奴隷との契約!
東広場に面した咲良のお店。
咲良とレティシアが1階のカフェスペースで改装の打ち合わせをしている所に、ペッピーノが奴隷を連れて訪ねてきた。
「おはようございますさくら様、こちらが今回の奴隷のニコデモ・サンドロと、エルマ・サンドロです」
「ニコデモ・サンドロです」
「エルマ・サンドロです」
二人は力なく挨拶をした。
咲良には二人が従業員に恨まれて店のお金を持ち逃げされるような悪人には見えなかった。
ニコデモはブロンドで清潔感のある短髪、どこぞの営業マンのような雰囲気だ。
妻のエルマは銀髪のセミロング、宝石店の奥様的な派手な感じではなく、おっとりした優しい雰囲気の女性だ。
咲良は初めて奴隷と対面するし色々な事情を知っているので、笑顔がぎこちなかった。
「えっと、咲良です」
「「えっ??」」
ニコデモとエルマが、同時に驚きの声を出した。
横に居るレティシアが店を買い取った咲良だと思っていたのだ。
(咲良は見た目まだ子供だもんね、逆の立場だったら咲良もそう思うよ)
咲良は気にした様子もなく二人に微笑んだ。
「ではこちらの奴隷ですが、さくら様との最初の取引ですし今後の事も考えまして、サービスで無料とさせて頂きます」
「えっ無料?いやいや、流石に無料はお互いにとって良くないと思うわ」
(自分の値段がタダだとか思ったらショックだし)
無料はサンドロ夫婦にとって良くないと思った咲良は、すぐに断った。
日本の生活でも、ただ程怖いものはないと親に教えられている。
「こちらと致しましては何の問題もございませんが」
「こちらには大ありです。今後奴隷を買うつもりはありませんし、サンドロ夫妻に失礼じゃないかと……」
ペッピーノは咲良に少し戸惑っていた。
(貴族の子供が奴隷に気をつかってる??かなり変わってるな)
「そうですか、こちらはお金をお支払い頂くのを断る理由はございませんのでいかほどでも構いません。一般的に夫妻2人での相場は600万ターナですがさくら様がお決め下さい」
「じゃ、じゃあ600万ターナで……」
レティシアは奴隷の相場なんで知らないので、特に口を出さなかった。
「では600万ターナで契約致しましょう」
(娘2人の方でタンマリもらう予定だったがまさかタダ同然の夫婦でも儲かるとは思わなかったな。それも600万も。しょせん子供だチョロいな。なにも言わない商人ギルドの職員も大したことないな)
ペッピーノの口元は笑っていた。
サンドロ夫妻2人で600万ターナは確かに相場内の額だが、時期によって300万~600万と変動し、600万ターナは高いときの金額で、今は一番低い時期なのだ。
ペッピーノは金銭のやり取りの為に、商人ギルドカードと出入金用の黒いボード型の魔道具を出した。
レティシアに言われて、咲良も商人ギルドカードを出した。
ペッピーノは咲良の出したギルドカードが自分と同じCランクギルドカードのロッソだった事が信じられなかった。
商人ギルドの登録は必ずFランクから始まり、屋台を黒字経営出来ればEランクに上がれ、店舗を持ち黒字経営出来ればDランク、数店舗持ち商会を設立すればCランクのロッソに上がれるのだ。
ペッピーノはCランクのロッソになるのは相当大変だった。
商会の設立費用はがかかるし、数店舗持つのも大変だ。
ペッピーノは20年近く地道に奴隷を売って、最近やっとロッソになったのだ。
ロッソは貴族街に自由に入れるから、貴族との付き合いもし易くなって商売繁盛間違いなしと浮かれていたところなのだ。
(子供のクセに、俺の数十年の苦労を………まぁいい、それだけ親が凄いって事だろう。儲けるチャンスだ大事にするか)
「これはこれはさくら様、その歳でロッソのギルドカードとは恐れ入ります。今後ともお付き合いのほど、宜しくお願い致しますね」
ペッピーノは手もみをしそうな程低姿勢になっていた。
600万ターナの出入金は、レティシアがちゃっちゃと済ましてくれた。
ペッピーノは600万ターナの入金が済むと、咲良と夫妻との奴隷契約魔法を使って奴隷契約を行った。
奴隷契約は簡単で、奴隷契約魔法陣の書いてある羊皮紙を奴隷となる者の背中に直接あてがい、主人となる者の血を一滴垂らしながら奴隷契約魔法を使うだけだった。
奴隷となる者の同意があるのなら、その背中に奴隷魔法陣が浸透して無事に終了である。
