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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。

それを愛と呼ぶのなら

作者: 香久山ルイ
掲載日:2020/03/21

「いただきます」

「いっただーきまーす!!」

 物静かな親友の声と対照的に元気すぎる妹の声。これを聞くと、俺は一日が始まったような気がする。

 それは長閑な日常の光景。俺にとっても親友や妹にとっても「いつも通り」の朝ごはん。

 カーテンから零れる光。俺はばっと開けてしまうのが好きだが、親友は眩しそうに顔を歪める。

「アル兄、いつになったら慣れるのさー。ただの日光だよ?」

 妹のニーナにいつも通り指摘された親友のアルはすまん、と呟く。

「やっぱり、お日さまの光は苦手?」

「いや、朝が苦手なのかもしれない」

 まあ、アルは朝が弱いわけじゃない。この通りご飯前にはしっかり仕度を整えて食卓に就いているわけだし。ただ、日の光は苦手みたいな素振りを見せる。

 実際、苦手なのだろう。いつからかうちに当たり前にある日傘はアルが愛用しているものだ。レースやフリルがついており、仏頂面で鉄面皮のアルが持つより、溌剌として可愛らしい(兄バカではない)ニーナが持つ方が似つかわしい代物だが、アルが差しているところをあまりにも日常的に見ているためか、アルにも似合っているように感じてしまう。それを口にしたところ、ニーナに「お兄ちゃん気持ち悪いよ」とドン引きされてしまった。しくしく。

 まあ、確かに、上背があってがっしりした世の「男性」のイメージを形にしたような体格のアル相手に「可愛い」というのは、客観的に見て気持ち悪いのかもしれない。アルは何も言わないけど。

 こんな無愛想が、カメラマンねぇ、といつも思う。最近はモデルに日傘を貸すこともあるらしい。なかなか陰影を上手く使った写真を撮ることで評判だ。素人目にも惹かれるものがある。

 ──なんて言うと、ニーナが「お兄ちゃんはアル兄に甘過ぎ!」と少し拗ねるのだが。

 俺たちは幼い頃から親がいなかった。気づいたら、三人で一軒家に住んでいた。奇妙なことだが、俺とニーナは兄弟で、アルは親友だ、ということだけ知っていた。

 俺たちの容姿は各々独特で、他から見ると目立つものだ。

 俺とニーナは揃って金色の目を持っている。ニーナは髪が綺麗な藍色で、俺は色の抜けた水色。俺のは白にだいぶ近いので、若白髪に見えて大変目立つ。

 それからアル。アルはとりあえずでかい。俺が男にしては小柄なところがあるにしてもでかい。髪は血みたいに真っ赤で、目は気だるげな藍色。俺たちを並べると色覚差に目がちかちかするのではないだろうか。

 周りの人は黒髪だったり、茶髪だったりが多いから、俺たちの髪色だけでも「変わっている」とよく言われる。

 更には素性も不明だ。アルが無愛想すぎて不審人物認定されそうになったこともある。

 今でも周囲から浮いているのは確かだが、三人で手を取り合って、人並みの生活をできている、と思う。焼いた魚の切り身をつまみ上げながら、俺は自分に確認する。

「お兄ちゃん、自分で作った料理を見つめるくせ、直した方いいよ。なかなかに気持ち悪いわ」

「えー、ニーナそんなこと言うの? お兄ちゃん泣いちゃう」

「はいはい、お兄ちゃん大好きですよー」

「棒読みっ」

「面倒くさい兄貴だな」

「ねー」

「二人してひどいよ!!」

 不平たらたらに言っても二人はどこ吹く風。まあ、悪意がないのは知っているんだけど。

 ニーナは妹だし、アルは親友だからこういう気の置けない仲みたいな感じになっている。それが俺には心地よかった。

「……ごちそうさま」

「お、アル、今日は完食だねぇ」

「……お前の作る飯は美味い」

「ねー、それ暗に私が下手だって言いたいのー!?」

「や、ニーナ、そういうことでは」

 ニーナ相手にしどろもどろになってしまう辺り、俺の親友は可愛いやつだ。まあ、ニーナも可愛いけどね!

