中央広場で神楽!
夏も終わりを迎え、ボスコの暑さも和らいで来た。
辺りが暗くなり始める夕暮れ時、中央広場は多くの人々で賑わっていた。
中央広場の真ん中には、10メートル四方で高さが1メートルの舞台があった。
舞台を囲む様に多くの椅子が並べられ、高価な服を着た貴族たちが大勢座っていた。
その周りを領主軍兵士が警備している。
さらにその周りには、立ち見の人々が広場を埋め尽くしてい
た。
最前列中央の椅子に座っているのは、領主のリベラート・ベリザリオ。
「わざわざ見に来てやったんだ、たいした事無かったら奴隷にして、一生ぬいぐるみや編み物の服を作り続けさせてやる」
隣に座る娘のマルティー。
「そのような事は私が認めません。大丈夫ですよ、きっとお父様はアリーチェ……小花咲良さんの舞をお気に召すと思いますわ」
領主の数列後に座っている商人のシモーネ。
「今まで姿を見せなかった小花咲良が、まさかこんな大々的に姿を現すとは…………どんな事をしてもシモーネ商会に取り込んでやるぞ」
その他の座席には、司祭様や多くの貴族たち。学校の先生たちや冒険者ギルドの人たち、魔法科の生徒たちなどが座っていた。
立ち見には、ピエロとローラさん、森の泉孤児院の人たちやマウロPTのメンバーなど、アリーチェの知り合いが大勢いた。
辺りも暗くなってきたので、係の人が松明を持って、舞台の四隅にある篝に火を灯して廻った。
観客がざわめきだした。
「魔道具の火じゃないんだ」
「へぇ~綺麗ね」
篝火に照らし出されて舞台に上がるダニエラ。
会場は静まり返り、観客の視線が集中した。
「このたびはこの場にお越し下さり有り難う御座います。先日行方不明になったアリーチェ様を、街の皆様が捜し廻って頂いた事への感謝を込めて、この舞台が開催される事になりました。舞台で舞う時の名前は小花咲良です。どうぞお楽しみ下さい」
ダニエラが舞台を降りた。
そして舞台の上の端に、太鼓と神楽笛を持ったジャンとジャックが座った。
すると静かだった会場がざわつきだした。
「おいっあれは……」
「英雄のジャンじゃないか」
「このはなさくらってジャンの関係者か?」
「きゃ~っジャック様だわ」
「格好いいわ」
観客がざわざわと話していると、アリーチェが階段を登って舞台に姿を現した。
途端に会場は静まり返った。
白と朱色が眩しい巫女装束を着たアリーチェの姿が、篝火に照らされて妖艶に浮かび上がった。
金色の冠を頭に付け、白と赤ののし紙でまとめられた艶やかな黒髪。
白い足袋を履いた足で、ゆっくりと舞台中央に進み、領主の座る正面席に一礼をした。
観客は初めて味わう厳かで妖艶な雰囲気に固唾をのんでいた。
アリーチェは真っ直ぐ前を見据えながら、神楽鈴と扇を持つ両手を、スッと前に伸ばしてピタリと止まる。
アリーチェが止まっていた時間は数秒間だが、観客にはとても永く感じられた。
ジャックが笛を吹き始める。
ピィ~~ ヒャラ~~ ヒャラ~~ ラ~~♪
ジャンも和太鼓を叩き始める。
トン トン トトンッ♪
そして止まっていたアリーチェの時間が動き出す。
笛の音に合わせて神楽鈴を一振り鳴らす。
シャン♪
涼やかな神楽鈴の音が、会場を清らかに響き渡る。
観客は自分の心さえも清められている様に感じていた。
ピィ~~ ヒャラ~~ ヒャラ~~ ラ~~♪
トン トン トトンッ♪
シャラン♪
アリーチェはゆっくりと両腕を左右にいっぱいに広げ、神楽鈴を持つ右手は斜め上に、扇を持つ左手は斜め下の位置で止める。
笛と太鼓と鈴の音は同じリズムで鳴り続けた。
アリーチェは両腕を斜めに広げたポーズのまま、神楽鈴を見つめながら、優雅にゆっくりと回り始めた。
鳴り響く笛の音……
テンポ良く鳴る和太鼓の音……
清らかに鳴り響く鈴の音……
厳かで優雅に舞うアリーチェ…
篝火に照らされた美しく妖艶な舞は、観客に時間の経つのを忘れさせた。
いつの間にか舞も演奏も終わっていた。
アリーチェが神楽鈴と扇を、後ろに置いてあった剣に持ち替える動作さえも美しかった。
観客は拍手すらも忘れる程、アリーチェから目が離せなかった。
中央に戻り、両腕を前に伸ばして、鞘に収まった剣を横向きに持ったまま止まるアリーチェ。
視線も動かさず呼吸さえもしていないかのようだ。
ピィ~~ ヒャラ~~ ヒャラ~~ ラ~~♪
トン トン トトンッ トン♪
ジャックの笛とジャンの太鼓が鳴り始めると、アリーチェが優雅に舞い始めた。
ゆっくりと鞘から剣を抜き、左手に持っている鞘は、隠すように背中に回した。
右手の剣は円を描くように回してから、高々と掲げる。
幾つもの剣の型を、舞う様に剣を振るった。
とてもゆっくりで、とても美しかった。
最後にアリーチェが剣を鞘に収め、お辞儀をして舞は終わった。
終わった事に気がついた観客たちから、盛大な拍手が沸き起こった。
貴族たちや領主までもか拍手をしていた。
いつの間にかアリーチェの側まで来ていたダニエラが、声を響き渡らせる水晶玉の様な魔道具をアリーチェに渡す。
会場は静まり返り、アリーチェの言葉を待った。
アリーチェはみんなを見渡して微笑みながら話し始めた。
「小花咲良です。皆様のおかげでこのように元気に舞う事が出来ます。皆様に幸多からんことを祈念いたします。ありがとうございました」
アリーチェは綺麗に一礼をした。
魔道具により中央広場全体に響き渡ったアリーチェの声に応えるように、盛大な拍手と歓声が響き渡った。
鳴り止まない拍手に見送られて、アリーチェはジャンやジャックと共に舞台を降りていった。
「小花咲良さんありがと~!」
「綺麗だったわよ~!」
「さくらさ~ん!」
「ジャック~~!」
* * * * *
無事に神楽も終わり、商人ギルドの1室でダニエラと話すアリーチェ。
「何から何までありがとうダニエラさん」
「いえ、アリーチェ様の為ですから当然です。小花咲良様としても公表した形になりますが、商人ギルドの私を通す事は周知の事実。英雄のジャンとの親しさも知れ渡る事でしょう。ボスコの街ではかなり安全かと思われます」
「うん、良かった。これからの普段着は巫女装束で行こうと思うの」
「まあ、大胆ですね。ステキな服ですのでよろしいかと思います」
「この衣装はローラさんに作ってもらってるから、販売に関してはダニエラさんとローラさんに任せるわ」
「フフッ、ありがとうございます。明日になれば多くの方たちから問い合わせがあるでしょう。神楽はいかが致しましょう」
「ん~~、新しい所へ行ったらやろうと思うけど、ボスコはもういいかな」
「はい、分かりました」
「1回で世界の全ての同世代に見てもらえたら楽なのにな」
「つまり目標は全ての同世代の人たちに見てもらう事ですか……また大きな目標ですね。アリーチェ様らしいとも言えますが。他の街からの公演依頼があったら検討致しましょう」
「ありがとうダニエラさん」
こうして巫女小花咲良の活動は始まった。
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