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「なあ、そこは俺の特等席なんだけど」
「え、あ___。すみません」
ある高校一年の頃の昼休み、体育館の裏のベンチに座っていた少女は俺を見て曖昧な笑みを浮かべた。俺は少女の隣に座ってお菓子の入れた袋を開く。
「何年?」
「え、高校一年です。それと、同じクラスです」
「うお、まじか。影薄いねアンタ」
俺が冗談でそう言うと、彼女は俯いてポロポロと涙をこぼし始めた。突然の出来事に、思わず声が出る。
「いや嘘だってホント!泣かないでくれよ」
「鈴木君がいじめてきますもん」
「いじめてないって!ほら、オヤツあげるから。はい、カントリーマームの抹茶味」
無理矢理オヤツを彼女の手の中に突っ込み、俺も同じオヤツを食べる。女子とは他の男子と比較してそこそこ話すつもりなのだが、大人しい女子とはそれほど話した覚えがなかった。
「昔から影は薄かった気はします。どこでも、本当にどこでも」
「いや本当に悪かったって___」
「私、お姉ちゃんがいるんです。お姉ちゃんはすごく立派でピアニストとしてコンサートだって開くほどの有名人なんですよ。そんなお姉ちゃんがいるから、何も出来ない私は増して影として生活することになっているんだと思います」
「へえ、お姉ちゃんが」
彼女のお姉ちゃんは見たことはないが、明るい彼女を想像すると人気者にそりゃあなれるわけだなあと一人納得した。だって彼女、顔は普通に可愛いし、ほら、さ、スタイルも悪くないし。
「高校一年はもう少しで終わってしまいますね。私はもっと初めに沢山お友達を作っておけばなんて今頃後悔してるわけです」
「昼食はいつもどこで食べてんの?」
「今日は少し長くここにいたくて残っていました。いつもここで食べて五分前頃にはお花に水を上げに行ってきます」
「学校の花壇の?」
「そうです、こっそりと自分で種を植えて育てているのです。何かを育てるのがすごく好きなので」
そう話す彼女の声は少し嬉しそうだ。好きな事を話すのが楽しいのか、それとも人と話すのが楽しいのか。子供のようで可愛らしい。
「でもいいよな趣味があるっていうのはさ。俺はそうだな、特にはないと思う」
「でも鈴木君は沢山友達がいますよね。遠目からいいなあって思ってました」
「人が羨ましいと思うことは十人十色だよ。俺は生まれながらの孤児だから、誰かが帰ったら待っているっていうお前らの当然の日常さえも非常に羨ましく思ってしまう」
彼女は少し驚いて言った。
「一人暮らしなのですか」
「いかにも」
「私もその淋しい気持ちに同情できます、おそらくですけど。____私も一人ですから」
「どういう事だ?」
俺がそう聞き返しても彼女はうつむいて返事を返さない。クラス内でぼっち、ということなのだろう。そんな事を無理矢理彼女に言わせた気分になり、申し訳なく思った。
「まあ、俺が今日からダチだからさ。心配しなくていい。アンタ、名前は?」
別に善意に動かされた訳ではない。ほんの少しだけ、彼女に興味もあったのだ。すると彼女は食い気味に顔を上げ、俺に顔を近づいた。思わず顔を引く。
「な、なんだよ」
「本当ですか?嬉しいです!私友達なんて小学生以来です」
彼女は本当に嬉しそうに自分の頬を擦った。素直に可愛い子だなと思えた。
「なんだ、無邪気に笑えるじゃねえか。無理矢理笑ってるのと比べてなんかいいな」
「え、そうでしたか?お恥ずかしいです」
「いやいや。ところで敬語、やめてくれよな。なんかダチなのにおかしいだろ。それと俺のことは中也でいい。見せかけの苗字なんていらねえから」
彼女は拳を作って笑った。
「分かりました、敬語やめます!」
「ははは、敬語敬語」
「あああ、中也って呼ぶね?」
「光栄だよ」
彼女は「中也中也」と何度か復唱した後目を細めて微笑んだ。俺はその仕事を見ながら申し訳なさそうに言う。
「あと、悪いんだけど名前教えてもらえないかな。教室に戻れば分かる話なんだけどさ」
「いえいえ、今名乗るよ。私は佐々木真帆。真帆って呼んで欲しいな、中也には」
「んじゃ、真帆。これからよろしくな。沢山遊ぼうぜ」
俺達は顔を合わせて笑い合った。明日が楽しみだった。




