トンネル
高架の前で佇む▽子に声を掛ける。
「何してんだよこんなとこで?」
「!?」
驚いたように振り向いた▽子。
「なんだ、〇〇君か」
首をすくめ小首を傾げる。
50メートルほど手前から▽子の姿は見えていたが。高架の手前で何故か所在無げに立ち尽くす▽子に声を掛けずに居られなかった。
「ちょっとさ」
「?」
言い淀んで続ける▽子。
「トンネルの向こうまで付き合ってくれない?」
「?」
▽子の言う事の意味がいまいち掴み切れずに逡巡する。
トンネルと言ってるのは目の前の高架橋のことなんだろうと見当はつくが、その距離はせいぜい20メートル。
しかも陽はまだ高く、降り注ぐ日差しは高架の向こうの景色をくっきりと出口に覗かせている。
「向こうに着くまででいいんだよ」
女子の中では大柄な部類の筈の▽子の姿が何故か小さく見える。
紺の制服に紺のストッキング。ボブカットとか女子が呼んでいる襟足が覗くヘアスタイルで小首を傾げる▽子の姿はまるで下級生みたいだ。
短い距離だし、陽光が入って暗い訳でも無いトンネルを何故▽子が独りで渡るのを躊躇うのか正直わからないが、▽子の今の風情は放っておける感じではない。
ゆっくり▽子に歩み寄り、隣を歩き出す。
一歩踏み入れれば日差しのまともに当たらない高架下はやはりどこかヒンヤリ。
「〇〇君はさ」
歩きながら▽子がブツブツと話し出す。
「大学行くんだよね?」
「うん、まあそう」
薄暗くて見えないだろうが微笑んで答える。
「その後は?」
「正直大学で勉強中に進路探るって感じかな~」
これは正直な所で、高校2年の今の段階では明確な将来のビジョンは描けていない。
ここまで話して。初めて、高架の手前で佇んでいた▽子の心情がほんのわずかだが、分かったような気がした。気がしただけなのかもしれないが。
きっと▽子の立ち止まりにも、トンネルに対する躊躇いも、言葉に出して説明できる様な理由は無いんじゃないかと思えた。
将来への道のりが朧げに、本当に朧げに見え始め。でもそれは不確かで、曖昧で、辿り着けるかどうかもわからない未来。
感じていない俺がどうかしてるんで、きっと▽子の態度が高校2年生としての正しい有り様。▽子は正しく不安と向き合っているんだ。
トンネルを怖がる▽子の姿を笑いかけていた自分を恥じる。
高架を抜け日差しの下に出て歩みを止める。
立ち止まった▽子が俺を向き言いかける。
「〇〇君、あの…」
せめてもの男気。手を挙げてみなまで言わせない。
「俺女子と並んで歩くの初めて」
驚いた顔の▽子に続けて言う。
「また気が向いたら誘ってくれよなw」
精一杯の笑顔を見せて背を向ける。
▽子に笑顔が戻り、下級生の風情がクラスメートのそれに戻った。




