ジーナ・ヴァレンティーノ!
春の柔らかい陽射しの並木道を同級生たちに見送られながらアリーチェは学校を卒業した。
アパートに帰るとルカとジャンとジャックに集まってもらっていたので、アリーチェはみんなの前でこれからの事を話し始めた。
「え~っとアリーチェは10才になったので、これからは冒険者になって世界を旅しようと思います。小花咲良の活動をしながら人探しが目的です。その人を見つけたらこの世界の為に何をすればいいか一緒に考えたいと思います」
ルカには何が何やら分からなかった。
「冒険者は分かるけど、10才で人探しの旅に出る?学校は?」
「学校は今日卒業したわ」
卒業証書をルカに見せる。
「えっ魔法科は後2年あるんじゃ………ほんとだ確かに校長先生のサインがある…………えっとその探す人って誰なんだい?パパの知ってる人?」
「いえルカパパは知らない人よ。アリーチェも知らない人なんだけど知ってる人なの。会って話せばきっと分かるわ」
「よく分からないな。人探しは兎も角10才で一人旅はさせられないな、危険すぎる」
アリーチェはジャンをチラッと見た。
それを察してジャンが話し出す。
「俺も一緒について行くから心配しなくても大丈夫だぞ」
「えっ?英雄のジャンさんにアリーチェの付き添いだなんて、畏れ多くてお願いできませんよ。そんなお金もありませんし」
「お嬢ちゃんの舞いに惚れちまってな、俺の意思でついて行くんだから金なんて必要ないぞ。気にするな」
「いや、そう言う訳には………」
「じゃあ、俺たちは王都へ帰るから、先ずは王都まで一緒にってのはどうだ?お嬢ちゃんが心配なのもわかるが、可愛い子には旅をさせろって言うだろう。それにお嬢ちゃんには精霊たちが居るだろ?精霊たちは本当に強いぞ?俺だってお嬢ちゃんに手出しは出来ないからな」
「精霊たちがそんなにですか…………しかしまだ10才の女の子ですし………」
「アリーチェはもう10才よ。冒険者登録も10才からだしみんな働き出す歳だわ」
「……………ん~~分かったアリーチェがそうしたいって言うのなら仕方がない。ではジャンさんが無理のない程度にお願いします」
ルカは深々と頭を下げた。
そんなルカに抱きつくアリーチェ。
「やった~~ルカパパ大好き!」
アリーチェの希望通りにいった事でホッとするジャン。
「ふぅ~、任せてくれ」
「ジャンもありがとう。でもジャンとジャックには目的があったんじゃ無かった?」
神妙な表情になるジャン。
「まぁそうだな………でもすぐにって訳じゃないから大丈夫だ」
そしてジャンはぽつりぽつりと昔話をしてくれた。
* * * * *
10数年前………
ベルトランド大陸の西側に位置するガンドルフ帝国。
強さこそ正義の考え方の獣人国家だ。
まだ30才のジャン・ヴァレンティーノはLV30に届いたばかり。
人族であるが強くなろうとする姿勢が認められてガンドルフ帝国兵になれた。
妻のジーナと4才の息子ジャックの3人で、ガンドルフ帝国に住んだ。
妻のジーナは聖属性の才能があり、ガンドルフ帝国の教会に勤めていた。
もう少しで司祭にもなれそうなLV30の教会職員だった。
アッシャムス魔国との国境近くの偵察任務の為に教会からジーナが派遣され、帝国兵6人と偵察任務をする事になった。
その帝国兵の中にジャンもいた。
アッシャムス魔国は魔族の国。
昔から他種族全てを支配する為に先ずは隣国のガンドルフ帝国を攻め立ててきた。
しかしここ100年程は一切攻めて来なくなっていた。
そんな平和な状況の中、国境付近で最近行方不明者が増えているのだ。
ジャンはこの頃まだ大剣ではなく片手剣と盾を使っていた。
6人の中では若手のジャンが先頭を歩きながら周りの様子を伺っていた。
ジャンが隊長に話しかける。
「他の森と一緒で、特に変わった感じはありませんね」
「そうだな、魔物の気配もあるが、まあ普通通り………っ!!正面からかなり強い魔力が1体接近してくるぞっ!全員戦闘態勢!」
ゆっくりと近づいて来る禍々しい魔力にみんな身構える。
暫くして草むらを分けて現れたのは、自分たちよりひとまわり大きく屈強な体つきで、頭に2本の角を生やした魔族だった。
「へぇ~、ゆっくり来てやったのに逃げなかったな。やる気があっていいね~」
魔族の男は大剣を肩に担いでへらへら笑っていた。
ジャンはまだLV30だがここまで近づけば相手が圧倒的に強いのは嫌でも分かる。
だが隊長は魔族に警告した。
「ここはガンドルフ帝国領である。即刻立ち去れ!」
「はぁあっ?最近行方不明者がでるからここに来たんだろ?俺だよっ俺っ!俺が殺したんだよ、死体はアッシャムス領に放ってあるぜ」
「なっなんだとっ!」
「行方不明とかだと次から次へと獲物が来るからいいよな。お前らが行方不明になったらもっと来るんだろうなぁ~ヘッヘッへ。俺は戦いてぇんだよ、さあやろうぜっ!殺し合いをよ!」
魔族は1番近くにいたジャンに斬りかかった。
緊張で身体が硬くなっていたジャンは反応出来なかった。
「しまっ!!!」
ガキィィィ~ンッ!
