鉱山労働者たちと!
モンテラーゴ鉱山地区の朝は寒い。
6,000メートルの高い鉱山が東側にある為に、朝は日陰である。
早朝から鍛冶屋の炉に火が入り、鉱山地区のあちこちの煙突からは煙りが上がっている。
咲良はジャックが選んだ依頼をやらせてあげたかった。
ジャックが選んだ依頼だし、魔物の数が多くて戦闘経験が積めて経験値も稼げるからだ。
それがいい加減な依頼主のせいとは言え魔物の数が増えたのだ。諦める訳にはいかなかった。
冒険者ギルドに依頼の虚偽報告をしてしまうと、Dランクのジャックではこの依頼を受けられなくなってしまうだろうから、依頼を終わらせてから報告する事にしたのだ。
* * * * *
カラ~ン コロ~ン
朝6時、教会の1の鐘がモンテラーゴの街に響き渡る。
ひんやりと肌寒さの鉱山地区管理棟前。
オルセットを中心に鉱山労働者たちが集まり始めていた。
そこに咲良とジャックが近づいていくと、オルセットが挨拶をしてきた。
「おはよう、さくら………さん」
(さん?おい!とかこのガキ!とかじゃなくなってる?)
咲良はとりあえず微笑んだ。
「おはようオルセット。昨日はテーブルを壊してごめんなさいね」
「えっ?あぁ…………あれは傷んでて買い替える予定だったから気にしなくて大丈夫………です」
テーブルは丈夫な新品に買い換えたばかりだったが、オルセットはそのテーブルを素手でたたき割った咲良にビビって何も言えなかった。
集合場所になっているオルセットの回りには獣人・ドワーフ・人族など鉱山労働者たち20人程が集まってきていて、少しするとオルセットがみんなに説明を始めた。
「では魔物が居て採掘が始められなかった坑道まで行って待機します。そしてさくらさんとジャックが魔物を討伐し終わったら採掘作業を始開始してもらいます」
鉱山労働者たちは歩合制で、採掘が出来なくなるとこれからの数日間が無駄になってしまうのだ。
鉱山労働者たちには少年のジャックと子供の咲良に魔物討伐が出来るとは思えなかったから文句を言い始めた。
「ジャックとか言う小僧!本当に大丈夫だろうな?」
「俺たちは採掘する量で稼ぎが決まるからよ、討伐出来ませんでしたじゃあ困るんだよ」
「管理長が行ってくれって言うから来たのもあるし、採掘現場まで行ってから出来ませんでしたじゃ遅えんだぞ!」
「俺たち全員に迷惑料を払ってもらうからな」
「払えなくてその女の子供を奴隷に売るんなら俺が買ってやってもいいぞ、なかなか可愛いから役に立ちそうだしな」
「「「ひゃはっはっはぁ~」」」
下世話な言い方をされてジャックはイラッとした。
「変な言い方をするのはやめろっ!君たちの為に来てるんだぞ!」
「「「あぁああっ!!」」」
鉱山労働者たちがジャックと咲良を囲んだ。
「ふざけたこと言ってんじゃねえぞっ!お前みたいなガキじゃ無理だって言って………」
オルセットは真剣な表情で咲良とジャック守るように仁王立ちし、黒い水晶の組み込まれた魔法の杖を掲げていた。
「彼等に頼んだのはトマゾ管理長だ。邪魔する者は全てトマゾ管理長に報告する!」
