牢獄生活!☆3
牢獄生活も1週間。
ジャックは剣の鍛錬場へ毎日通っていた。
最初、周りで鍛錬している者たちはジャックをよく思わなかったが、ベルナルド団長直々の厳しい扱きに耐え、熱心に鍛錬する姿勢を見て、段々と認めるようになっていった。
今では団長だけではなく他の騎士団員とも稽古をするようになっていた。
ジャックにとって剣術を習えるのも良かったが、特に盾術の稽古が身になっていた。
今まではただ相手の攻撃を盾で防げばいいと思っていたが違ったのだ。
攻撃を受け止めるだけでなく、いなして隙をつくったり、盾を打撃に使ったり体当たりしたりと、盾の戦い方を学んでいった。
咲良の方は牢獄生活になんとか耐えていた。
牢獄内は魔法で綺麗にしてあるし、アイテムボックスで食事には困らない、『テレポート』でボスコへ行ってお風呂にも入ってる。毛布1枚で地面に寝なきゃいけないのは辛かったが、ばれないように厚手の毛布を持ち込んで何とか我慢していた。
ただ咲良には気になることがあった。
咲良のいる牢獄の地下から、今まで感じた事の無い質の魔力を感じるのだ。
とても僅かで、今にも消えてしまいそうな魔力だ。
ある夜、怖さよりも好奇心が勝ち、鉄格子の一本を魔法で取り外し出来るようにして、こっそり牢獄の最下層へ下りていった。
魔法の小さな灯りを頼りに、地下5階への階段を恐る恐る降りていく咲良。
「リアルお化け屋敷だから怖さが半端ないわ」
地下に降りるにつれて、僅かだった魔力をはっきりと感じ取れるようになってきた。
「何かしらこの質の魔力は………魔物とも違うし人とも違うような。小さいというより弱々しい感じかしら」
地下5階に降りた咲良は、鉄格子の向こうの暗がりに、鎖で壁に繋がれた何かがいるのが分かった。
咲良は怖いもの見たさで魔法の灯りを頼りに、少しずつ鉄格子に近づき、その何かを見極めようとした。
暗闇にぼんやりと見えてきた影は少年だった。
大の字で壁に繋ぎ留められ、座る事も出来ずぶら下がるようにぐったりとし、かなり痩せ細っていた。
肌は日焼けしたような小麦色。
ぐったりと下を向いているが、少年の頭には小さいが2本の角が生えていた。
咲良はその姿を学校で習って知っていた。
「……………魔族………」
この世界には魔族が存在する。
ベルトランド大陸の北の端に国を持ち、全世界を支配下に治めようとする種族だ。
その為、長年隣国のガンドルフ帝国との諍いが絶えなかった。
魔族は他の種族よりも身体能力が高い。
魔力を持つ者の割合は多種族と一緒の3割ほどで、魔力を持つ者には角が生えている。
魔力量は角の本数に現れて、殆どの者が魔力量の少ない角1本で、数は少ないが魔力量の多い角2本の者、そして千年にひとり産まれると言う魔王が角3本である。
魔族の寿命は200年くらいだが、繁殖能力が低く全体の数は多くはないので子供は大切にされるのだ。
咲良のつぶやきに反応したのか、少年はゆっくりと顔を上げ、虚ろな眼差しは何かを探すように彷徨っていた。
まだ大人になりきれていない少年の身体は、ほとんど食事を与えられていないからなのか、生きてるのが不思議なくらい痩せ細っていた。
鎖で壁に固定され座る事も許されず、死ぬことも許されない、そんな魔族の少年に咲良は怖さというよりも、むしろ可哀想といった感情がわいてきた。
(酷い…………なんてことを……)
気がつくと咲良は、魔法で鉄格子を外して牢獄内の少年の前に立っていた。
次第に少年の虚ろな目が焦点を結び咲良を認識する。
「……………」
少年の唇は微かに動くが、声は出なかった。
少年の目には怯えの色が覗えた。
咲良は微笑みながら少年に語りかけた。
「酷いよね、ゴメンね。何もしないから大丈夫だよ」
咲良はアイテムボックスから器に入ったスープを取り出して少年の口元に近づけた。
「どうぞ食べて、美味しいわよ」
少年は咲良の笑顔に戸惑っていたが、スープのいい匂いには勝てず、一口、また一口と、スープを飲んでいった。
「いい飲みっぷりね。身体が弱っているみたいだから、今日はこれくらいにしておきましょう」
