星流る川(三十と一夜の短篇第39回)
空のうえに、三すじの川がありました。
東の空から西の空へと流れるその川は、星の流れる川でした。
曲がりくねり、交わりつつ流れる三すじの川には三人の姫がおりました。
おおきな星を流す川のひと姫。
つよく輝く星を流す川のふた姫。
ひと姫とふた姫が選ばなかったちいさな星、光のよわい星を流す川のみつ姫。
それぞれの川にそれぞれの姫がおり、日暮れが近づくと星を川に浮かべ、夜のはしへと流すのでした。
ある日の昼さがり。
夜のはしまで流れた星を引き連れて、船頭が川をさかのぼっていたときのことでした。
三すじの川の流れの途中、ちょうど三つの川が束ねられふたたび別れて中洲になっているところに、なにかが光ったような気がして、船頭は舟を漕ぐ手を止めました。
止まって見てみますと、光は見えません。けれど、引き連れている星々がちかちかとざわめいています。
これはなにかあるな、と船頭が舟を近づけてよく眺めてみますと、中洲にちいさくよわく光る星がひとつ、落ちています。
あたらしく空にのぼった星が集まる場所は別にあるのですが、ときおりこうして迷ってしまう星があることを船頭は知っていました。
よわよわしく、けれどたしかに光る星はなにかをうったえているようでした。けれど船頭には星のことばは聞こえません。
それで船頭は中洲の星をすくいあげて着物のたもとに入れると、いつもどおりに姫たちのもとを順に訪うことにしました。
はじめに向かうのはひと姫の川です。
川のはじまりにたどりつくと、そこではひと姫が川べりに腰かけて待っていました。
姫はおおきな籠を抱えて星をすくいます。
「見上げた夜空のそのなかで、ひときわおおきな星がある。その星々の流れをむすべば、そこがわたしの川になる」
歌いながらおおきな星をすくうひと姫に、船頭は声をかけました。
「もうし、姫さま。川の中洲で星をひとつ、ひろったのです。おれでは星の声を聞けないもので、聞いてやってはもらえませんか」
「かまいません。それもわたしのお仕事です」
歌うように応えてひと姫がこっくりうなずいてくれたので、船頭はたもとから取り出した星を手に乗せて、ひと姫のほうへと差し出します。
ちかり、ちかちか。よわく、けれどたしかにまたたく星を見つめていた姫が歌いはじめます。
「夜空で目立ちたいのなら、わたしの川へいらっしゃい。どんなちいさな星々も、まとめておおきな星にして、夜空へ流してあげましょう」
歌い終わった姫にこたえるように、中洲でひろった星がちいさくまたたきます。すると、姫は首をかしげました。
「わたしの川に来たならば、夜空を見上げるだれからもきっと見つけてもらえる星になる。けれどあなたがほかの星と混じりたくないのなら、わたしの川へは流せません」
そう告げて、ひと姫は籠にすこしのおおきな星と、おおきな星になりたいと姫の足もとに集まったくず星たちを抱えて行ってしまいました。
きっとこれから自分の宮にもどってくず星を併せて、おおきな星をつくるのでしょう。そうして夜に流すのでしょう。
ひと姫の背中を見送った船頭は、星をたもとに戻してまた舟を漕ぎだしました。
つぎに向かうのはふた姫の川です。
川のはじまりにたどりつくと、そこではふた姫が川べりに腰かけて待っていました。
姫は中くらいの籠を抱えて星をすくいます。
「見上げた夜空のそのなかで、とびきりかがやく星がある。その星々の流れをむすべば、そこがわたしの川になる」
歌いながらかがやく星をすくうふた姫に、船頭は声をかけました。
「もうし、姫さま。川の中洲で星をひとつ、ひろったのです。おれでは星の声を聞けないもので、聞いてやってはもらえませんか」
「かまいません。それもわたしのお仕事です」
歌うように応えてふた姫がほほえんでうなずいてくれたので、船頭はたもとから取り出した星を手に乗せて、ふた姫のほうへと差し出します。
ちかり、ちかちか。よわく、けれどたしかにまたたく星を見つめていた姫が歌いはじめます。
「夜空を照らしたいのなら、わたしの川へいらっしゃい。どんなにわびしい星々もみがいてくず星ふりかけて、だれよりかがやく星にして、夜空へ流してあげましょう」
歌い終わった姫にこたえるように、中洲でひろった星がちいさくまたたきます。すると、姫は首をかしげました。
「わたしの川に来たならば、夜空を見上げるだれかのことをきっとみちびく星になる。けれどあなたがその身にほかのくず星をまといたくないと思うなら、わたしの川へは流せません」
そう告げて、ふた姫は籠に半分くらいのかがやく星と、かがやく星の一部になりたいと姫の足もとに集まったくず星たちを抱えて行ってしまいました。
きっとこれから自分の宮にもどって星をみがきくず星をふりかけて、かがやく星をつくるのでしょう。そうして夜に流すのでしょう。
ふた姫の背中を見送った船頭は、星をたもとに戻してまた舟を漕ぎだしました。
さいごに向かうのはみつ姫の川です。
川のはじまりにたどりつくと、そこではみつ姫が川べりに腰かけて待っていました。
姫はちいさな籠を抱えて星をすくいます。
「見上げた夜空のそこいらじゅうに、目にはうつらぬ星がある。その星々の流れをむすべば、そこがわたしの川になる」
歌いながらかがやく星をすくうみつ姫に、船頭は声をかけました。
「もうし、姫さま。川の中洲で星をひとつ、ひろったのです。おれでは星の声を聞けないもので、聞いてやってはもらえませんか」
「かまいません。それもわたしのお仕事です」
歌うように応えてみつ姫がちらりと視線を向けたので、船頭はたもとから取り出した星を手に乗せて、みつ姫のほうへと差し出します。
ちかり、ちかちか。よわく、けれどたしかにまたたく星を見つめていた姫が歌いはじめます。
「地上であったすべてのことを忘れてしまいたいのなら、わたしの川へいらっしゃい。どんな喜びも悲しみも、すっかり洗いながしてまっさらにして、夜空へ流してあげましょう」
歌い終わった姫にこたえるように、中洲でひろった星がちいさくまたたきます。すると、姫はこくりとうなずきました。
「わたしの川に来たならば、夜空のしたにあるどんなことも憂えぬ星になる。もしもあなたがただただ夜空で瞬いていたいと思うなら、わたしの川へおいでなさい」
船頭の手に乗っていた星はほんのすこしためらうように動いたあと、みつ姫の差し伸べた手へとそっと移っていきました。
籠いっぱいのまっさらな星と、まっさらになりたい星たちを引き連れたみつ姫は、船頭が拾った星を抱えて歩いて行きました。
きっとこれから自分の宮にもどって星を洗い、まっさらな星をつくるのでしょう。そうして夜に流すのでしょう。
みつ姫の背中を見送った船頭は、軽くなったたもとを振ってまた舟を漕ぎだしました。
ふと、どうして星たちの多くがみつ姫のもとへと行くのだろう。そんなことを考えた船頭でしたが、まだまだ夜に流れた星がたくさん川の終わりで待っています。日暮れまでにすべて集めて来なくては、と考えごとをやめて、船頭は仕事に戻ります。
おおきな星を流すのはひと姫です。
つよい光の星を流すのはふた姫です。
それぞれの姫を選ばなかった星たちをきれいに洗ってまっさらにして流すのがみつ姫です。
今夜も夜空には、いろいろな星が流れることでしょう。