鉱山労働者たちはオルセットの持つ杖を忌々(いまいま)しそうに見つめた。
「おいおいオルセット、冗談だよ冗談」
「ああ、そうそう冗談だよ」
「本気にするなよなあ」
オルセットは昨日管理棟に帰ってから、明日鉱山労働者を連れて行けるようにとトマゾ管理長を必死で説得したのだ。
冒険者が少年だからトマゾ管理長は渋ったがオルセットはいつになく食い下がった。
オルセットにとっては、トマゾ管理長よりも明日鉱山労働者を連れていけなかった時の咲良の方が恐かったからだ。
初めてみる必死なオルセットの姿を見てトマゾ管理長はダメもとで許可を出してみる事にしたのだ。
そしてトマゾ管理長はオルセットでは鉱山労働者たちをまとめられないと思って、いつでも連絡が取れる様にと貴重な通信用の魔道具を持たせたのだ。
「皆さんご存知ですよね?この杖でいつでも管理長と話しが出来ます。今のは大目に見ますが次から喧嘩や揉め事など非協力的だと俺が判断した場合は全て管理長に報告します!鉱山地区で働けなくなりますからそのつもりで」
「わっ、分かってるよオルセット。みんなもそうだよな?」
「「「ああ、勿論だ」」」
オルセットは周りを見渡して、みんなが静かになったのを確認して頷く。
「では出発します」
咲良は守ってくれたオルセットに軽く頭を下げると、オルセットは照れながらもみんなの先頭を歩き始めた。
* * * * *
初日の移動はオルセットのお陰で順調に進み、予定通り標高3,800メートルにある山小屋に辿り着いた。
毎年の事だからか、要所要所に鉱山労働者たちが泊まれる山小屋が建ててあった。
平屋のログハウスで、大広間は雑魚寝なら40人は泊る事が出来る広さがあった。
小部屋もあり、オルセットが咲良に1部屋使わせてくれた。
調理場もあったが、今回は料理人が同行していないのでみんな食堂で携帯食を食べていた。
食堂の隅っこで咲良とジャックは、焼き立てに見える串焼きを食べていると当然全ての鉱山労働者に注目されていた。
そこに明日の話しをする為に、オルセットがやってきた。
「ちょっと明日の予定なんだけど………?!」
「はむっ、もぐもぐ、んっ?なにオルセット」
咲良は串焼き肉を頬張っていた。
「干し肉じゃない?!」
オルセットは手に持っている干し肉を寂しそうに見た。
咲良は収納の魔道具に見せかけたリュックから、焼き立ての串焼きを1串出してオルセットに差し出した。
ジャックに討伐依頼をさせたい咲良にとってオルセットは、ある意味協力者なのだ。
「今日は色々とありがとうね。どうぞ食べて」
ガタッガタガタッ!
回りで干し肉を食べていた鉱山労働者たちが腰を浮かす。
「串焼きを俺に?」
「勿論よ、咲良やジャックの為に頑張ってくれたでしょ?」
「………でもあれはトマゾ管理長の為に………」
「咲良はオルセットのお陰だと思ってるわ。まだいっぱいあるの、食べないならしまっちゃうけどどうする?」
「いっ、頂きます!」
オルセットは急いで串焼きを受け取った。
「がぶっ、もぐもぐ!んまいっ!!」
ガタガタガタッ!!
