これって神楽どころじゃないわよね……
神楽公演まで後2日。
今日咲良はもう少し串焼き肉のストックを増やしておこうと思い、魔物狩りに行くつもりだった。
ミーナに貰ったミスリルの剣を装備したジャックは、やっと剣を実戦で試せると足取りは軽かった。
ルンルン気分のジャックを微笑ましく見ている巫女装束の咲良。
咲良はこの街に来てから、何処で姉が見てくれるか分からないので常に巫女装束だった。
この街の人たちが巫女装束の咲良とすれ違うときには笑顔になっているので、とりあえず好印象のようだ。
咲良たちが南門を出ようとした時に警備の衛兵に呼び止められた。
「お前ちょっと待て!その格好はこのはなさくらだな」
「えっ?はい、そうですけど」
威圧的な態度に咲良が不安になっていると、衛兵たちが詰め所から慌ただしく出て来た。
ジャックは守るように咲良の前に立った。
「何の用ですか?」
衛兵だから手荒なことはしてこないだろうと思いつつも、ジャックは警戒した。
不安だった咲良は、ジャックの背中に守られて少し嬉しさを感じていた。
衛兵のリーダーらしき人がジャックを睨みつけてきた。
「退きなさい少年。後ろの子供に用があるのだ」
「このままでも話しは出来ます。用件はなんですか?」
「退けと言っているんだ!」
「………女の子相手に大の大人が大勢で何なんですか。もう一度聞きます。何の用ですか?」
「貴様!我々に楯突くんのか!」
「聞いているだけですよ。さくらが何をしたんですか?」
「貴様らが知る必要はない!退かないなら反逆罪で斬り捨てるぞ!」
「僕は用件を聞いているだけですって」
囲んでいる若い衛兵たちがニヤニヤし始めた。
「おいおい無理すんなって、後ろのそいつは犯罪者なんだぞ」
「女の子の前だからって、無理はしない方がいいぞ?」
「手加減はしてやるが弱すぎて命を落とすかもしれないな」
「やめとけ、やめとけ」
衛兵にからかわれてもジャックは努めて冷静にした。
「だから…………用件は何なんですか?」
「貴様が知る必要はない!領主代理のガーリック・プレッツェル様より捕らえて投獄せよとの命令が出ているのだ。邪魔すれば貴様を斬って捨てるぞ!」
衛兵たちはジャックを引き下がらせる為に剣を抜いた。
ジャックは剣の柄に手をかけながら聞いた。
「用件も言わずに剣を抜くんですね…………領の兵士としてそれでいいんですか?」
「なにを!我々に剣を抜かせたのは貴様だからな!」
「理解できない事には従えないし、さくらに指一本触れさせない!」
咲良はたった一人で衛兵5人から守ろうとしてくれているジャックの背中に見とれていた。
ジャックはミーナに貰ったミスリルの剣をゆっくりと抜いた。
周りにはいつの間にか人垣が出来ていて、ヒソヒソ話しをしていた。
「子供に剣を向けるなんてやぁねぇ」
「何でこの子たちが?」
「やり過ぎじゃないの?」
「見ない衛兵よね、新人かしら」
周りのヒソヒソ話しは衛兵たちにまる聞こえだった。
咲良は何故こうなっているかを考えていた。
(何で領主代理に目を付けられてるのかしら。この街に来たばっかりだし魔法や精霊の事はバレてないと思うんだけど…………)
「ええいっ反逆罪だ!構わん斬り捨てろ!」
咲良が考え事をしているうちに戦闘は始まってしまった。
斬り捨ててもいいと言われた衛兵たちだが、流石に少年を斬り捨てる気は無かったし、簡単に済むだろうと思っていた。
ジャックは衛兵に囲まれながらも難なく攻撃を捌いていた。
4人がかりで少年一人をどうにも出来ない事に、衛兵のリーダーが檄を飛ばす。
「何をやっている!領主代理様の命に逆らう奴だ!斬り捨てろ!」
「「「「はいっ!」」」」
衛兵たちは本気でかかっていった。
今まで難なく捌いていたジャックの余裕は無くなっていったが、それでも剣と盾を使ってなんとか躱していた。
咲良は戦闘が始まる前に衛兵たちのレベルを確認していた。
衛兵たちのレベルは20代後半、戦闘になったとしてもレベル36のジャックなら大丈夫だろうと安心して見ていた。
ジャックは衛兵に怪我をさせず戦闘不能にしようずっと苦労していた。
ジャックは戦闘しながら魔法の詠唱をやっと終え、自分に『ヘイスト』の魔法をかける。
「『ヘイスト』!」
(よしっ!一気に行くぞ!