「それでさくら様、娘2人の事なんですが、当方と致しましてはもともと決まっていた貴族の方かさくら様どちらにお売りしても構いません。さくら様がその貴族の方と交渉して承諾を得る事と、その貴族の方より高値を出して頂く事が条件です」
「分かったわ。それで貴族は誰で金額はいくらなの?」
ペッピーノは不敵な笑みを浮かべながら言った。
「はい、名前はフトッツィオ・ムッツリーニ様で、金額は7千万ターナで御座います」
「7千万ターナ?!」
「フトッツィオ・ムッツリーニ!!」
咲良とレティシアが、ほぼ同時に違う言葉に反応して叫んだ。
「フトッツィオ・ムッツリーニ様が王都に戻られましたらさくら様に連絡致します。では本日はこれにて失礼致します」
ペッピーノは二人の叫びに反応する事なく挨拶して去って行った。
1階の店内にいる咲良、レティシア、奴隷となった夫婦それぞれが難しい表情をしていた。
放心状態だった咲良が、レティシアに聞いた。
「その、ふとっちょ何とかって、誰?」
「フトッツィオ・ムッツリーニは王都でも力のある上位貴族になります」
レティシアはフトッツィオの事をおおまかに説明した。
土属性魔法使いで、王都や他の街の城壁管理に於いて中々の貢献をしており、貴族社会の中でも影響力のある貴族だ。
裏ではかなりあくどい事をやっているそうだ。
説明を聞いて交渉の苦手な咲良は悩んでいた。
「咲良はそのふとっちょと交渉しなきゃいけないのね。レティシアならどうする?」
「えっ、わたしですか?そっ、そうですねぇ、上位貴族ですよねぇ………う~ん」
レティシアも無理っぽかった。
ニコデモとエルマは、リディアとナディアの売る先がフトッツィオに決まっていたときいてショックを受けていた。
「娘2人を奴隷とする為に私たちはフトッツィオに騙されたのか………」
ニコデモとエルマは静かに泣いていた。
その後咲良は、二人が落ち着いてから細かい事情を聞いた。
フトッツィオに借金はしていたが順調に返済していた事、雇っていた支配人が店のお金と宝石を持ち逃げした事、フトッツィオに突然全ての返済を迫られた事などをニコデモは悔しそうに話した。
横で聞いているエルマも辛そうだった。
ニコデモとエルマは改めて咲良に向き直った。
「「これからずっと夫婦共々よろしくお願い致します」」
ニコデモとエルマは頭を下げた。
事情を聞き終えた咲良は、フトッツィオ・ムッツリーニを憎らしく思った。
娘2人が無条件の永久奴隷である事がとても悔しく悲しかった。
日本にいた時の咲良は、同じ16才の女の子だったのだから。
咲良は今考えている事を伝えた。
「二人はこのお店が上手くいって軌道に乗ったら、奴隷を解放します」
「「えっ??」」
自分たちは永久奴隷なのに突然なにを言っているんだと驚くニコデモとエルマ。
咲良はレティシアから、主人の意志でいつでも奴隷から解放出来るのだと聞いて知っていた。
奴隷を解放して損をするのは主人だ、その主人がいいと言えばいつでも奴隷を解放しても問題ないそうだ。
「だからお店が上手くいくように頑張って、ただ、その後は奴隷としてじゃなく従業員として働いてくれると助かるんだけど」
ニコデモとエルマは徐々に言われた事を理解していき、二人は顔を見合わせると、咲良にお礼を言った。
「「ありがとうさくらさま」」
ニコデモとエルマの瞳には、喜びと共に辛さが見てとれた。
咲良は、二人を見ながら話しを続けた。
「出来れば娘さん2人も買い取るつもりです。フトッツィオとの交渉はこれからね、咲良は交渉が苦手だけど頑張るから」
それを聞いて二人は、たった今、咲良とペッピーノのやり取りの全てを理解した。
「まさか……」
「本当にリディアとナディアを?」
無条件の永久奴隷になってしまった娘の僅かな未来が見えた事で、ニコデモとエルマは目に涙が溢れそうになっていた。
「咲良の交渉術じゃあダメな確率の方が高いんだけと、まだ決まった訳じゃないからね、二人も協力してね」
ニコデモとエルマはまだ喜んでいい段階ではないと分かってはいるのだが、込み上げてくるうれし涙を堪えながら深々と頭を下げた。
「「はい、ありがとうございますご主人様」」
「あっ、ご主人様って呼び方は禁止!なにせまだ10才なんだから咲良って呼んでね」
二人はホッとしたのか少し微笑んだ。
「「はい分かりました、さくら様」」
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