貴族に絡まれた!
咲良の前に止まった豪華な馬車。
どう見ても貴族なので仕方なく避けて進もうとする咲良たちだが、御者台から降りてきた男に行く手を阻まれた。
「待ちなさい」
いきなりの事に咲良とジャックが戸惑っていると、男は高圧的な態度で接してきた。
「貴族街に入れなかったのを見てたが君たちは平民なんだろ?」
ジャックは嫌な雰囲気を感じて、咲良を庇うように1歩前に出た。
「………そうですが、それが何か?」
「なら話しが早い。私はアウグスト家の執事エンリコだ。お嬢様からお話しがあるからそのまま控えていなさい」
咲良とジャックは顔を見合わせて、貴族かと大きなため息をついた。
「さあ、お嬢様」
執事のエンリコが馬車の扉を開けると、中から20才くらいの女の人が降りてきた。
「平民と話すなんて汚らわしいけどまあ仕方がないわ。私はベアトリーチェ・アウグストよ。そこの貴女、そのお洋服はボスコで話題のかぐらの服よね?」
「えっ………ええ、そうですが」
「やっぱりね!私はかぐらを見たこと無いけど、赤と白の変わった服だと聞いていたから分かったわ!」
咲良は神楽を見た事無いのに何だろうと思った。
「はあ、そうですか」
いきなりビシッと咲良を指差してきた。
「そのお洋服どうやって手に入れたの?!」
「えっ?どうやってって、ボスコの街でお願いして作ってもらいました」
「作ってもらったですって?ボスコで本物を見て知ってる者ならその手があったか!だそうよエンリコ!今からボスコに行って作ってもらってきなさい!」
「ええ?!しかしベアトリーチェ様。今からだとかなり日数がかかるので、それよりもこの者から手に入れればいいのではないでしょうか」
「そっか、それが1番早いわね」
ベアトリーチェは咲良の着ている巫女装束を勝手に触ってきた。
「なっ、何ですか?」
「よく出来てるわね。じゃあその服を買ってあげるから、ここで脱いでよこしなさい!」
「えっ?巫女装束をですか?」
「なによいやなの?!取り上げてもいいところを百歩譲って買ってあげるって言ってるんだから、早くよこしなさいよ!逆らえば不敬罪で死刑にするわよ!」
咲良を守ろうとジャックが2人の間に入った。
「すいませんが、さくらの服を取られるのもさくらが死刑になるのも困ります」
咲良の服ばかり見てジャックの存在に気づいてなかったベアトリーチェは、突然現れた格好いいジャックにドキッとした。
「えっ?貴方は?」
「はい、さくらの護衛をしていますジャックと申します」
「護衛ですって?こんな若くて格好いい護衛を連れてるなんて生意気だわ…………。今後の仕事の心配をしているのよね。なら大丈夫よ、さくらって子が死刑になっても私が貴方を護衛として雇ってあげるわ…………だから私のところに来なさい!きゃっ言っちゃった」
ベアトリーチェは顔を両手で隠して恥ずかしがっていた。
執事のエンリコが咲良たちに近づいてきた。
「と言う事だからお前は下がれ。さあ早く服を渡しなさい」
「それは出来ません」
ジャックは下がらなかった。
エンリコがが近くにいた衛兵に命令する。
「衛兵っ!アウグスト家への不敬罪でコイツらを捕らえなさい!」
衛兵たちはすぐに気がつき、走ってきて咲良とジャックを捕らえようとした。
「さくらに手を出すな」
ジャックは衛兵の前に立ちはだかる。
それを見たベアトリーチェは益々ジャックを好ましく思った。
「平民を守る為に衛兵に立ち向かうなんて素敵じゃない」
「貴様っ抵抗するのかっ!」
衛兵が剣を構えた。
慌ててベアトリーチェが命令する。
「その護衛も子供の服も傷つけてはダメよ!」
「「えっ?」」
貴族の命令なので渋々従う衛兵。
「できるだけ善処します。相手は子供だ、少し怖い思いをさせれば言うことを聞くだろう」
相手は少年と子供だ、衛兵2人は仕方なく剣を構えた。
咲良は衛兵たちのレベルをサーチで確認する。
(貴族や衛兵とのもめ事は避けたいんだけど、2人ともLV25か楽勝ね)
「相手はたいした事ないわ。シドとの練習の成果を試してみて、怪我をさせないように気をつけてね」
「実戦練習か、分かったさくら」
ジャックは改めて剣と盾を構えた。
「「大したことないだと~!!」」
衛兵たちが怒ってジャック斬りかかった。
「おらあ~~っ!」
「このやろ~!」
衛兵のスピードはシドと比べるとかなり遅かった。
ジャックは盾だけでただ黙って避け続けた。
「おらっ!ふんっ!」
「どりゃっ!このっ!」
少しすると衛兵たちは疲れ果てていた。
「はぁっはぁっはぁっ、何なんだコイツは………」
「ふざけやがって……」
衛兵は本気で斬りかかる。
ベアトリーチェは慌てて衛兵を注意しようとした。
「ちょっと待ちなさ……………」
キンッ!ガッ! キンッ!ガッ! キンッ!ガッ!
ジャックは盾を使って、2人の攻撃を難なく躱し、衛兵2人の手首を剣の腹で打ち付けた。
ドガッ!ドガッ!
「うぐっ!」
「はがっ!」
カランカラ~ン…………
剣を落として呆然とする衛兵を前にジャックは剣を鞘に収めた。
「私たちは争うつもりはありませんが、咲良は守る為なら次は手加減しませんよ」
「まあっ素敵!」
ベアトリーチェはジャックに見とれていた。
「「わぁ~~!」」
パチパチパチパチ!
「「いいぞ~!」」
パチパチパチパチ!
