魔族グリーゼ!
ベルトランド大陸の最北に位置するアッシャムス魔国。
北は海、東と南には山脈があり、唯一西側だけが平地と繋がっているが、そこにはガンドルフ帝国が存在した。
寒さの厳しい地域だが、魔族の身体は丈夫で身体能力も高く生活するのに苦にはならなかった。
唯一食料が手に入りづらい事だけが悩みの種だ。
アッシャムス魔国に住める場所は少なく街は1つしか無かった。
魔族の城は火山の内部に作られ、その火山の麓に街が広がっていた。
魔族には角を持つ者と角を持たない者が居る。
魔族全体の7割が角無し、残り3割の殆どが角1本持ちのシングル、数える程だが角2本のダブル、そして千年に1人だけ生まれる角3本の魔王が居る。
魔族は身体が丈夫な分、寿命が人族より長く200年生きる。
勿論、200才まで生きる者は稀で、150才くらいが平均である。
人族よりも身体が丈夫で長命な魔族は、鍛錬も長く積めるし活動年月も長い。
その反面、出生率が低く魔族の数はそれ程多くはない。
回復魔法に限らず身体の回復に時間がかかる為、魔族の怪我の治療は他種族の何倍も時間がかかるのだ。
これらの事により他種族とのバランスがとれていると言ってもよい。
グリーゼはダブルとして生まれ、同じ時期に生まれた魔王を意識してか、若い頃から1人で他国領に行っては戦いをしたりして強くなる為にかなり無茶をして育った。
ジャンの妻ジーナ・ヴァレンティーノもその被害者の1人だ。
* * * * *
ジャンとの戦闘で怪我を負ったグリーゼは、魔族の子供に助けてもらいながら何とかアッシャムス魔国に帰ってきた。
黒く尖った火山の麓に街はあった。
グリーゼは街を通り過ぎて火山内の城に向かった。
街に住んでいるのは殆どが角無しなので、ダブルのグリーゼが傷だらけで歩いていても怖くて遠巻きに見ているだけだった。
魔族にとって角の本数による格の違いは絶対的なもので、格下が格上に先に話しかける事は許されない。
グリーゼが街を通過して火山内にある魔王城の入口に到着すると、門に立っていたシングルの衛兵たちが傷だらけのグリーゼに気づき慌ただしく動き始めた。
「だっ大丈夫ですかグリーゼ様!!おいっ!回復魔法師を手配しろ!」
グリーゼは衛兵を一瞥するだけで、立ち止まる事なく門を通過していった。
* * * * *
城に辿り着いたグリーゼは回復魔法師の部屋で回復魔法をかけてもらった。
魔族の身体と聖属性は相性が悪く、回復魔法を上手く使える者は非常に少ない。
そのうえ回復魔法の効きも悪いので、かなりの魔力を消費して少し回復させると言う事を毎日繰り返して治療していくのである。
「ふうっ、グリーゼ様、本日の回復魔法は終了です。かなりのお怪我なので1年近くはかかると思います。それまで繰り返しお越し下さい」
部屋の扉の横には、グリーゼと一緒に戻って来た魔族の子供がしゃがんでいた。
「あれも回復してやってくれ」
グリーゼが入口にしゃがんでいる子供に視線を送る。
回復魔法師は怪訝な表情をする。
「えっ、あの角無しをですか?あんなの回復せずとも代わりはいくらでも………」
角無しは名前も無く、いくらでも代わりが居るので、回復魔法を掛ける事などまず無いのだ。
「いいからアイツを回復しろ」
回復魔法師は角無しを回復するなど聞いたこと無かったが、グリーゼに命令されては嫌とは言えなかった。
「………分かりました」
回復魔法師が渋々子供の所まで行って回復魔法を掛けると、子どもは淡く白い光に包まれて少しの怪我と少しの体力が回復した。
子供は驚いて顔をあげ、回復魔法師とグリーゼを交互に見る。
「………ありがとうございます」
かなり疲弊していた様で消え入りそうな声だった。
グリーゼは少し回復した子供と一緒に部屋を出た。
* * * * *
グリーゼは立派な彫刻のされた大きな扉の前に辿り着いた。
扉の前に立っている兵士に目配せをして、扉を開けさせて部屋に入って行く。
玉座のある魔王の間だった。
部屋の奥には溶岩が燃えたぎり、その手前の階段を登った先に鎮座する魔王の玉座、そこには頭に3本の角を生やした魔王が座っていた。
グリーゼは玉座の前の階段の下に跪く、魔族の子供もそれに習った。
暫くして魔王が声を発する。
「何だ、グリーゼ」
「はっ、お元気そうで何よりですレグルス魔王様」
レグルス魔王と呼ばれた者の年格好はグリーゼと変わらず30代に見えるが、その身体から感じる魔力はグリーゼを遙かに超える恐ろしさだった。
グリーゼを見たレグルス魔王は不機嫌そうに言う。
「傷だらけだな………また勝手に人間どもを殺しに行ってたのか」
「はい、人間どもを殺すのは私の使命ですので」
