不純異性交遊
「どこか遊びに連れてって」
駅前のベンチ。時間はもう8時になろうかというあたり。
太もも剥き出しのミニスカートに紺のジャケット。同じ紺の小さなリュックを肩に掛けて佇んでいるのがまさかクラスメートだとは思わなかった。
まだほうぼうの灯りは煌々と照らしているとはいえ、高校生の男女が連れだって大っぴらに出歩く時間ではない。
クラスでは大人しく、目立たない生徒だったはずの▽美の、見ようによっては崩れたと言ってもいいような姿に掛ける声も淀む。
「こんな時間に何してんだよ」
つい詰問口調になってしまう。
生徒会の集まりで遅くなり、家路を急いでいた俺が。駅前に見掛けた同じ年頃の少女に近づいたのは、風紀委員であるせいもあるが。
「親御さん心配してるぞ、早く帰った方が…」
「大丈夫、遅くなるの両親知ってるから…」
意外な▽美の答えに返事に詰まる。
答えに窮した俺の顔を見上げた▽美。
「〇〇君は進学なんだよね?」
「?そうだけど」
「いいなあ」
剥き出しの足を組んで夜空を見上げる▽美。
「あたしんち商店やってるでしょ?」
如何にも▽美の家は小さいながらも長く続いた雑貨屋。
街の中心に出来たショッピングモールに押されて、けして経営は楽では無いが、昔からの馴染の客に支えられてそれなりに商売にはなっているらしい。
▽美はそこの一人娘。
「高校出たらさ」
組んだ足の上にこれまた腕を組んで、顎を突き出すように俺に語る。
「家の手伝いに入って」
一拍置いて続ける。
「いずれお婿さん貰って」
ここで自嘲気味に笑顔を浮かべて俺を見る。
「〇〇君はいいよね、外の世界に出て。外の人と出会って」
「外の世界であたしなんか想像も出来ない人生歩むんだ…」
返事が出来ない俺に再度▽美が懇願する。
「どこか遊びに連れてってよ」
組んでいた腕をほどき、組んでいた足も揃え、スカートの裾を掴む。
「あたしには今しか無いのよ」
紺のジャケットに紺のミニスカート、紺の靴下に真っ白なスニーカー。
こんな格好で夜うろついていたら怪しい男共に声を掛けてくださいと言わんばかりだろう。
両親も承知していると言っていた。
思い出せば▽美は両親が年取ってから作った子供だとかで、両親はもういい年のはず。
それだけに▽美を溺愛しているという噂も聞いた。
▽美が感じている思いを両親も理解しているという訳なのか。
溺愛する娘の将来を、他でもない自分達が縛ってしまっている現実。
娘の夜歩きを黙認しているのも罪滅ぼしのつもりなんだろうか。
色んな考えが頭を巡り、▽美の隣に腰を下ろしてしまう。
「御免ね」
▽美が俯いて自嘲気味に呟く。
「あたしがどこにも行けないのも、何も出来ないのも〇〇君の所為じゃないのに」
「変なクラスメートに絡まれて」
「〇〇君こそ、いい迷惑だよね…」
駅舎の窓から零れる灯りが▽美の背中を照らしている。
しばし息を吸い込んでなんとか声を出す。
「学校帰りだから、金持ってきて無いんだよな…」
「!」
驚いた顔の▽美が答える。
「二人で食事する位のお金だったら持ってきてる」
一拍溜めて聞く。
「電車賃は?」
眼を剥いた▽美。
「有る…けど」
喉まで出掛かった言葉を出そうか、呑み込もうか逡巡する▽美に告げる。
「隣町まで飯食いに行っても10時までには帰ってこれるよな」
声も出さずに、それでもこれ以上ない位に力強く頷く▽美の表情は花が咲いたようだ。
「無茶出来るの今だけなのは俺だって同じだよ」
頑張って笑顔で▽美に微笑みかける。
バッグの中からパーカーを引っ張り出し羽織る。
パーカーは無地だから一目で高校生とバレる事も無いだろう。
「▽美は寒く無いのか?」
「大丈夫、スカートの下短パン履いてるから」
嬉しいような悲しいような返事だ。
立ち上がって駅舎に向かって歩き出す。
家に帰ってからがひと悶着だろうし、内申書にも記載されてしまうかもしれないが、取り返せないハンデじゃない。
それに比べて今この時は二度と取り戻せない時間なんだ。
自分に言い聞かせて気持ちを奮い立たせる。
見合わす▽美の顔は輝いて、イケない事なんだろうが俺の顔も輝いているはず。
不思議と迷いも後悔も感じない。
感じるのは充実感だけ。
こんなに青くていいのか俺達。