「「ステキ~!」」
パチパチパチパチ!
いつの間にか回りに出来ていた野次馬から歓声と拍手が沸き起こった。
「貴様………俺たち衛兵に逆らってタダで済むと思うなよ!」
人垣が分かれて数人の兵士が現れた。その中の1番強そうな男がジャックと向かい合った。
「私は領主軍団長ベルナルド・ビアッジョだ!衛兵に剣を向ける事は国に対する反逆罪である。覚悟は出来ているな」
ベアトリーチェが慌てて弁明する。
「彼は命令であの子を守っただけだからいいのよ。悪いのはあの子供なのよ!」
「なるほど………とはいえその若さで衛兵2人相手に手加減して無傷とは中々やるな。領主軍に入らないか?」
「申し訳ありませんが、咲良を守る事こそ僕の生涯の目標なのでお断り致します」
「フッ、即答か。益々気に入った。だがこのままでは領主
軍のメンツもあるので私が相手になろう」
そう言って団長ベルナルドは剣を抜いた。
咲良は『サーチ』で団長ベルナルドがLV44 なのを確認していた。
(う~ん、ジャックを『フィジカルセカンド』辺りで身体強化すれば何とかなりそうだけど………そもそも勝っても解決しないわよね)
そこに馬に乗ったジャンが、人垣を分けて現れた。
「どうしたさくらにジャック」
団長ベルナルドや衛兵たちはジャンを見て固まった。
ベアトリーチェはジャンを咲良の親だと思った通りのだろう、文句を言いだした。
「おっさんそこの女の親なら責任取りなさいよ!その服を脱いで寄こさないから極刑になっても知らないわよっ!まあその子供の死刑は決まりだけどねっ!」
執事が焦ってベアトリーチェを止める。
「おっお嬢様っ!お待ち下さい!」
「なによ、エンリコも言ってやりなさいよ!」
「いっいえっお嬢様、相手は貴族です。それもあの有名なAランク冒険者のジャンさんです」
「んっ?貴族なの?たかが冒険者でしょ?」
「確かに冒険者でもAランクは貴族と同じ権利があり、特にジャンさんは領主様や国王様にとって大切な方だと聞きます。…………つまりこの場合より上の立場の貴族に絡んだのはお嬢様と言う事になります。そうなるとご当主様は責任をとる為にお嬢様と縁を切る事もありえますし、お嬢様を犯罪奴隷とする可能性もあります……」
「こんなおっさんがのせいで何で私が!?…………仕方ないわ。そこの子供、今回は許してあげるわっ、命拾いしたわね、フンッ!」
命拾いしたのはベアトリーチェなのだが、謝るでも無くサッサと馬車に乗った。
執事も気まずいので、すぐに馬車で去っていってしまった。
ジャンは呆れた表情で馬車を見送った。
「ようジャン、久しぶりだな」
ベルナルドは、剣を鞘に収めながら微笑んだ。
ジャンとベルナルドは知り合いのようだった。
「ようベルナルド、元気そうだな」
そこでベルナルドは、ジャンの左腕の違和感に気づいた。
「ジャン、その左腕は……」
「んっ?あぁ………色々あってな、言えない事もあるからな、普通だろっ?」
「…………確かに普通だな。それにしても息子のジャックは見ない内に顔つきも変わってかなり強くなってるな。対峙してもジャックだって分からなかったぞ。どうだ領主軍に入れる気はないか?」
「もうジャックは1人前の男だ、本人に聞いてくれ」
「ははっ、もうすでに断られたよ。娘も居たんだな」
「娘か…………まぁいずれは娘になるのかもな……」
「えっ、お父さん何を言ってるんだよ」
赤くなったジャックは俯いてしまった。
咲良は去って行った貴族にまだ怒っていた。
「何よあれ、あんなのに巫女装束を着て欲しくはないわね!」
巫女装束の事はダニエラとローラに任せてあるのだが、咲良は巫女装束の販売はしないと決意した。
ジャンは少し真面目な表情になる。
「お嬢ちゃん、あんなのは可愛い方だぜ、王都とか大都市に行ったら、一筋縄じゃあどうにもならないのが結構いるから気をつけた方がいいぞ。ああ言うのは階級が上の貴族だと黙るから、貴族になって少しでも階級を上げておいた方が面倒くさくなくていいぞ」
「貴族かぁ、Aランク冒険者って貴族なの?」
「ああ、Bランクは人によって違うが、Aランクは中流階級の貴族だ。戦闘力として当てにされるから国王が味方みたいなもんだな。貴族もそうそう絡んで来ないぞ」
「それいいわね。咲良もなっちゃおうかな?」
「まぁ、色々頼まれ事が増えて面倒にはなるし、咲良は色々とあるからなんとも言えんな」
「どっちにしても面倒なのね………」
咲良の悩みは増えるばかりだった。
* * * * *
その後咲良たちは、旅の疲れもあったので近場の宿屋に泊まる事にした。
貴族街入口近くの宿屋だったので値段は1泊5,000ターナと少し高かったが、綺麗な宿だった。
街の宿の相場は、安ければ1泊2,000ターナで、高いと2万ターナを超えるらしい。
泊まった宿は、木造の建物で歴史を感じるが清掃が行き届いて清潔だった。
サービスもまあまあだった。
咲良が宿屋に泊まるのは初めてだったが、綺麗なのと料理が美味しいのを気に入っていた。
モーウルフの肉料理がメインだった。
今までこの異世界で食べてきた主食は、パンやマッシュポテトの様な食べ物だったが、この宿ではなんとお米が出た。
日本で食べていたご飯に比べるとお世辞にも美味しいとは言えないが、それでも咲良は久しぶりに食べたお米に涙した。
咲良はすぐにお米を売ってもらい、産地も教えてもらっていた。
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