「ふんっ………でその自分勝手なグリーゼが我に何の用だ」
「はっ!その………今回の戦いで部下のマルフィクとサビクが人間に殺られてしまいましたのでその報告に参りました………申し訳ありません」
魔王の不機嫌さが増す。
「チッ、シングルが減ったと言う事か。もう少ししたら一気に攻め込むから戦力は貴重だと言っただろう、まったく…………なんだ、謝ってるわりには気にしておらんようだな」
「気にはしております。ただ、マルフィクとサビクが弱かったから殺られただけですので私のせいではございません」
「………もうお前に部下は要らんか。戦争の時も1人で好きに戦いたいだろ?」
「はっ、その方が性に合っております」
「まったく………あぁそうだグリーゼ、人族に捕らえられていた息子のジュニアが自力で帰ってきておったぞ。部下の代わりに連れていって鍛えてやれ」
「ジュニアには自分で強くなれと伝えてありますので、役に立つほど強くなったのならば部下にしてもいいですが、まだまだ足手まといでしょう」
「ジュニアは貴重なダブルなのだぞ、もう少し大切に育ててもいいであろう」
「強くなる者は放っておいても強くなります。今回マルフィクとサビクを倒した人族がそうでした」
「………人族の肩を持つとは相変わらずだな」
「今回は魔王様にお願いがあって参りました」
「なんだ、シングルを失った報告に来たのでは無いのか、言ってみろ」
「はっ、この子供に名を与えては頂けないでしょうか?」
グリーゼは後ろに跪いている子供を指して言った。
「んっ?自分の息子を差し置いて角無しに名を与えたいだと?」
「は、今回死んだサビクの子供なんですが、これまで役に立ってくれましたし、サビクが死んで今後1人で生きていくのは大変かと。あとサビクが死んだ責任の一端はサビクの弱さを見抜けなかった私にもあると思いお願いに参りました」
魔族は魔王から魔力を使って名を与えられると能力が著しく向上する。
今までは角を持った者が功績をあげると名を与えられていたのだが、角無しが名を与えられた事は一度も無かった。
「グリーゼの自己満足の為に角無しに名を?………まったく、まあ貴重なダブルのお前の望みだ、いいだろう。今回だけだぞ」
「はっ、ありがとうございます」
「さて、何て名にするかな………」
突然、子供が震える声で話し出す。
「恐れながら魔王様。許されるのでしたら希望の名がございます」
辺りに魔王の殺気が溢れ出す。
魔王の威圧で子供の身体は震えだし跪いているのもやっとだったが、跪いた姿勢のまま崩れる事はなかった。
「…………角無しが我に話しかけるなど、グリーゼが常識知らずだと周りにもそんなのが集まるのかねぇ」
グリーゼは気にした様子もなく跪いたままだった。
スッと魔王の威圧が消える。
「角無しが俺の威圧に耐えるか…………いいだろう、希望の名を言ってみろ」
子供は震えながらかなりの冷や汗をかいていた。
「あっ………ありがとうございます魔王様。では希望の名前は………ユズカ………です」
「ユズカ?変な名だな………まあ良い、ではサッサといくぞ」
魔王は玉座に座ったまま右手をかざす。
禍々しい魔力が手から伸びて子供を包み込む。
暫くして禍々しい魔力が消えて魔王が手を降ろす。
「角無しの子供よ、今日からユズカと名のるがよい」
「はっ、ありがとうございます」
ユズカは力が湧いてくる感覚に戸惑っていた。
* * * * *
魔王の間を出た所で、グリーゼはユズカに言う。
「生きているからいいようなものの、無茶をしたもんだな、名前など何でもよかろう。まあ、魔王様から名を与えて頂いたのだから、子供といえども独りで生きていけるだろう。これからは好きにしろ」
「はい、ありがとうございますグリーゼ様」
「………ジャンとの戦いの最後だが何をした……」
「えっと、必死だったのでよく覚えておりません」
「…………子供のくせに惚けるとか、喰えん奴だ」
ユズカはさらっと嘘をついたがグリーゼには気にした様子もなかった。
「戦いの邪魔をして申し訳ありませんでした」
ユズカは深々と頭を下げた。
「…………ご苦労だった」
渋い表情のグリーゼから帰ってきたのは意外な言葉だった。
グリーゼはユズカをジッと見つめてため息をつくと、背を向けて去って行った。
1人残されたユズカは、今後の事を思い悩む。
「さて、これからどうやって生きていこう。グリーゼをヤバイ奴だと思ってたけどなんか助かっちゃった。あと初めて見た人間もいきなり剣を抜いて向かってくるとかヤバイ奴だったわ。この世界の人間には近づかない方がいいかしらね」
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