鉱山労働者全員が立ちあがってオルセットの食べる串焼きを凝視していた。
「ありがと、これはワイバーンのお肉だったかな」
ワイバーンの肉は一般的に高級な部類に入る。
それに肉が柔らかくなるよう咲良が下処理をして炭火で焼いているのだ。
「えっ?高級なワイバーンの肉?でもトマゾ管理長にご馳走してもらって食べた事あるけどもっと旨い!これはすごく柔らかいし別次元の旨さだ!」
鉱山労働者の1人が食欲には勝てずオルセットに声をかけた。
「そっそんなにか?」
オルセットは相手の目を見てはっきりと答える。
「あぁ、こんな旨い串焼きは初めてだ」
鉱山労働者たちはつばを飲み込んだ。
「串焼きがまだいっぱいあるって言ってたけど………その」
「それでオルセットの用件はなに?」
咲良は鉱山労働者の問いかけを無視してオルセットに話しかけた。
「んっ?ああ、明日のお昼頃に目的地の採掘場に着くけど、午後は休んで魔物討伐は次の日にするかを聞きに来たんだ」
「ジャックなら大丈夫だから着いたらすぐに魔物を討伐するわ。ありがとうね。そうだ、トマゾ管理長からもらったんだけどオルセット飲む?」
咲良は無造作にリュックから酒瓶を出した。
「「「おおぉおおおおぉぉ!」」」
鉱山労働者たちの歓声が上がった。
「あっいや、明日も早いし、俺お酒弱いから………」
「そうなのね、分かったわ」
咲良は速攻で酒瓶をリュックにしまった。
「「「「あぁぁぁ……………」」」」
鉱山労働者たちの残念そうな声が漏れた。
自分たちはもらえる筈が無いと分かっていても、一喜一憂する鉱山労働者たちだった。
* * * * *
次の日
採掘場までの道中、鉱山労働者たちは咲良にとても気を遣ってくれた。
咲良の持つ酒と串焼きの為なのだろう、咲良が疲れてくると休もうと言い出してくれたり、おんぶしてくれようともした。
勿論、咲良はあっさり断っていた。
途中モーウルフの群れと遭遇した。
咲良はジャックに倒してもらってモーウルフの肉を補充するつもりで、分かっていて遭遇させたのだ。
しかし、モーウルフに遭遇した途端に鉱山労働者たちが咲良を守る様にモーウルフと戦い始めたのだ。
鉱山労働者たちは屈強で力もあるが、戦闘は苦手なので命を落とす可能性が高い。
鉱山労働者たちは酒の為なら命を賭けるのだ。
腰が引けて怪我を負いながらそれでもみんな咲良を守り続けた。
咲良が守られている間にジャックは片っ端からモーウルフを倒していった。
「「「小僧強え!!」」」
鉱山労働者たちはジャックの強さに呆然としていた。
鉱山労働者たちは怪我を気にせずに目的地の採掘場まで歩き続けた。
無事に採掘場前に着くと、みんな咲良が危険な採掘場内に行くのを心配し始めた。
「魔物討伐にさくらちゃんがいく必要はないじゃろ」
「モーウルフとの戦いでジャックが強いのは分かったから一人で大丈夫だろ」
「なんなら俺たちの誰かがジャックに着いていくがどうだ?」
みんな咲良とジャックの事を名前で呼ぶし、昨日までとは別人だった。
「みんなの気持ちは分かったけど、咲良もジャックも冒険者だから大丈夫よ」
「さくらちゃんが行くなら俺たちも行くぞ」
「「「「おうっ!!」」」」
「あ~、採掘場内は狭いし、ジャックは強いから大丈夫よ。みんなは邪魔だから外で待ってて」
「俺たちは足手まといか…………ジャック!さくらちゃんを頼んだぞ」
「無事に帰って来いよ!」
「オルセット!死んでもさくらちゃんをまもるんだぞ!」
咲良とジャックは鉱山労働者たちに見送られながらオルセットと共に採掘場内に入っていった。
* * * * *
採掘場内の坑道を進んだ分かれ道でオルセットが立ち止まった。
「この右の奥が、骨折りゾンビが20体くらい居た広場だ」
すでに咲良は魔力を探っていて魔物がいるのは分かっていた。
魔物の数も鉱山労働者が直接見ただけあって20体と正確だった。
「分かったわ、じゃあ咲良とジャックで倒してくるから、オルセットはここで待っててね」
オルセットは少し怯えた表情で周りの暗がりを見た。
「えっ?ここで?ここにいた方がヤバイような………」
「魔物の広場に行ったら危ないでわよ?」
「あっ!戦って倒す所も確認しないといけないからずっとついて行くよ」
怯えながら言うオルセット。
(も~っ!、恐いんだったら外で待っててよ!)
オルセットが居ると万が一の時に助けに入れないので咲良は困っていた。
ジャックはたぶん勝てるだろうが、もしも魔物に囲まれると何があるか分からない。
危なくなったら精霊も呼ぶし咲良も戦うつもりだった。
怖くて1人になりたがらないオルセットを連れていくしかなくなってしまった。
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