ゼロの献身☆1
東地区広場にあるさくらカフェ。
街の人通りは多い。
咲良は従業員と一緒に開店の準備をしていた。
昨日は極秘依頼から帰って来たばかりのジャンと夜遅くまで話をしていたので、ジャンとジャックはまだ宿屋フレンドで寝ていた。
咲良は日本でのテスト勉強で徹夜には馴れていたし、3時間は眠れたので十分だった。
朝起きて独りで朝食を食べていると、外の人通りが多かったので、急遽さくらカフェに手伝いに来たのだ。
店のショーウィンドウには、フレッシュチーズやリコッタチーズ、それに生クリームの乗ったシフォンケーキなどが綺麗に並べられていた。
チーズやケーキの数が前より多い事に気づいた咲良がエルマに聞いてみた。
「はい、ダニエラさんがホワイトシープをもう1体増やしてくれたのです。おかげさまで作れる量が倍に増えました」
説明してくれたエルマさんは、元々この場所で宝石店を営んでいた一人だ。
従業員に店のお金と宝石を持ち逃げされ家族で奴隷となっているところを、咲良が奴隷商人から買って店で働いてもらっている。
「へぇ~、ダニエラさんがホワイトシープを増やしてくれたんだ」
店の外は相変わらず騒がしい。
ガラス越しに外を見た咲良は、かなり人が増えた事に驚いた。
通りの両側を埋め尽くす程の人だかりになっていたのだ。
「すごっ!なにこの人だかり」
「それはですね、外交で隣国を訪問されていた国王様が1ヶ月ぶりに帰って来られるからですよ」
「人気のある国王様なのね」
「そりゃそうよ、強くて格好良くて紳士的でロマンスグレーのナイスミドルな国王様よ。この国の女性はみんな国王様の事が大好きなのよ」
「ふぅ~ん、渋いおじ様なのね」
通りを見ると確かに女性が多かった。
(そういえば、神楽を国王様の前で披露するんだったわね。顔くらいは見ておいた方がいいかも)
「ちょっと咲良も国王様を見てくるわ」
「あっ、ちょっ、さくら様!……」
エルマが声をかけた時には、もう咲良は走り出していた。
「さくら様ったら、このお店の上の階から見えるのに………」
* * * * *
沿道の人混みの中を歩きながら、国王の馬車が見えそうな場所を探す咲良。
「むぐぅ~、この人の多さでは流石に10才の子供を1番前の列に割り込ませてはくれないわ」
見えそうな場所を探すために大急ぎで路地裏を走り回る咲良。
人通りが少なく薄暗い路地裏を走りながら、咲良は不安を感じていた。
(あ~、勢いで路地裏に入っちゃったけど、今日はジャックが居ないんだったわ。まぁ何かあったら空気の読めるシドにでも来てもらおうかしら)
そんな事を考えながら走っていると、前から若者3人組が勢いよく走ってきたので立ち止まった。
「おらおら、どいたどいた~~!」
「邪魔だどけ~~!」
「国王様を見られなくなっちまう~急げ~~!」
ちらほらと歩いていた人たちが慌てて道を開ける。
「そこのガキ!早くどけ~~!」
咲良にぶつかる勢いで向かってきたのを、慌てて咲良は端に避ける。
咲良は少し後ろに居た人がぶつかりそうなので、急いで咲良が手を引っぱった。
若者3人組のどいたどいたの声が遠ざかって聞こえなくなった頃に、咲良は知らない人の手をまだ握っていた事に気がつき慌てて手を離す。
「あっ、ぶつかっちゃうと思って引っぱっちゃった、ごめんなさいね。まったくも~、アイツら危ないったらありゃしないわよね」
「…………いぇ、ありがとぅ」
ほんのりと頬に赤みを帯びた若い男性は、モジモジと小声でお礼を言った。
「あんなのには気をつけてね。咲良も国王様を見られる場所を探さないといけないからもう行くね、じゃあね」
(さっ、さくらちゃん可愛い!それに人に気づかれなくて路地裏で人とぶつかるのが僕の日常なのに、後ろに居た僕に気づいたうえにすぐに手を握って助けてくれた、初めて会った見ず知らずの僕を………。聞いていた通りだ、いや、それ以上だ。まるで女神様のような優しさだ。女神さくら様。いや、女神アリーチェ様と呼ぶべきか)
手を振って走り去ろうとする咲良を、男は勇気を出して呼び止めた。
「待って、女神アリー………さくらさ……ま」
男は女神アリーチェ様と呼びそうになって、この街ではさくらと名のっている事を思い出して慌てて言い直した。
名乗って無いのに名前を呼ばれた事に咲良は、怪訝な表情で振り返った。