 ニーナがむきになるのもわかる。アルはあまり食事を好んで食べないのだ。慢性的食欲不振だと言って聞かせているが、俺の料理は食べるから、ニーナは納得がいかないのだろう。

 けれど、本当に食べたくないらしい。ニーナの料理に限らず、市販品すら食べないのだ。何故そうなってしまったのか、俺とニーナにはわからない。アル自身には心当たりがあるようだが、「要は気の持ちようだから俺の問題だ」と詳しいことは話してくれない。

「ほらニーナ、そろそろ食べ終わらないと遅刻だよ」

「あっ、いっけなーい!」

 焼き魚とご飯を味噌汁で流し込むという荒業を披露し、ニーナは学生鞄をひっ掴んで「いってきまーす!」と元気よく登校した。

 ニーナは少し俺たちと年が離れており、まだ学生だ。アルと俺が保護者ということになっている。手続きは大変だったが、毎日楽しそうに学校であったことを話すニーナに俺は和んでいるし、アルも心持ち柔らかい表情をしている。ニーナは俺たちの癒しだ。

「さて、アルは仕事、お昼出ないんだったよね。お弁当作ってあるよ」

「……助かる」

 食器を提げて、弁当箱を持ってくる。後生大事そうにそれを鞄に入れるアル。現場で出るお弁当も食べられないみたいだから、苦労しているみたいだ。

 ……正確には、「美味しくない」らしいが。

 そりゃ、美味しく感じないものを美味しそうに食べろというのは無理がある。ただ、アルのこの気質はなかなか理解されないもので、ニーナにすら隠している。「美味しくない」というのは「不味い」というのとほぼほぼ同義だ。それを年頃の頑張っている女の子に言ってしまうのはいかがなものか、というアルの配慮から、俺も黙っている。

 アルは口下手だから、説明が上手くない。まあ、俺はそういうアルだから信頼しているのだけれど。

「じゃあ、行ってくる」

「ん、気をつけてね」

 いつも通りの朝。俺は朝食を片付けながら、アルを見送る。

 玄関に鍵がかかって、気配が遠退いていくと同時、俺ははあ、と巨大な溜め息と共にその場に崩れ落ちた。

 ……耐えるのが、大変だった。いつも通り、いつも通りにできたかな。

「いけないなぁ」

 震える手を掲げる。袖をまくれば、まだ真新しい傷痕。手首だと気づかれるから、という理由で、俺の腕には縦に幾重もの線が築かれている。

 手が震えるのは失血の症状か。それとも何か別の理由か。たぶん、どちらもなんだろう、と頭の中で「どうでもいいこと」として片付ける。……ニーナが聞いたら、怒るだろうなぁ。

 俺には自殺願望がある。いや、自殺に限定されたことではない。死ねるなら、なんでもいい。殺されようが、貶されようが。俺の尊厳は俺の命には依らないのだ。

 俺にとって、何より大切なのは、アルだ。アルとニーナを並べられたら、俺は迷わずアルを優先する。あいつは難儀なやつで、それ以上に俺が難儀だから。

 アルと俺とニーナ。三人が三人共、記憶がなかったわけじゃない。アルはいつぞや、俺とニーナに記憶を語った。

 俺たちは元々吸血鬼と呼ばれる存在で、その中でもとある魂に縛られた存在だったのだ、と。

 そのとある魂の核をアルが持っていて、とある魂は生前愛した人と共に幸せになるために、何度も何度も輪廻し続けるのだ、と。

 吸血鬼という人外に六道輪廻という概念が通用するのか、というところから解釈を始めても面白いのだが、それはともかく、アルの中にあるのは、その魂だけではなかった。

 その魂が輪廻に巻き込んだ愛する人の魂もアルの中に存在するのだ。

 これである意味、「共に」幸せになるという魂の願いは達せられたはずだった。けれど、その事実はアルを「幸せ」にはしなかった。

 アルには「愛」がわからない。愛するために生まれてきたはずなのに、愛し合うはずの魂二つがアル一人の体に共存してしまったことで、アルの中で愛は完結してしまう。自分大好きというわけではないが、「愛」を他者に向けることができなくなってしまった。

