ガンドルフ帝国へ!
第5章開始です。よろしくお願いします。
咲良がヴェスパジアーナ共和国へ来て1年。
神楽公演活動はとても順調だった。
ヴェスパジアーナ共和国が商人の国と言う事もあり、神楽の神様へ奉納するとか穢れを祓うなどの意味あいが縁起が良いとみんなからとても喜ばれたのだ。
勿論、神楽を舞う咲良の清らかさや優雅さも人気の一つであった。
神楽の舞いや巫女装束の美しさは、常に話題の中心となり、咲良の名は国中に知れわたった。
それでも姉が見つかる事は無かった。
ダニエラの尽力もあり咲良商会はこの1年で大きく成長を遂げた。
咲良に経営を任されたダニエラは、たった1年でチーズ屋さくらカフェを大陸の殆どの都市と街へ出店し成功させた。
同時に各地の孤児院で、串焼き屋と孤児の冒険者による食材仕入れと言う店舗スタイルを広めていった。
勿論、孤児院の経営が軌道に乗るまでの費用は咲良商会が全て負担し、教育係も派遣した。
余談ではあるが、串焼き屋の総料理長に任命されたふとっちょサンドロは、教育係として派遣された先で料理の味に一切の妥協を許さない鬼総料理長として恐れられ、冒険者教育でのサンドロは少しでも危険があれば身体を張って孤児を守る鬼教官?ふとっちょオーガと呼ばれ孤児たちから愛されていた。
そしてダニエラは、咲良のつぶやきから蚕に似た昆虫を見つけ出しシルク素材を現実のものとした。
現在ダニエラはシルクの生産拠点作りと各国貴族街へ出店の為に単身世界を飛び回っている。
ヴェスパジアーナでの姉捜索が一段落した咲良は、次の目的地ガンドルフ帝国に行く事にした。
大陸にある他の国と同様、ガンドルフ帝国国境の半分は高い山脈に守られている。
魔法のあるこの世界でも9千メートル級の山脈越えは命がけなので自然の防壁である。
残り半分の国境は、上陸が困難な断崖絶壁の海岸線になっていて、ガンドルフ帝国は周りを自然に守られた要塞の様な国家だった。
ヴェスパジアーナからガンドルフ帝国は大陸の反対側にあり、陸路と航路の長旅になるのが一般的なのだが、各地に自分用の転移魔法陣を設置している咲良は、クリストフィオーレまでを転移魔法で移動する事にした。
ヴェスパジアーナ近くの森の奥に洞窟を掘り転移魔法陣を設置した咲良は、また一つ転移魔法陣が増えてご満悦だった。
(ムフッムフフ、移動がどんどん楽になっていくわね。どんな距離も一瞬で移動とか魔法って凄いわ………あっ!日本に戻ったら不便になるのか)
咲良は複雑な表情になっていた。
王都レオーネにあるさくらカフェの地下にある転移魔法陣にテレポートした咲良は、店に従業員が居る事に今気が付いた。
悩んだ末に咲良は堂々と出る事にした。
突然、チーズを保管している地下室から現れた咲良、ジャン、ジャックの3人に困惑する従業員たち。
「ん、久しぶり………頑張ってるわね」
咲良は従業員が戸惑っている間に声をかけて、ササッと店を出た。
ジャンとジャックは背中を丸め俯いたまま咲良の後をちょこちょこ着いていくので精一杯だった。
クリストフィオーレ皇国からガンドルフ帝国へは船で一週間かかる。
咲良にとって一週間もの船旅は、日本に居た時も含めて初めてだった。
出航当初ははしゃいで元気だった咲良だが、すぐ船酔いになり一週間苦しむ事となった。
海には巨大な魔物が生息しており、陸地が見えない程の沖を航行する事はめったにしないのだ。
断崖絶壁を遥か右手に見ながら航行する事一週間、そろそろ目的のガンドルフ帝国の港が見えて来てもいい頃だ。
船の甲板で景色を眺める乗客たちの中に、咲良、ジャン、ジャックの姿があった。
三人とも目の下には隈があった。
咲良はこの1年で身長も伸び、幼ささの中にも大人の色気漂う少女へと成長していた。
この一週間、船内では咲良の話題で持ちきりだった。
ヴェスパジアーナ以外でも神楽は有名になっていて、咲良の名前を知らない貴族は居なかった。
