街道は続くよ何処までも!☆3
「待って下さい、僕に考えがあります!」
張りのある声で発言するジャックの方をみんなが振り返った。
早く避難したいパルミロは怪訝な表情をした。
「相手は脅威Bランクの群れだ。急いで避難する必要があるから話しならそれからにしてくれ」
「僕が囮になります!」
何を言ってるのか理解できず、周りのみんなが静かになった。
「えっ?何をバカな事を」
「ホワイトシープより僕の馬の方が断然早いので、囮になって群れを街道を逸れたところに誘導します。その間に皆さんが街道を通るって言うのはどうでしょうか?」
「いやいや、確かにホワイトシープは遅いが、連携してくるしブラックシープだけはかなり早いぞ。ホワイトシープに一度でも囲まれたらブラックシープの角にやられる事になるぞ。それにジャックはDランクだろ、無謀すぎる」
「僕はCランクです!」
ジャックは躊躇わずに言った。
「「「「えっ?」」」」
パルミロPTメンバーの声が揃った。
ジャックは銅色のギルドカードを懐から出して見せた。
「その若さでか!」
パルミロが驚いているのを見て、説得出来ると思いジャックは続けた。
「不用意に近づいたりせずにダメそうなら諦めて戻ってきますので、試させて頂いてもいいですか?」
ジャックは囮になる気など全くなく、ブラックシープを倒すつもりなのだが、最初から1人でホワイトシープの群れに近づく訳にもいかず、その為には何かしら理由をつけてパルミロの許可を取る必要があったのだ。
ジャックの案を聞いたパルミロは悩んだ。
確かにホワイトシープは遅く、群れをやり過ごせれば馬車が追いつかれる事はないし、近づかないのならジャックへの危険も少ないと考えた。
ジャックがCランクならそうそうやられないだろうし無茶な事はしないだろうと考え、パルミロは渋々承諾した。
「う~む、無理そうならすぐに戻って来るんだぞ?馬車の避難はそれからでも間に合わせるから」
「はい、ありがとうございますパルミロさん」
ジャックはホッとした。
先ほどジャックは咲良からお願いをされていた。
「ブラックシープを倒してペーターに恩を売って、モフモフを1体もらってきて!」
「えっ?モフモフ?」
咲良は気持ちが前面に出て、モフモフと呼んでしまっていた事に気づかない程に、どうしてもホワイトシープが欲しかったのだ。
そして咲良は自分の欲望の為にブラックシープを倒す作戦を幾つかジャックに伝えた。
一つは、ジャックが単身突っ込んで、ホワイトシープの攻撃を躱しまくってブラックシープを斬り捨てる…………作戦とは呼べなかった。
もう一つは、ジャックが単身突っ込んで、ホワイトシープの背中の上を走って行って、ブラックシープを斬り捨てる……………これも作戦とは呼べない。
どっちもジャックが単身突っ込んで行って頑張るしかないのだが、お願いする咲良の顔を見てるとジャックは分かったとしか言えなかったのだ。
咲良は一応、ジャックが戦いやすくなる魔法を二つ掛けてくれると言っていた。
一つは『フィジカル』、身体能力が上がる魔法だ。
効果は短時間だが副作用がある、前に1番強い『フィジカルゼロ』をイフリートに掛けた時は、終わったら効果の反動で身体が子供のように小さくなっていたのだ。精霊じゃ無かったら死んでいたかもしれない魔法だ。
身体強化の魔法は4段階、『フィジカル』『フィジカルセカンド』『フィジカルサード』『フィジカルゼロ』がある。
『フィジカル』はその内の1番軽い魔法だから疲弊するだけで大丈夫だろう………。
もう一つは『センシティブ』で、全ての感覚を鋭敏にする魔法で、全てが遅く感じられるようになるそうだ。
『フィジカル』は中級魔法、『センシティブ』は精霊との契約が必要な上級魔法だ。
どちらも誰も知らない月属性の魔法なので、バレてはいけない魔法だ。
ブラックシープを倒しに出発しようとするジャックに小声で咲良が話をした。
「離れすぎると魔法が掛けられないからここで掛けちゃうけど、魔法の効果はそんなに長くないから切れる前にブラックシープを倒しちゃってね、ジャックならきっと大丈夫よ」
ジャックは命に代えてでもブラックシープを倒す決意で咲良に頷いた。
「では、行ってまいります」
「気をつけてね」
「無理しないでね」
「まあ何事も経験だ、ダメで戻ってきても恥ずかしくないんだからな」
ジャックは皆からの激励の言葉を聞きながら、咲良の魔法が自分に掛かるのを感じ、すぐに馬を走らせて一気にスピードを上げた。
咲良に魔法を掛けてもらった瞬間からジャックの身体に力がみなぎり、全ての感覚が鋭くなるのを感じていた。
馬を全力で走らせていても時間がゆっくり流れているような感覚だった。
(僕の馬のは全力で走ってるんだよな…………やけに遅く感じる…………これなら勝てそうな気がするが、魔法が切れる前までに倒せるかな)
ジャックは時間がゆっくりに感じるお陰だからなのか、落ち着いていられた。
ホワイトシープの群れに到達する直前にジャックは更に自分に『ヘイスト』の魔法を掛け、馬を飛び降りて剣も盾も構えずに突っ込んで行った。
ジャックはホワイトシープの攻撃は全て避けられると確信していた。
馬車で見ていたパルミロたちは焦った。
「何っ?!ジャックの奴、馬を降りて真っ直ぐ群れに突っ込んで行ったぞ!」
パルミロは助けに行くべきか悩んだが、馬車の乗客を守る事を優先した。リーダーとしては当然の判断だった。
ジャックはゆっくりと流れる世界の中、最初のホワイトシープ数体を躱しながら手で撫でていた。
