春を想う
「したいの?」
「う」
〇恵の問いに答えに詰まる。
ここで本音を言う度胸は無い。
本音を言えば思春期男子の頭の中の90パーセントは、その事、で埋め尽くされている。
だからと言ってそれを口にしたり、実行できるかと問われればノーだ。
第一、何故〇恵が不意にそんなことを口にしたのか真意が計りかねる。
放課後の教室。校則で束ねる事が義務付けられている長い髪をほどきながら俺にそんな話を振る〇恵。
まさか女子高生の〇恵にもその気が?なぞとエロ本のような馬鹿げた妄想が一瞬頭を掠めるが慌てて追い出す。
「する?」
髪を下ろし終えた〇恵が再び俺に問いかける。
教室には俺と〇恵の二人きり。
だからと言ってまだ陽も高いこんな状況で本気のセリフの訳も無い。
何とか妄想の世界に浸りそうな頭を現実に引き戻す。
そもそも特に仲が良い訳でも無く、たまに会話を交わすだけのクラスメート。
どう考えても話の流れがおかしい。
もしかして〇恵の発言、俺個人に向けられた物では無かったのか?。
前置きも無く「したいの?」発言。
特定の誰かでは無く、男子全般に向けられた独り言の様な言葉だとしたら納得がいくか?。
〇恵の顔色を窺いながら恐る恐る発言する。
「したくないかと言われれば嘘になる」
「やっぱりそうなんだ」
降ろした髪を左肩から垂らして撫でている。
校則で束ねる様指導されているのが、〇恵の今の様子を見れば頷かれる。
正直色っぽい。
思春期の男子には刺激が強すぎる。
「仕方ないだろ、正常な反応なんだから」
言い訳するような口振りになってしまう。
「別に責めてる訳じゃ無いよ」苦笑しながら言う〇恵。
「女子だってそういう事興味津々だし」
悪戯っぽい笑みで語る〇恵の発言に思わず身を乗りだすちょろい俺。
「キスしたらどんな気分になるんだろう、とか」
「う、うん」
「触られたらどんな気持ちになるんだろうとか、さ」
「ほうほう」
身を乗りだす俺に〇恵がダメを出す。
「だからって今〇〇君としたいって話じゃないよ」
「お、おう」
なんだか放課後の教室に二人だけという状況の所為か、俺が独り相撲を取っている気がしないでもない。
「そこら辺は男女の別なく同じって訳か…」
〇恵に答えるでも無く呟く。
「手だけでもさ」
「握ってみる?」
問う〇恵の表情は真顔だ。
「イ、嫌やめとく」
「意外とチキンなんだね」
癪に障るが、正直そんなことしたらブレーキを保てる自信が無いだけだ。
「〇恵を傷つけない自信が無い」
言葉を言い換えて誤魔化す。
「カッコいい事言ってくれるじゃんw」
笑顔を交わして妙な雰囲気を振り払う。
「おう、二人で何いちゃついてんだよー」
教室に入って来た男子の冷やかしに〇恵と顔を見合わせて目配せする。
春の青さを噛みしめつつ、外の青空に目を向ける。