)
ジャックは腰を落とし素早く1歩を踏み出した。
今までよりもスピードの上がったジャックの動きに慌てた衛兵たちは手首を打ち据えられ剣を落とし、慌てたところで意識を狩られ戦闘不能になっていった。
最後に衛兵のリーダーが気を失った時には、周りから歓声があがった。
咲良はジャックに歩み寄ってお礼を言った。
「タッくん、守ってくれてありがとう」
「あっうん。衛兵には怪我をさせない様にしたけど……やり過ぎだったかな」
「殺されそうになったんだから衛兵だったとしても仕方ないわよ…………たぶん」
咲良が悩んでいるところに、野次馬の中からエドモンドギルド長が声をかけてきた。
「野次馬が集まってるから来てみたが、こりゃまた派手にやったな」
「だって全然説明も無く、こっちを殺すつもりでかかってきたのよ?」
エドモンドは困った表情で頬をポリポリ掻いていた。
「まぁ、衛兵の取り締まりなんてそんなもんだぞ。納得いかなくてもみんな我慢してるんだよ」
「えっ、そうなの?周りから歓声が上がったのはそう言う事か。じゃあ倒しちゃったりしたらまずかったかしら」
「まあ衛兵だからな。これをどう収めるかが問題なんだが、何も言われなかったんだな?」
「はい、僕が何度聞いても何も答えてくれませんでした。領主代理様から捕らえて投獄しろって命令を受けてるって言ってたくらいでしょうか」
「なに!領主代理が相手なのか!そりゃまた厄介な。何を言っても聞かない頑固な奴なんだよ。あっ、奴とか言ったのは内緒な。まあ会ってくれるか分からないが領主代理に話しをしに行くしかなさそうだな…………俺も一緒に行こう」
「すいませんエドモンドギルド長」
「タッくんは咲良を守ってくれただけだから悪くないわ」
「何となく状況が想像できるな。とりあえずコイツらを紐で縛っちまおう」
咲良たちはギルド長と一緒に衛兵たちの意識が戻るのをまってから、紐で縛った彼らを連れて領主の館に向かった。
縛った衛兵を連れて街中を歩いて来たのだから、野次馬も着いてきていたし、館に着く前に領主代理にも伝わっていた。
* * * * *
領主の館前には、領主軍が待ち構えていた。
エドモンドギルド長が、咲良を待たせて、5人の衛兵を連れて領主軍の前に進んだ。
緊張した面持ちでギルド長は話しを始めた。
「冒険者ギルド長のエドモンドだ。今回の小花咲良の件について話しをする為に、領主代理のガーリック様にお目通り願いたい。我々は逆らうつもりは無い」
冒険者ギルドのギルド長として話しをされては、領主軍側としても無下に出来ないようで、領主軍から一人が前に出て来た。
「騎士団長のベルナルドだ。そちらの言いたい事は分かった。こちらとしては冒険者ギルドと事を構えるつもりは無いが、領主代理様に逆らったあげく衛兵を痛めつけるような不穏な輩を領主代理様に会わせる訳にはいかないし野放しにする事も出来ない。小花咲良と衛兵5人を痛めつけた少年の身柄を引き渡して貰おうか」
「何の説明も無く、殺害してでも連れて行こうとしたのだぞ。身を守る為に戦って当然だろう、私だってそうする。こちらに否は無い筈だ。それでもここに出向いているのが逆らうつもりが無い事の証だ。二人の身柄を渡す代わりに、領主代理様との話し合いの場を設ける事と二人の命の保証をしてもらいたい」
騎士団長は疲弊しきった5人の衛兵を振り返った。
「捕らえようとする前に罪状の説明はしたのだろ?」
衛兵にとって、普段は会う事すら少ない雲の上の存在の団長に話しかけられ、緊張しつつも冷や汗を掻いていた。
「あっ、はいっ、えっと……説明は………しました」
衛兵の泳ぎっぱなしの目を見ながらベルナルド団長は言った。
「咎めたりせんから正直に申せ」
「えっとその…………子供だし………どうせ言っても分からないだろうと思い…………すいませんでした!」
衛兵は地面に頭をつけて謝った。
「まったく、しょうがねえな。おいっ領主代理様の命令書を持ってこい」
ベルナルド団長が横に居た部下に命じると、用意されていたようで直ぐに筒状になった命令書が差し出された。
命令書を受け取ったベルナルド団長は、エドモンドギルド長や咲良の方に向き直った。
「確かにそちらの言う通りのようだ。すまなかった。これから罪状を伝える」
ベルナルド団長はゆっくりと読み上げた。
~~~~~~~~~~~~~~
小花咲良
鉱山地区での公演行った事及び、学校・北広場・南広場に於いて民衆を惑わし混乱せんが為に公演をする事は許し難い行為である。よって反逆罪とする。
本来ならば死刑であるところを、幼い子供である事を考慮し、終身刑とする。
クリストフィオーレ皇国
プレッツェル領
モンテラーゴ
領主代理
ガーリック・プレッツェル
~~~~~~~~~~~~~~
ベルナルド団長は話しを続けた。
「と言う訳だ。こちらに落ち度があった故に、衛兵への暴行は不問に付す。そして領主代理様への話せる場の用意と命の保証は私が出来るだけ善処しよう。しかし牢獄には入ってもらわなければならない。どうだろうか」
エドモンドギルド長は咲良を見た。
「分かりました。牢獄には入ります。領主代理様との話し合いは早めにお願いしますね」
(これって、神楽どころじゃないわよね……)
咲良は罪状を聞かされて完全に誤解だなと思ったが、話し合ったとして領主代理の誤解を解く事が出来るか心配だった。
☆◦º◦.★◦°◦.☆◦º◦.★◦°◦.☆
読んで頂き有難う御座います。
m(_ _)m
☆◦º◦.★◦°◦.☆◦º◦.★◦°◦.☆