船の乗客にも貴族は居り、チャンスばかりに咲良に話しかけてきたのだ。そんな貴族たちから咲良を守ったのがジャンとジャックだ。
時間に関係なく部屋まで訪ねて来るので、心労と睡眠不足で目の下に隈が出来て当然であった。
部屋以外では貴族や一般客に話し掛けられて咲良がゆっくり出来ないのだが、咲良の船酔い対策で看板に出て潮風を感じたり遠くの景色を眺めたりする必要があった。
一週間も船酔いに苦しむ咲良の姿を見ている乗客たちは、流石に話しかけるのを遠慮してくれていた。
話しかけて咲良に嫌われたら元も子もないのも理由の一つなのだろう。
潮風に靡く艶やかな黒髪とシルクの巫女装束によって、咲良はよりいっそう美しかった。
乗客たちは、船酔いに苦しむ咲良の表情から、か弱さや儚さを感じとり悶え苦しんでいた。
甲板に立つ咲良の気分は船酔いで最悪だ。
遠くの景色を眺めたり、時おり空を見上げて深呼吸をしていた。
「す~~~~ふうぅ~~~…………うっぷ」
時折くる吐き気を我慢する咲良。
「大丈夫か?まさかお嬢ちゃんがこんなに船に弱いとは思わなかったな」
横に居るジャンが咲良に声をかけた。
「うっぷ………船って辛い乗り物ね」
「最初は大変な奴も居るが馴れちまえばどうって事ないぞ。まあ頑張れもうすぐだ。おっ!見えて来たんじゃないか?あれがガンドルフの港街エントラータだ」
永遠に続くかと思われていた断崖絶壁が低くなり、港湾と街並みが広がっていた。
咲良は上を向きながらも目だけはエントラータの港を確認する。
「うっぷ…………………早く着かないかしら」
ジャンは咲良の気を紛らわす為にと色々説明を続ける。
「はは………エントラータの湾はとても広いぞ。大型船をかなりの数泊められるんだ。それに対応する為に街も大きく発展していったんだ。世界一だろうな」
「………………遅いわね」
「はは…………これから行くのがガンドルフの玄関口である港町エントラータだ。大陸側は山脈に海側は断崖絶壁の海岸線に守られたガンドルフで、唯一安全に入国出来るのはこの港町だけだな」
今まで続いていた断崖絶壁が港の所だけひくくなっていて、その先にはまた断崖絶壁が続いていた。
「…………まだかしら」
「………ガンドルフ帝国は鍛冶が盛んな国なんだぜ。俺のこの大剣もこの国で手に入れたのさ」
「お父さんは全財産でも足りなくて借金してまで買ってたもんね。返済に何年もかかって大変だったんだよ」
ジャックも話しを膨らまそうと努力した。
「ふっ、金じゃねえんだな。この剣と目が合った瞬間ビビッと感じたんだ。俺と一緒に戦いたがってるってな。俺を呼んでる声が聞こえたんだよ!」
「………………これ進んでるのかしら」
頑張って大剣の話しをするジャンとジャックの思いは咲良には届いて無さそうだった。
また空を見上げて深呼吸をする咲良。
「…………港まで飛んで行けたらすぐなのになぁ……………それだぁあああっ!!……うっぷ」
突然叫びだした咲良にビックリしたジャンとジャックは、周りを警戒しながら身構えた。
「どうしたお嬢ちゃん!」
「何かあった?!」
「あっ、ごめんなさい。えっとね、港まで『フライ』魔法で飛んで行けば直ぐだし、航海中も魔法で浮いてれば船酔いしなくて済んだんじゃないかなぁと思って………うっぷ」
「「へっ魔法で?」」
呆然とする二人。
上級である『フライ』魔法は魔力消費も大きく、数える程しか使い手の居ない魔法だ。
その者たちも短距離移動の為に使う事はあるが、魔力不足になれば落ちて命を落としてしまうので実際に魔法で飛んでいるのを見かける事は殆ど無いのだ。
「…………船酔い対策でなんて聞いた事ねえな」
「さくらなら出来ると思うけど………」
「…………うっぷ」
波音と船の軋む音が響く中、船はゆっくりエントラータ港に向かって進むのだった。
* * * * *