 魂たちの目的を考えれば簡単だ。自分の想う相手のみを愛せればそれでいい。そんなエゴの塊みたいなものなのだ。

 アルは不幸になったわけではない。ただ、人並みの感覚が失われ、魂の根幹が持つ「吸血鬼最強の殺戮の力」を恐れられ、暗殺者と戦う日々。本来吸血鬼なら血に感じるはずの「愛」なんて、アルにはわからなかった。

 つまり、アルの味覚異常はこの記憶が根幹になっているのだと思われる。だから、俺は……料理に、俺の血を混ぜることにした。

 アルは俺とニーナもその魂の輪廻に巻き込まれた存在だと言った。つまり、俺やニーナの中にも、アルの魂の核に存在する魂を愛するための魂が宿っているのだ。

 ニーナはあまりよくわかっていないようだから、影響が出ていないのかもしれない。だが、俺は違った。

 アルのその話を聞いたとき、実は俺も思い出したんだ。俺が、アルの魂の核のパートナーの魂を持っていることを。いや、思い出した、というよりは「自覚した」の方が正しいか。

 ニーナに気持ち悪いと言われても仕方あるまい。俺は思ってしまったんだ。男の身でありながら、男であるアルを愛したい、と。そのためなら、命を擲ったって、かまわなかった。謂わば、狂愛の領域。

 おそらく、俺に宿った魂は欠片だから、歪になってしまったのだろう。愛したい、愛さなければ、愛し合いたい。そんな欲求が掃いて捨てるほどに込み上げてきた。

 けれど、それは叶わない。それは同性愛が忌むべきこととか、そういう問題ではなく、厄介なことに、「どれだけ愛を注いでも、アルは振り向いてくれない」からだ。

 アルは他者を愛せない。それは俺も例外なく。そう、残酷なほどにこの愛は叶わないものと生まれたときから定められていたのだ。だって、アルの愛は自分の中で完結してしまうから。

 それに気づいたとき、俺は死にたいほどにこの愛が疎ましくなった。けれど不愉快なことにアルを愛してしまう愛はこびりついたように剥がれてはくれず、呪いのように俺を蝕んだ。アルを愛せ、と脳内で誰かがいつも囁いている。

 だから、俺は腕を切った。ただただ死にたかった。こんな輪廻はもう嫌だ、と泣き叫びながら、手首をずたずたに切り裂いて、この世から消えてしまいたかった。

 伝い落ちていく、不透明な涙を眺めて、俺の中の何かが閃いた。閃いてしまった。

 ……血を捧げればいいじゃないか。

 吸血鬼とは元来、血液に「愛」という蜜を求めて血を吸うのだ。少なくとも、アルが話した世界観ではそうだった。

 だったら、アルが愛するはずだった者の血はアルに味覚を与えるのではないか、と。

 常軌を逸している、と言われても、否定することはできなかった。けれど、俺が、私が報われるためには、これしかなかった。

 彼のためなら死んだってかまわない。それが少量の血を食事に加える程度で済むのなら、

 私は躊躇わず、私の肌に刃を突き立てましょう。


 ──それがもう俺の意思でないとしても、俺という存在を保つには、もうそれしか方法はなかった。


「おはよう」

「おはよ~」

「朝ごはんできてるよ」

「いつもありがとな」


 だから今日も、隠し味に血を垂らして、さあ、召し上がれ。

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