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「リビングはそこそこ綺麗になりましたね。ところで今日は木曜日ですが学校の方はどうなっているんですか?高卒、そうですね」
「高校中退だよ」
「あらら私と同じですね」
彼女はクスリと笑い手に持った数十冊の雑誌を机に何度か跳ねさせる。俺が明らかに嫌そうな表情をしているのを完全に無視だ。
「ところで中也さんはいつから一人暮らしをしているんですか?」
「二年程前かな。妹が東京の高校に行く事になって両親どちらも付いていったんだよ。生活費は貰ってるけど今じゃあ見ての通り社会のゴミさ」
「二年間もこの部屋の中にいたんですね」
「いや、それは違う。こんな生活をし始めたのは一年前からだ」
彼女は首を軽く傾げたがそれ以上は追求してこなかった。それより彼女は目前の雑誌の方が余程興味があるらしい。辛い。この状況。穴があったら入ってさらに掘って冬眠したい。
どこか愉悦を含む表情で彼女は本を捲り始めた。
無意識に俺は手を伸ばし取り上げる。
「子供の見るものじゃない」
「一歳年上なのですけれどね」
「___それ、本当か?マジで」
彼女は俺のベットに腰を下ろしてゆっくりと頷く。
「信じられませんか?」
「いや、まあ正直に言うならそうだな」
「逆に年を近く見られて下手に意識されても困りますし幼女と見てもらっても構いませんよ」
「てめえ居候の分際で中々上からじゃねえか」
パソコンを付けようかなんて思っていると彼女は端末を俺達の前に突き出して急に身を寄せてきた。それが自撮りの用意と知るには少しの時間を労した。
パシャと乾いた機械音が鳴り、彼女は口端を上げながら端末を見返す。その間も俺は一年ぶりに女の子に触れたなんてのんきに考えていた。
「LINE教えてもらえませんか」
「端末のパスワード忘れたから無理だ」
「あれがあるじゃないですか。忘れた時用のクイズみたいなやつです。小学校の名前とか設定しているんではないですか?」
「いや、それはだな___」
昔その質問をあいつに変えられたのだ。二年ほど前だったか。あいつは「変えたよ、中也のケータイの質問の奴」なんて言っていたが、別に振れなくてもいい機能だったので二年間触ってこなかった。
まさか、あいつの遺言でも残されているんじゃないなんかなんて思って俺は端末を探すために立ち上がる。その仕草を見るやいなや、彼女がポケットに勝手に入れて探す手間がはぶけたと思うと何も言えないのが悲しい。無言でケータイを開くと、どうしてかまだ10パー程充電が残っていた。最近の端末ってたくましいなんて思いながらロック解除をスキップ。そして「問題に答える」というボタンを押すと、画面上方に白い文字で以下のようなことが書かれてあった。
『ねえ中也、なんで私は死んだと思う?』
まるで今にも話しかけてきそうな口振りでそこには問いが記されてあった。これが、彼女の遺言。彼女が残した、訴えかけてきた苦い問い。
いや待て。違う。何かが噛み合わない。彼女がこの問題を作った日は。
「不思議な問題を作るんですね」
俺はバット後ろを振り返り端末の電源を切った。そこには彼女が覗き込み俺の端末を凝視している。その瞳は、なぜかずっと遠くを見詰めているように感じられた。
「見た____のか?」
「はて、何をです?」
そう言って微笑む彼女。それでもどこか笑ってはいない。
「私はただ中也さんが自分の将来の死因を端末のパスワードにしているのを見て不思議に思っただけですが」
「え、あ、おう。覚えてねえよな、こんな即時的な質問。バカかよ、俺」
「まあ高校中退が賢明な訳ないですよね」
「やかましいわ」
彼女には何も見えていなかった?それなら良いのだが___いやまずあいつの自殺を知られて何の問題があるっていうんだろう。俺があいつを殺したんじゃない。あいつはあいつの判断で勝手に死んだんだ。俺には何も言わず、全てを自分の中に仕舞いこんで。
そうじゃないか。いっそ_____。
『『『『『『『『『中也の間違った選択を嚙み締めて貰わなきゃ』』』』』』』』』
「違う違う違う違う違う違う_________!」