(余裕でホワイトシープに触れるぞ………)
ジャックは踊るようにホワイトシープを躱していた。
ホワイトシープたちは、すぐに単独での体当たりを辞めて、進路を塞ぐように列を作った。
ジャックはホワイトシープの頭に手を置いて飛び越え、その背中を走り抜けた。
(ホワイトシープの動きがよく見える。視界の外のホワイトシープの動きも感じる…………この感覚は凄いなやみつきになりそうだ…………ブラックシープはあそこか)
ホワイトシープの背中の上を走り抜けて地面に降り立った瞬間のジャックを狙って、ブラックシープが鋭い角で突進してきた。
(早っ!!くっ!なんとかっ)
ブラックシープの角攻撃を盾で去なして避けようとするが、避けきれずに、盾を持つ左肩を少し負傷してしまった。
攻撃し終えて手応えを感じたブラックシープは、勝ちを確信したように振り返って、もう一度突進してきた。
ジャックは覚悟を決め、盾を構えてブラックシープに突っ込んで行った。
(すれ違い座間の一瞬が勝負だな)
「はあああぁぁぁっ!」
ジャックとブラックシープが交錯する瞬間、角がジャックの盾を貫いた。
ブラックシープの口元がニヤッと笑ったようにみえた。
しかし盾の後ろには角に刺さっている筈のジャックの姿が無い事に焦るブラックシープ。
ブラックシープの真上にジャンプしていたジャックは、身体を捻ってブラックシープの首目がけて剣を振り抜いた。
ジャックがブラックシープを飛び越えて着地すると、ブラックシープの首が落ちて、ゆっくりとその身体が倒れていった。
それと同時にジャックに掛かっていた強化魔法が切れ、急激なめまいと全身の痛みが襲ってきた。
ジャックは顔から倒れ込みそうなのを地面に両手両膝をついて凌ぐのがやっとだった。
ブラックシープが倒されると、殺気立っていたホワイトシープたちが、急に大人しくなり皆で集まって怯え始めた。
戦いが終わった事を馬車の皆に知らせようとジャックが無理して立ち上がろうとするが立てずに、手だけを振るしかなかった。
ホワイトシープたちはジャックが手を振る動きに怯えて、更に距離をとって集まっていた。
ジャックは怯えられて少し寂しさを感じていた。
馬車のみんなと合流すると、真っ先にペーターが座り込んでいるジャックに駆け寄って来た。
「ありがとうございますありがとうございます!まさか本全てのホワイトシープが助かるとは思いませんでした。本当にありがとうございますありがとうございます。何でもお礼をさせて下さい」
ジャックはお礼はどうしましょうかという目でパルミロを見た。
「ジャック1人で倒したんだから、ブラックシープの素材もお礼もジャックのもんだぞ」
「はい…………」
ジャックは確認の意味で咲良を見ると、ぶんぶん頷いていた。
「では、ホワイトシープを1体下さい」
キョトンとする羊飼い。
「へっ?それだけですか?ホワイトシープ全てを失うかもしれなかった事を考えると、少ないと思いますが、それだけでいいんですか?」
「ええ、勿論ブラックシープは貰いますので、ペーターさんからはホワイトシープ1体だけでいいですよ」
「あぁっありがとうございますありがとうございます」
全てのホワイトシープを失うと覚悟をしていたのだろう、泣きながらジャックに握手をしていた。
護衛PTのメンパーが、一撃で倒されたブラックシープをジト目で見ていた。
「しかし街道外におびき出すって言って、まさか真っ直ぐ突っ込んでいくとは思わなかったぜ、ヒヤッとしたぞ」
「そうだよ、お姉さんも心配したんだからな」
クラリッサはお姉さんでいくつもりのようだ。
「あっ、すいませんでした。その、近づいてみたら勝てそうな気がしたのでつい………心配かけてすいません」
「私も助けに行かなきゃってもう心配だったのよ、あっ、左肩怪我してるし、かなり疲れてるじゃない。お姉さんが優しく治してあげるわね」
サンドラも負けじとお姉さんで推した。
「あっ、えっと、ありがとうございます…………」
大人の魅力満載なサンドラの申し出に、少し恥ずかしそうなジャック。
倒されたブラックシープを見ながらパルミロはしみじみと言った。
「それにしても、群れの中のブラックシープだけを倒しちまうとはな…………」
「はは、たまたまブラックシープが前に出て来てくれたからですよ、たまたまです」
角が盾を貫いたままのブラックシープの首を見ながら、狩人のドナートが言った。
「盾を貫かれながら一撃で首を切断とは恐れ入るな。いったいどうやったらこうなるんだ?」
「はは、たまたまです…………たまたま……………すいません」
ジャックはサンドラに傷を治してもらいながら、歯切れの悪い言い訳をして何故か謝っていた。
サンドラは回復し終わると、お姉さん推しでジャックの顔を優しく胸の谷間に抱きしめた。
「よしよし、みんなの為に頑張ったんだもの別に謝る必要なんてないのよ、冒険者に秘密はつきものだもの、パルミロとドナートが無神経に詮索してごめんなさいね」
「ああっ!!ずるいぞサンドラ!」
クラリッサも近づいてジャックの顔を胸の谷間で抱きしめた。
その後、咲良が魔道具設定のリュックにブラックシープを入れる振りをしながらアイテムボックスにしまった。
ペーターはジャックにホワイトシープを1体をお礼として渡すと、ホワイトシープたちを引き連れて帰って行った。
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