聖者が街にやってくる
ちらほらと粉雪が舞う駅前。
行き交う人々の足取りが、浮足立って見えるのは恐らく俺の気のせいだ。
寒気が緩んで、駅舎の屋根から時折落ちる雪の欠片が、路面に雪の小山を作っている。
待ち合わせの時間より、だいぶ早く来てしまったせいで、手持無沙汰の俺は道行く人達の様子に想いを馳せている。
田舎駅のくせに、いっぱしに待合室の窓にはツリーの大きなシール。
コンコースに流れるのは、不確かな記憶を手繰れば、確か「諸人こぞりて」だったか。
「御免、待った?」
袖を引っ張られるまで、〇実が隣に来ていることに気が付かなかった。不覚。
物思いに耽り過ぎていた。
「い、いや、俺も今来たばっかりだよ」
見え見えのセリフを吐いて頭を掻く。
校則で規制されて、校内では束ねている長い髪を、今は綺麗に降ろしてなびかせている。
「ごめんな、急に呼び出したりして…」
正直、〇実に連絡を入れるのには、かなりの度胸を要した。
ちょっと会えないかなんて普段ですら言いづらいのに、今日はクリスマスイブ。
要件なぞ言わずもがな。
〇実からOKの返事が届いた時点で、俺が部屋の中を駆けずり回り、階下の親にどやされたのは言うまでもない。
先週日曜日、Xmasセール一色のショッピングモールに出向いた。
何を選んだらいいかわからず、結局洋品店の綺麗なお姉さんに「高校生の女の子が喜ぶような物って何がいいんでしょうか?」
満面の笑みを浮かべたお姉さん、まるで自分が貰えるような喜びようであれやこれやと俺を引きずり回す。
僅かばかりの小遣いを貯めて買った、可愛いと思える手袋を綺麗なお姉さんにラッピングして貰う。頼んでも居ないのにお姉さん、察したのか真っ赤なリボンでくるんでくれた。
笑顔で包装するお姉さんの前で、俺は只硬直していた。
「休みに入ったけど毎日何してた?」
駅に出入りする人波を横目に面白くも無い質問をする。
「なんにも、敢えて言えば退屈してた」
俺より7,8センチは背の低い〇実は、顔を気持ち上向けて笑顔で答える。
中に入ればいいのに、どうしてか入り口の外、ひさしの下、粉雪の舞う中で立ち話してしまう俺達。
粉雪が舞っていたのに傘も差さず帽子もかぶってこない〇実の肩には粉雪が乗っている。
思わず払おうと出しかけた手を躊躇い、改めて伸ばして雪を払う。
「ありがと」顎を引く〇美。
待っている間、あれこれとどんな会話をしようかと巡らしていたアイデアは何処へ雲隠れしたものか全く姿を見せない。
沈黙に耐えられず、ダウンジャケットの内ポケットからプレゼントを取り出し、無言で〇実に突き出す。
驚いた様な顔を見せ、それでも両手を差し出して受け取ってくれた。
「ありがと」
〇実の謝礼に何と答えていいものかわからず、只頭を掻く。
「急だったからあたし何にも用意出来なかった」
俯く〇実に声を掛ける。
「当たり前だよ、急に呼び出したの俺だし」
「来てくれただけでも大感謝だよ」
フォローにもなっていない気もするが言うだけいっておく。
顔を上げた〇実の表情は笑顔だ。
大事に俺からのプレゼントを抱く胸元の手は指先が出た手袋。
思わず口走ってしまう。
「プレゼント、手袋だから…」
「!」
一瞬手元の包みに目を落とした〇美だが、改めて包みを強く抱きしめて笑顔を返して来た。
「勿体ないからまだ開けない」
「ごめんね、今夜家族でXmasパーティーするからのんびりしてられないんだ…」
〇実の言葉にも少しも寂しさを感じない。不思議だ。
「俺も親とケーキの食べ比べだよ」
返した笑顔が満面の笑みなのが自分でもわかった。
「プレゼントは無いけどさ」
悪戯っぽく笑った〇実が俺のジャケットの肩を掴んで引く。
思わず身を屈めた俺の耳元に〇実の息。
ダウンジャケットのポケットに突っ込んでいた俺の手を取り出し、両手で握りしめた〇実が背を向けて去っていく。
振り向いて笑顔を見せた〇実の服装が、紅いコートに真っ白なマフラー、白いファー付の赤いブーツだったことに今更気付く。
今俺が合っていたのは誰だったんだろう?
コンコースに流れる音楽はいつの間のか「聖者が街にやってくる」に変わっていた。
頬が熱い。