断崖絶壁が途絶えた所にあるエントラータ港は広々とした湾になっていた。
湾内は遠くの国から来た大型の商業運搬船で埋め尽くされていた。
見たことの無い調度品や食糧や香辛料などが船から卸され、ガンドルフ帝国で作られた武器や防具が積み込まれていった。
重そうな荷物を軽々と肩に担いで運ぶ屈強な獣人たちで港は活気に満ちていた。
真っ先に船から降りて来た咲良は地面に座り込んでいた。
「やっと揺れない地面に着いたぁ~」
船酔いから解放された安心感から咲良は、地面に正座したままウトウトし始めた。
そこに獣人の警備兵数人が近づいて来た。
「おいっ!何をしている!この国は子供が遊びに来る様な所じゃないぞ!とっとと帰れ!」
ガンドルフ帝国は昔から魔族との戦闘が繰り返されている、いわば最前線であった。
観光目的の者などの入国が認められる筈が無かった。
「寝てんじゃねえ起きろ!お前一人かよ。何か自分を証明する物はあるか!?」
「どうせねぇよ。とりあえず牢屋にぶち込んじまおうぜ」
「ああ、そうするか」
「しょうめぇ?……………ん~ふぉい」
完全に寝ぼけている咲良は、冒険者と商人両方のギルドカードを差し出した。
「んっ?ギルドカードが2枚?」
「おいおいちょっとまて!そいつは商人ギルドの銀じゃねえのか?」
顔を見合わせた警備兵たちは咲良が盗んだのだと結論づけ、咲良を逃がさない様に取り囲んだ。
咲良が出したカードの1枚は、学校を卒業した者なら持っていてもおかしくないFランク冒険者の白いカード。
もう一枚は商人ギルドカードなのだが、Aランクの銀色だったのだ。
商人のランクは、F、E、D、C、B、AときてSが最高である。
Sランクは世界に一人しか居ないがAランクも少なく数人しか居ない。
銀を持つ者は希望さえすればどの国でも貴族の爵位が与えられる。子供が持っているのはあまりにも不自然だった。
咲良はCランクの赤だったのだが、今回船で王都の港を出る時にダニエラが新しくしてくれたのだ。
出航が慌ただしかった為にダニエラから咲良に銀の説明はされず、その影響力や子供が持つ異常さを、咲良は全く知らなかったのだ。
咲良商会はダニエラの献身的な努力により、多くの国の都市に出店し、現在貴族街にも店舗を増やしている所だ。
多くの国民だけでなく貴族からの支持も集まり、先日、王都の商人ギルド会議において咲良商会をCランクからAランクへ昇格させる事が満場一致で決まったのである。
まだ数年の商会がAランクに昇格するなど、前代未聞の事であった。
警備兵は子供とは言え咲良が逃げない様に警戒する。
「おい小娘!まずはそいつを寄こせっ!」
警備兵が咲良からギルドカードをひったくった。
「いった!………ん?」
「動くな!貴様このカードを誰から盗んだ!」
「銀を盗んだ者はその場で斬り捨てて良い事になっているから覚悟しろ!」
過去に一度、盗んだ銀のカードを使い王族や貴族など多くの者に被害が及ぶ大事件があり、その時から銀以上のカードを盗んだ者は無条件で極刑となったのである。
「よし、じゃあ斬るぞ!」
「…………いいぞ斬れ!」
「…………よっ、よし斬るぞ」
「………いいから早く斬れよ!」
「うっうるさい!だったらお前がやれよ!」
「ああっ?そっちの方が近いんだからお前だろ!」
剣を構えて斬りかかろうとしていた警備兵が何を思ったか半歩下がった。
「お前の方が近いぞ!」
「てめえっ!」
警備兵たちは子供に斬りかかるのが躊躇われるのだろう、他の奴にやらせようと揉め始めた。
そんな状況の中、カードを引ったくられて目が覚めた咲良は、正座のまま警備兵の様子を見ていた。
「あれっ?…………何でここに据わってるんだっけ」
遅れて船から降りようとしていたジャックが、咲良に剣を向けている警備兵に気づき、迷わず船から飛び降りる。
「このおぉおお!!!」
ガギィィィン!!