咲良は優しく微笑み、手枷足枷で傷ついている箇所を『ヒール』で治し、少年の全身を『クリーンアップ』で綺麗にした。
そして咲良は、牢獄内をちょこちょこと移動して、部屋全体も『クリーンアップ』で綺麗にした。
「あっ、何もしないからって言ったけど、色々しちゃってるわゴメンね。また明日来るからね」
「……………」
笑顔で手を振って部屋を出て行く咲良を、少年の虚ろな瞳は何処までも追いかけていた。
* * * * *
咲良が魔族の少年の所に来るようになって3日目。
少年の身体は少しずつ元気になり、虚ろだった瞳には少しだが力強さが感じられるようになった。
咲良は今日から串焼きを食べさせてあげる事にした。
少年が串焼きを食べた後に初めて声を発した。
「………あ……あぁ………」
「ん、なあに?もっと食べたいの?」
咲良が優しく微笑んでいると、
「……あぃ……あぃあと……あいがと……」
「あいがと?ありがとかしらね、ふふっ、どう致しまして。でもお礼なんていいのよ、咲良がやりたくてやってるんだから。元気になってくれればそれでいいのよ」
「……さ……さくあ……あいがと……」
「さくあ?……まあっよく名前が分かったわね!あっ自分を名前で呼んでるからか。私の名前は、さ・く・ら」
「……さ……く……ら……さ……くら……」
「うん、あなたの名前は?」
「……グ……グイ……グリ………グリーゼ」
「そう、グリーゼなのね。いい名前じゃない。よろしくねグリーゼ」
グリーゼは名前を呼ばれて嬉しそうに口元をほころばせていた。
「じゃあグリーゼ、串焼きもう1本食べる?」
グリーゼは少し考えてから、恥ずかしそうにコクリと頷いた。
* * * * *
グリーゼ視点
俺がここに捕らえられてどれくらい経つだろう。
その出会いは突然だった。
静かだったから夜だったと思う。
足音がしたからいつものように衛兵がパンを一欠片持ってきたのだと思った。
顔を上げるとそこには、小さな女の子が立っていた。
白と紅の服が綺麗だと思った。
新しい衛兵は小さい女の子なんだなと思った。
手には何も持っていなかった。
なんだ、新しい衛兵はパンを忘れて来たのか。
女の子は「大丈夫、何もしないから」と言った。
何もしないって………だからパンを持ってないのか。
じゃあ何で来た。
今までの衛兵のように俺を殴りに来ただけか…………。
いつの間にか、女の子は手にスープを持っていた。
隠していたというより、スープが突然現れた。
女の子は、スープを俺の口元に近づけてきた。
食べていいのか?
いい匂いだ。
食べていいのか?
いいや食べちゃおう。
温かくて美味かった。
女の子は俺の手と足に回復魔法をかけてくれた。
この牢獄内は魔法が使えない筈なのに。
魔法で俺の身体もこの部屋も綺麗にしてくれた。
ずっと投獄されていて汚いのは気にならなかった。
女の子には耐えられなかったのか…………俺は臭かったのか。
そして女の子は、「何もしないからと言ったのに色々としちゃってゴメンね」と謝って帰っていった。
「ゴメンね」って…………可愛かった。
今まで手足や身体の感覚は無かったが、食べて、回復してもらって、綺麗にしてもらって、死んでた身体が生き返ったようだった。
生きる事は諦めていたが、死ぬことも出来なかった。
食べなければ死ねると思って食べないでいたが、魔族の身体は無駄に丈夫だった。
身体の辛さよりも、心が辛かった、もう何もかも諦めていた。
でも、女の子に会えて、まだ生きてみよう、生きた先に何かあるかもしれないと思えてきた。
女の子と出会って数日後、お礼を伝えることが出来た。
女の子の名前も分かった。
……さくら。
出会った最初からさくらは微笑んでいくれていた。
……さくら
……さくらは俺の全てになっていた。
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読んで頂き有難う御座います。
m(_ _)m
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