「中也____さん?」
キョゼツキョゼツイヤダイヤダイヤダオレジャナイ。
笑うなこっちを向くな手を握るな俺をコワスナ。
「やめろ俺じゃねえ!俺は何もしていないじゃねえか!お前に死ねと言ったのはお前がそう言えと言ったんじゃねえかッ!」
「落ち着いてねえ中也さん!」
『どうして助けてくれなかったの』
「俺は助けようとした!お前の家にすぐ行った!」
『私の死体を見て快感を得るために』
「何言ってんだよ真帆!俺は___俺は___」
真帆が不適に笑う気配がどこかでした。
『私をコロシタでしょ?』
違うんだ。俺は本当に真帆を救おうとしたんだ。邪心なんて一切無かった。
信じてくれ。俺はお前に必死に手を伸ばしたんだ。
お前に必死に必死に手を伸ばした。
その手は_________お前の、背を。
「***」
「我に返って!中也くん!」
「あ___ああ___」
彼女は俺の肩を全力で揺すってくれていた。我に返った俺は痛みの響く頭を抱えながらただ平常を訴える。
「大丈夫だ。持病だよ。気にしないで欲しい」
「気にしないでと言われて気にしないわけにはいきませんからね。夕食は私がお作りします。中也さんはそれまで休んでいて方がいいと思います」
「非常に助かるよ___これは?」
今までは気付かなかったが、掃除したリビングの床にはガラス片が散らばっていた。それも何かで窓を叩き割ったような。
「覚えてはいませんか?」
「___これは俺の行動か?」
「随分と狂乱なさっていましたからね」
右手は包帯で巻かれており手首は強く締められている。荒いが止血の応急措置だと直ぐに分かった。そうだ殴ったのだ、素手で鏡を。
鏡の裏で笑っていた黒い虚像を。
「君には拳を掲げなかったか?」
「ええ、何か中也さんは酷く脅えていました。その対象しか眼中になかったようですから」
彼女が気を使っているようにも見えなかったのでその通りなのだろう。それでも自我の崩壊さえ彼女に促されてしまったことに多大な恐怖を感じた。破壊行動を行う自分を考えるだけで気分が悪くなる。
「この掃除も私がしておきますから中也さんはゆっくりとお休みください」
「___それは悪すぎるよ__えっと」
「倉染沙耶です。サヤと呼んで下さい」
「ああ、サヤ。掃除なら俺がするよ、申し訳ないね」
サヤは目を細めて俺を見詰めた後、俺の額に手を置いた。何をしているのか不思議だったがサヤが触れた左手を俺に見せてようやく分かる。
俺は非常な程汗をかいていた。それも彼女の小指からしたたり落ちる程の。
「随分と苦しそうですよ。私は中也さんは休むべきだと思いますが」
「____でも」
「一人では寝られませんか」
サヤはそう言って微笑んだ。どういう心情なのかは一切覗えない。まるで笑みを浮かべることで何かを隠しているような。
「私が中也さんが眠りつくまで傍にいます。膝枕だっていたしますよ」
「そこまではいらねえよ___。でも甘えていいなら傍にはいて欲しいかもしれない」
「分かりました、膝枕ですね?」
「人の話を聞け」
サヤは俺のベットの上に上って正座する。そして笑顔の威圧で来いと脅してきた。俺はため息を吐いてベットに乗りサヤの膝に耳が当たるように横向きで寝転ぶ。
「どうですか私の膝は?堪能できてますか?」
「寝るからだまってくれ!マジで!」
サヤの笑い声が響き渡る中、もし今日サヤが家に来ていなかったら今頃は命がないだろうなと思う。改めて感謝を言おうかと思ったが、暖かく柔らかい枕に意識を吸われ、とうとう意識を手放した。
そうやって眠りに就いた時には、自然と頭痛は収まっていた。
ぼんやりと部屋の白熱灯がカーテンを閉めた部屋の中を照らす。
静かになった部屋の中でサヤは膝の上の青年の髪を優しく片手で解きながら乾いた笑みを浮かべた。
サヤの頭痛は、座るのも限界とまで頭中を広がっていた。
汗を垂らしながら、サヤは自分の首に締められた黄色い機械で出来た首輪を爪で描きながら目を細めて笑った。
『駄目だよ___中也君。幻を認知しちゃあ。いない物を見ようとしちゃあ___』
『ほら、サヤちゃんみたいには絶対にならないでね______お願い』