振り下ろされた魔族の大剣は、ジャンの目の前で魔法のシールドに阻まれた。
冷静に魔法を行使していたジーナが兵士長に聞く。
「どうしますか兵士長っ!撤退しますか戦いますかっ?」
そんなジーナを見てみんなが冷静さを取り戻す。
「かなり厳しい状況だが、向こうは逃がす気はないだろうから………戦うしかないな」
「その通りだ分かってるじゃないか。でなきゃ大人しくしてろって上からの命令を無視してここまで来た意味がねえからな。さあ楽しもうぜっ!」
言い終わると同時に再度ジャンに斬りかかる。
しかしその大剣はジャンが盾で受け流した。
「『ホーリーアロー』!」
いつの間にか詠唱を済ませていたジーナの聖なる矢が1本は魔族の腕に刺さり、1本は頬をかすった。
「へぇ~やるねそこの女、少しだけ本気を出すから他の奴らも頑張れよっ、おりゃああぁあぁあ~!」
始めのうちはいい勝負をしていたが、ジーナの魔力が切れた辺りからは一方的だった………。
みんな殺られていき、最後に残ったのは魔力を使いきって倒れそうなジーナと、傷だらけのジャンだけだった。
「あと2人だな、まあ頑張った方かな。お前は女を守りたいようだから女から殺るぞ、邪魔してみろ。おらっ!」
魔族の男は大剣でジーナの心臓を突き刺しにいった。
「させない!!」
魔族の攻撃をジャンが必死に盾で防ごうとした。
ガガッ!ズンッ!!
「はぐっ………」
ジーナのうめき声が響く。
ジャンの盾で心臓は逸れたが、大剣はジーナの腹を貫いていた。
「ありゃま、苦しまねえように殺すつもりが、これじゃあ辛いだろうね~、フンッ!」
ガンッ!
魔族はジャンをぶん殴って吹っ飛ばした。
「くそっ!」
吹っ飛ばされて倒れてるジャン。
魔族はジーナの肩を足で押さえて大剣を力任せに引き抜いた。
「きゃぁあぁぁっ!」
血まみれで倒れたジーナは朦朧としていた。
「そこの男、もう女は助からないと思うが、急げば助かるかもしれねえぞ、女を助けようとしたさっきの感じ良かったな、もう1度来いよっ!」
魔族の強さは分かってはいるが、ジーナを助けたい一心で躊躇する事なく向かっていくジャン。
魔族が振り下ろす大剣を、ジャンは左手の盾で受け流しながら、片手剣で相手の胸を貫くつもりだった。
「はあぁあぁぁあっ!」
しかし魔族の大剣は、ジャンの盾を左腕ごと切断した。
それでもジャンは攻撃を辞めずに放った剣は魔族の胸に届いていた。
「ほう、惜しかったな、なかなか良かったぞ」
ジャンの剣は筋肉に阻まれて剣先だけしか刺さっていなかった。
魔族は大剣の腹でジャンを横殴りにし、ジーナのすぐ横まで吹っ飛ばした。
魔族は大剣を鞘に収めた。
「俺の名はグリーゼだ。楽しませてもらったから見逃してやるよ、まぁ女は助からねえから、仇を討ちに来いよ、じゃあな」
グリーゼと名のった男は背を向けて去って行った。
左腕を失い、残った腕も肋も折れているジャンだが、ジーナの所まで這っていき手を握った。
ジーナは朦朧とした意識の中、ジャンを見た。
「ジャン………ジャックを………ジャックを……おね……が………い……」
最後にジーナは、泣きながら眠るように瞳を閉じた。
* * * * *
アパートのリビングで話しを聞いていたアリーチェとルカにはかける言葉が見つけられなかった。
ジャンの目には強い決意が宿っていた。
「………ジーナの仇をとりたいんだ。その為に俺は無茶をしてここまで強くなった。グリーゼを撃てれば俺に思い残す事はない」
「…………辛い事を話させて御免なさい」
「いいさ、人に話すと心が軽くなる気がするしな。お嬢ちゃんの人探しを手伝いながら、グリーゼを探すさ………まあ魔族国に行くわけにもいかないからどうすればいいか分からないんだがな」
「………うん。アリーチェも手伝える事があったら手伝うからね、世の中の為にもなるしね」
「ああ、ありがとうな。しかし世界を良くするって、変な事を考えるんだな。何で世の中を良くしようなんて考えたんだ?この世界の何が良くないんだ?」
「えっ?良くないって思わないの?……………そう、えっとね、貴族とかのわがままで理不尽に命を奪われたりするでしょ?他人の命を命とも思わないって、ひどくない?」
「んっ?、普通だと思うが」
「あれ?普通って思っちゃうのか。じゃあアリーチェはもっとみんなが平等な世界にして、みんなが相手を思いやる事の出来る世界にして、昔は変な世界だったなって話せるようにしたいかな」
「平等な世界にねぇ………やっぱよく分からねえが、1人でやろうとするなんてなんか凄えな」
「1人じゃ無理よ、だからそれが出来る人に手伝ってもらって一緒にやるの」
「大変な事をやろうとするんだな」
「まぁ神様にお願いされたからなんだけどね」
「「「「ええっ?神様??」」」」
精霊も含めてその部屋の全員が唖然とした。
「えっ?あっ!神様………みたいな感じ?………のお爺ちゃん?………の夢を見たって言うか………そう夢よ夢!気にしないで」
部屋に居たルカ、ジャン、ジャックは、これだけ多くの精霊たちを従えている状況で神様がと言われても、理解不能で言葉が出なかった。
アリーチェの誤魔化し方が下手っぴでも関係なかった。
精霊たちはアリーチェが全属性の加護を授けられている事情が何となく分かり、なんとしても守るべき存在である事を理解した。
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