性
「髪、切ったのか!?」
教室へ向かう道すがら、踊り場で出くわした少女の姿に驚き声を掛ける。
昨日まで長い黒髪を蓄えていた〇子がもう居ない。
正直かなりショックだ。
校内でも5本の指には入るであろう見てくれの持ち主。
スタイルの良さに美貌、艶やかな長い黒髪で、男子生徒の目を楽しませていた〇子の面影は欠片も無い。
いや、それでも美貌には変わりは無いし、スタイルの良さも何も変わるところは無いのに、何故だろう昨日までの〇子の雰囲気と何かが完全に違う。
「えー!〇子どうしたのその髪!」
元より人目を惹く〇子。クラスメイト達も騒がぬ訳も無い。
「前から切りたいと思ってただけだよ」
笑顔で答えた〇子だが、何故だろう、直感的に嘘だと感じた。
周囲で見守る男子の視線もどこかいぶかしんでいる。
「ホントにどうしたんだよその髪」
昼食を終え、お手洗いを済ませて教室に帰る踊り場で再び顔を合わせた〇子に堪えきれずに又聞いてしまった。
「大したことじゃないんだけどさ」
一度大きくため息をつき語る〇子。
「一昨日お父さんと喧嘩しただけ」
苦虫を潰したような顔だ。
「親父さんって」
口に出して思い出した。
〇子の父は警察官。確か警部補とかいう結構な地位に居たはずだ。
「それがなんで髪と?」
「女は大人しく主婦をやっていればいいんだって」
「?」
「お父さんと同じ警察官になりたいって言ったのよ」
親父さんの気持ちもわからなくはない。
幸いにこれだけの容姿に恵まれた愛娘。父親として一番に考えるのは娘の幸せなんだろうし。
「警察官が簡単になれる職業だとも思ってないし」
「警察学校に受かる自信がある訳じゃ無いけどさ、話位は聞いてもいいと思わない?」
「でも、お父さんもお前の事思って…」
つい父親を庇うような口ぶりになってしまう。
「〇〇君も同じなんだ…」
口を尖らせてそっぽを向く〇子。
「そうじゃないだろ、みんな〇子の身を案じて…」
通りがかった同級生に声を潜めるが、横目でこちらを伺い速足で通り過ぎる。
険悪な雰囲気に関わらない様にしたんだろう。
「母にも言われたよ…」悔しそうな口ぶりで言葉を繋ぐ〇子。
「?」
「お前は見た目に恵まれてるんだから、大人しくしてればいい縁に恵まれるからって」
「!」
「〇〇君もあたしの事そういう風に見てるんだ」
恥ずかしながら答えに詰まってしまった。
「ほかの男子も同じ気持ちで見てるんだ」
「いやそれは」
言いかけて言葉が続かない。
「なんで女になんか産まれちゃったかなあ」
天井を仰いで再び大きなため息をつく〇子。
正直これだけの美貌とスタイルに恵まれて女性に産まれた事を悔やむなぞ。
その気持ちは到底想像もつかない。
「〇〇君もあたしの見てくれがいいから気に掛けてくれるんでしょう?」
伺うような〇子の言い分に俺の中で何かがカチッと音をたてた。
「確かに見てくれが俺の気持ちを動かしてるのは否定しない」
〇子の表情が鼻を鳴らしたように見えた。
「お父さんもお母さんも、お前の見た目で評価を下してるんだと思う」
「?」俺の直接的な物言いに何かを感じたのか〇子が怪訝な顔を向ける。
「でも、一番見てくれ気にしてるのお前自身だよな」
「!?」
「お前なんで髪きったの?」
笑顔で〇子に聞く。
「なんでって…」
さっきは俺が答えに詰まったが、今度は〇子が言い淀んだ。
「両親と進路で揉めるなんて俺もあったしさ」
「恐らくクラスのみんなも多かれ少なかれあると思わないか?」
「う…」何か言いかけて口をつぐむ〇子。
「俺も進路で親父と言い合いした事有ってさ」
「自転車で家飛び出して半日自転車走らせた事有ったw」
「腹減って半日でギブアップしたけどw」
呆れたような顔で俺を見る〇子の表情。
「お前言いたい事は言ったんだろう?」
返事はしないが否定もしない〇子。
「それにさー」
〇子の表情から険が落ちているのを確かめて言葉を続ける。
「昨日までの長髪もイケてたけど今日の短髪もまた別の魅力引き出して逆効果だぜw」
俺の笑顔に〇子の表情も和らぎ笑顔で言い返す。
「ショートボブって言うんだよ、ほめるならちゃんと褒めなさいよw」
予鈴の音に慌てて一緒に教室に駆け込む。
「おーおー痴話げんか終わったかあw」
踊り場の俺らの姿を見たんだろう男子が茶化す。
「違うって!w」
「ちがうって!w」
思わずハモってしまいクラスメイトが手を叩いて喜ぶ。
性がもたらす不思議な悩みに触れて、少しは俺も成長で来たのかななんて思いながら教科書を引っ張り出し、〇子の方を見れば目が合ってお互い苦笑を交える。
今日もやっぱり春は青い。