「えっと、誰?前に会ったかしら?」
「あっいえ、その、神楽を見て………」
男は言い訳をしようとしたが、まだ神楽を見た事は無かったので、途中で言い淀んでしまった。
「ああそっか、神楽を見てくれたのね。ありがとう」
咲良が笑顔になったので男はホッとした。
「はいそうなんです。それで、国王様を見られる場所だったら僕が案内しましょうか?」
「えっ本当?咲良この街の事よく分からないからどうしようかと思ってたの。お願いしちゃおうかしら。名前はなんて言うの?」
「はいっ!ぼっ僕はセヴィーロと申します、ゼロとお呼び下さい。この街に詳しい僕がご案内致しますさくら様!」
ゼロはとても嬉しそうだった。
「えっと、様なんて付けなくていいし、普通に話して大丈夫よ?」
「はい、さくらさ………む……むぁ……むむぁぁ……ん」
(うぐっ、女神さくら様の言いつけだと言うのに上手く言えない……)
「えっと、無理しなくても大丈夫だからね」
ゼロが様ではなく咲良さんと呼ぶのにかなり苦労してそうなのを見て、咲良は苦笑いしていた。
* * * * *
咲良はゼロに案内されながら、知らない所にホイホイ着いてきてしまった事に今さらながら気がついた。
(初対面の男の人について来ちゃったけど、大丈夫よね、何かあれば精霊呼ぶし………うん、きっと大丈夫よ。この人なんか弱そうだし)
そう、ゼロはひょろっとした痩せ型で、足取りもふらふらとして今にも倒れそうに見えた。
ゼロが前の路地を指して言う。
「その細い道を右に曲がった突きあたりが凄くよく見える穴場なんだ」
「そう、ありがとう、急いで行ってみるわ」
咲良が行ってみると教えてもらった場所は、建物に挟まれ1人しか通れないような狭さの道の行き止まりで、とても薄暗い所だった。
人を見る目が無かったのだと諦めてゼロを振り返る咲良。
「………行き止まりよね、残念だわ」
咲良の怒った顔を見たゼロは、何故か赤くなって嬉しそうだった。
(うおっ!怒った顔も可愛い!女神さくら様が僕を見つめてる~~!)
「あっ、違うんですさくらさむぅん。こうやって塀の上に登るんです」
ゼロは慌てて左右の壁に手と足をついて塀の上まで器用に登っていった。
「ほら、簡単に登れるこの塀の上が穴場なんです」
半信半疑の咲良は、ゼロと同じようにやってみると、意外と簡単に塀の上に登れた。
「へぇ~、登るの楽しいわね」
咲良が楽しそうに登って行くと、ゼロは手を差し伸べた。
「あらっ、ありがとう」
ゼロに引っぱってもらって塀の上に登った咲良の目の前には、眼下に広がる人混みのすぐ先に大通りが見えた。
「すっご~い、よく見えるし大通りが近いのね!」
喜ぶ咲良を見て、ゼロは目をウルウルさせて嬉しそうにしていた。
(うお~~!女神さくら様の笑顔まじ可愛い!)
国王を乗せた馬車は、多くの兵士や馬に乗った護衛の騎士たちに囲まれるようにしてやっと近づいて来た。
「やっと来たわね。それにしても豪華な馬車ね、速く走ったら飾りが全部落ちちゃうんじゃないかしら」
「本当にすぐに落ちちゃいそうですね」
ゼロは馬車など見ずに咲良の顔だけを見ながら満足そうに返事をした。
そして馬車が真横に来る。
「おっ、あれが国王様かしら、確かに渋くてダンディだわ。綺麗な女の人も乗ってるわね、王妃様かしら」
ゼロは咲良の疑問に答える為に、チラッと馬車を見てすぐに視線を咲良に戻す。
「はい、あの方は隣国ヴェスパジアーナ共和国の女王様です」
「あら、そんな方がなんでまたこの国に?」
「昔からこの国とヴェスパジアーナ共和国は親交が深いので、お互い頻繁に往き来してるんです」
「ふぅ~ん、外交政策って事かな」
馬車も通り過ぎて塀を無事に降りたところで、咲良はゼロにお礼を言った。
「ありがとう、国王様がよく見えてとっても助かったわ」
「助けて頂いたお礼のつもりですので、お気になさらずに」
「助けたって言ってもゼロの手を引っ張っただけだわ」
男は何故か胸に手を当てて跪いた。
「僕にとっては一生心に残る出来事でした、女神さくら様」
様だけじゃなく女神とかもくっついてしまった呼び方をされて、困り果てる咲良。
「えっと、さくらでいいからね?」
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