体を吹き飛ばす。

いくら華奢とはいえ、痩せて見える男が出せる力とは到底思えない。

                            

建前とはいえ、人の為に働くという探索者とは真逆の存在、こいつ 襲撃者(レイダー) だ!


殴り飛ばされて地面で呻くイーネを余所に、襲撃者は荷台に手を突っ込んでロープを取り出した。


あの荷台に載っている空に見える樽は、きっと商品ではなくイーネを詰め込む為に用意された物だ。

となると奴隷狩りの類か。


人目の無い事をいいことに、男はロープを手に持ち彼女に近寄ってゆく。


――逃げろ!逃げろイーネ!

決して誰にも聞こえないはずの僕の声がイーネに届いたのだろうか。


僕がそう思えてしまうようなタイミングでイーネは突如勢いよく走り出し、そして転んだ。

背後には片足を上げたままの襲撃者の姿が。


「大人しくしてろって言ってんだろうが!」


ドスを利かせた脅しなど聞かされた事も無かったのだろう。 イーネは震えながら地面を這うようにして逃げ続ける。


「チッ」


それを見て、男は苛ついたように舌打ちすると、ズカズカと足音を立てながら彼女に近付いて手を伸ばす。

――僕は何をしているんだろうか?


唐突に――本当に唐突に、僕はそんな事を思ってしまった。

イーネを見守った3年間は、僕にとってはそれほど長い間というわけではない。

それでも3年。 孤独に苛まれる事のない日々が3年も続いたのだ。


それはこんな別れをする為だったなんて事、認められるわけがない!


手も足も、なんなら口を出すことも出来ない。

そんな僕に出来る事は何だ? 特別な力を発揮する為に、僕にこれまで足りなかった物は何だ?


「イテッ!?」


男の声に意識を向けると、イーネが伸ばされた手に思い切り噛み付いているところだった。

そしてその一瞬の隙を突き、血の付いた口元を拭いながら走り出す。


――そうか、あれだ!

殴られた衝撃か、それとも強い恐怖からか、イーネの走りはどこかふらついている。

だけれどきっと、彼女を救うのに僕に必要な物は、彼女自身が教えてくれたんだ。


それは、そう……


――僕にひと欠片の勇気を!


レイダーはすぐにまたイーネを追い掛ける。 今度こそ間違いなく捕まってしまうだろう。

けれど次の瞬間、ふらついたイーネが僕の体に手を伸ばした。

そうだ、君には僕が……あ、美味しっ!?

そう。男とイーネ、とちらのものか判別も出来ない血の付いた掌を。


思考が中断される程の強烈な感覚は、生まれて初めて味わう味覚情報だ。

即座に染み込み吸収される血液。 途端に僕の背中、いや天辺(てっぺん)に強烈な熱が生まれる。


「……じゅうりょう、そうさ?」


目の前ではイーネが薄っすらとした光に包まれて驚く顔が見える。

いや、これ光ってるの僕だ!?


湧きあがって来る新たな感覚に戸惑いながらも、僕の意識は襲撃者が武器を抜くのを捉える。 僕らに起きている異変に気付いた様子はないが、抵抗するイーネを脅す為に抜いたのだろう。


「おい!」


片手に剣を持ったまま、もう片方の手を三度(みたび)彼女に伸ばそうとする。

だけどもう、させない!

それは同時だった。

――【重量操作】!


僕は咄嗟に新たな力を襲撃者に向ける。


イーネが僕を()()()()()

襲撃者の動きが鈍くなったりは一切せず、イーネの振り回す石塊()はこめかみに直撃する。

……そっちかー。 重量操作ってそっちかー。


欠片とはいえ比重2.35、1トン当たり2.35トンのコンクリートを、華奢な少女が片手で振り回した事実に、僕は現実を把握する。 操作対象は僕自身だ。

僕自身が軽くなっている証拠に、襲撃者の首は折れたりひしゃげたりしていない。


「これが火事場の……」


いや違うから。

何やら呟くイーネと違い、僕には冷静に考える余裕が生まれている。

決して力に目覚めたからというわけではなく、単純に痛みを感じたりしない事と、直接の悪意を受けていないからだろう。


「おお……このクソガキ……っ!」


軽くなったとはいえ石で殴られれば痛い。しかも僕の角に当たった。憎々しげに睨みつけられるイーネの恐怖はどれほどのものだろうか。


しかし彼女は歯を食いしばりながら踏みとどまる。 確かにもう逃げ切れるとは思えない。

僕もイーネを守れるように覚悟を決める。


男はこめかみから薄く血を流しながら、手にした剣を振りかぶった。

――防げイーネ!【重量操作】

僕の言葉など関係なしに、イーネは男の攻撃を弾くように僕を振る。


子供でも振り回せるような軽さの物で、襲撃者の斬撃を防ぐのなんて不可能だろう。 けれど今の僕には【重量操作】がある。 それでも村人の持つ農具とは違う本物の凶器に勇気が萎えそうになる。けれど。


――石から血は、流れない!


剣との衝突の瞬間に【重量操作】で僕の体重を増加。 襲撃者の振るう武器の速度と少女の振り回す石塊(コンクリ)の速度が乗算され、つまり……。

――飛んでくるコンクリにぶつかりに行く男の図。

金属音と共にあっさりと剣が折れ、鈍器と呼ぶにはおこがましい、攻城槌にも勝るとも劣らない衝撃で男が吹っ飛ぶ。


「えっ」


僕が手伝ったのは事実だけれど、それを実行したのは間違いなくイーネだ。 ゴロゴロと転がってから、ピクリとも動かない襲撃者の姿に呆然としている。

無理もない。 ざっと計算してみると、襲撃者の剣の重さが金属バット(800グラム)程度、振り下ろしが時速120キロだとして、その運動エネルギーは444.4[J](ジュール)

対して、僕の体が40センチ角だとして、素の状態での重量が150キロ弱、イーネのぶん回しが時速90キロだったとしても、その運動エネルギーは 46875[J](ジュール)となる。


しかも僕は【重量操作】で自重を増やしてぶつかったのだ。衝突時の衝撃は速度の2乗に比例する。つまり結果はこうなる。


――にんげんはぶっとぶ。


状況を一言で表現するなら、まるで「事故」だ。 外見はそうでもないけれど、襲撃者(レイダー)の内臓がどうなっているのかは考えたくない。 ほぼ即死レベルだろう。

けれどそんな事が分からないイーネは、急に表情を逼迫したようなものに変え、僕を持ったまま襲撃者に駆け寄っていく。


――なんて優しい娘なんだろう。

いきなり襲い掛かってきた男を心配してだろう。 そう思った僕は、視点が急に上昇した事に気付いた。


――ああ、そうか……。

僕はちょっとだけ悲しくなりながら、衝突の瞬間に【重量操作】を使用した。


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