ジャックは警備兵を剣で弾き飛ばしながら咲良との間に降り立った。
「おいっ!何しやがる!」
「貴様っ邪魔するのか!」
ジャックは正座させられている咲良を確認しすると、キョトンとした表情に一瞬戸惑うが、直ぐ警備兵たち向き直り殺気を飛ばした。
「さくらに何をした!!」
ジャックの少年とは思えぬ殺気に警備兵たちは無意識のうちに数歩下がっていた。
ジャックはこの1年でLV40になり冒険者ランクもBに上がっている。
警備兵たちは後ずさってしまった事を誤魔化す為に声を張り上げた。
「きっ貴様!貴様!貴様~~~!」
「逆らうなら国家反逆罪だぞ!」
「もう構わん!斬り捨てるぞ!」
ジャックは怒っていた。
「来いよ!警備兵といえどさくらに剣を向けた事、絶対許さないからな!」
「「くっ!」」
「小僧!」
警備兵はジャックの痺れる様な殺気を向けられ動くに動けなかった。
そんな緊迫した雰囲気の中、ジャンが鼻歌交じりに船を降りてきた。
「ふん♪ふふん♪ふんふんふ~ん♪んっ?なんだ揉め事か?」
咲良とジャックの状況を見て立ち止まるジャン。
警備兵の一人がジャンに気づいた。
「あっ!もしかしてジャン殿ではありませんか?」
ジャンが帝国を守る為に独りで角2本の魔族と戦って勝った事を帝国兵なら誰でも知っていた。
角2本の魔族には逃げられたが、一緒にいたPTメンバーが毎回酒の席で話すのが広まり、ガンドルフで一番の英雄となっていたのだ。
「「お疲れ様です!」」
警備兵にとっては英雄ジャンに会えた事がとても嬉しい様で、ジャックへの警戒を解いてジャンへ挨拶をしていた。
「おっ、おぉ………で何かあったのか?」
「そうなんですジャン殿!こいつら銀の商人ギルドカードを盗んだ様なのです。無条件で極刑ですから斬り捨てようとしていたところです」
「えっ?お嬢ちゃんとジャックがギルドカードを盗んだ?」
「えっ?ジャン殿はこいつらをご存知なのですか?」
「あっ!きっと船の中でジャン殿を騙そうとしたんですね!こいつら英雄様を騙そうとするなどとんでもないやつらだ!」
「いやいや、そんな事ないぞ。紹介した方がいいかもな。息子のジャックと、お嬢ちゃん……………えっと名前………おっ!さくらだ」
「「ええっ?」」
「………もしかしてジャン殿のお子様たちですか?」
「………まぁそんなところだな」
「…………そうでしたか、ですがそのぉ、銀のギルドカードを盗むのは流石に………」
「なにっ銀?お嬢ちゃん銀になってたのか?!」
正座しながら睡魔と戦っていた咲良はよく分からないながらも答えた。
「うん、クリストフィオーレでダニエラさんが新しくしてくれたわ。赤もいい色だったけど銀も綺麗よね…………銀って何?」
「そっか………ダニエラさん凄えな。まあ銀を簡単に説明するとだな………偉い貴族みたいなもんかな」
「…………どう言う事?」
「まあ貴族も王族も下手に出だしはしてこないって事だ」
「………ふぅ~ん」
「しかしまあ子供が銀を持ってるなんて確かに誰も信じられんわな。警備兵さんよ、そのカードは商人ギルドが発行した本物だぞ?確認したのか?銀の所持者に失礼があったら実際に自分たちの首が飛ぶんじゃないのか?」
「あっいや、確かに確認はしてなかったですが、流石に本物だとは………でも英雄ジャン殿がそう仰るなら確認してみます」
警備兵たちは怪訝な表情をしながらも、ジャンの言葉に従いギルドカードをチェックし始めた。
黒いボードに銀のギルドカードと正座している咲良の手を乗せた。
するとギルドカードが眩くかがやきだし、ボードに咲良の名前とランクが表示された。
「「「本物だとっ!」」」
その後、警備兵たちは自分たちの過ちを認めて平謝りだった。
自分たちの首がかかっているのだから当然だろう。
「「「お嬢様!ご子息様!大変申し訳ございませんでした!!」」」
寝ぼけてて状況をよく分かってない咲良はのほほんとしていたが、ジャックはまだ殺気を治めていなかった。
「貴方たちの間違いでさくらを斬る所だったんですよ!」
「「「はい!すいませんでした!」」」
「今後、もう一度こんなことをしたら僕が貴方たちを斬りにきますからね!」
「「「はい………すいませんでした」」」
警備兵たちは揃って何度も頭を下げていた。
ジャックは警備兵たちが斬りかかってもきっと精霊たちが現れて彼らを瞬殺していただろうと思いながらも、厳しい表情をしていた。
「えっとじゃあ入国してもいいのよね?」
「「「勿論ですお嬢様!ようこそガンドルフ帝国へ!」」」
少しふてくされた表情で歩くジャックの腕に、後ろから咲良がしがみついた。
えっと驚いて頭が真っ白になるジャック。
「顔が怖いぞタッくん!咲良を守ってくれてありがとね。頼もしかったよ」
突然の事に照れるジャック。
「あっ、いや…………うん、さくらが無事でよかった」
ジャックは咲良が剣を向けられているのを見た時は、心臓が飛び出そうな程驚き、失うかもしれない可能性を感じ悲しくもなり、そして警備兵に対する怒りが沸き起こったのだ。
腕にしがみつく咲良に微笑みながら、ジャックはぜったいに守ってみせると心憎さ誓っていた。
(どんな時でもさくらの側を離れるものか)
微笑んでいるジャックと目が合い、咲良の頬も赤くなっていた。
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