席
「卒業したくないな~」
放課後の階段、屋上に上がる階段に長い足を投げ出した□恵が呟く。
いや、周りに聞こえるような声だから呟きではないか。
「なんでだよ?」
「卒業しちゃったらあたしの席無くなるでしょ?」
「それは普通そうだな」
当たり前の返事を返す。
「そしたらあたし何処へ行けばいいのよ」
「?」
階段のモップ掛けを終えた俺が掃除用具を抱えて用具置き場へえっちらおっちら。
「進学すんだろ?」
「それはそうなんだけど、大学に自分の席って無いじゃん?」
長い足を組み替えて、左手で支えた右腕で頬杖をつく。
「まあそれはそうだけど」
□恵が何を言いたいのかいまいち掴めず曖昧な返事を返す。
「〇〇君は怖くないの?」
意外な質問に思わず□恵の顔を見つめる。
「??」
「家に居ればさ」
「家庭の中に自分のポジションって言うか居場所有るし」
「学校に来ればあたし専用の席って言う居場所が確保されてるんだよね」
モルタル製の階段の手すりに背中を預け、窓から差し込む午後の日差しに身体を半分預けて、見た目だけなら暖かそうなのに、心細そうな話をする。
正直そんな不安なんか感じたことは無い。
そこいら辺は男子と女子の違いなのかなとも思う。
進路にしても女子は俺ら男子に比べてよっぽど真剣に、かつ慎重に考えている。
それに比べ男子の能天気な事。
「意外と臆病なのな」
答えた俺の言葉に身をすくめるように答える。
「女はさー、自分じゃ居場所作れないから…」
背も高く、足も長いはずの□恵の身体がやけに小さく見える。
「□恵の先の居場所までは俺もわからないけどさ」
□恵の伸ばした足を踏まぬよう避けながら階段の端を降りていく。
「少なくとも俺の記憶の隅っこにはお前の席残しとくから」
「!」
ふいと顔を上げた□恵が俺を見つめる。
続いて動いた□恵の右腕がスカートの端をつまむと、悪戯っぽい笑顔を浮かべてちょっと捲って見せる。
「おまっ!みえっ!」赤面する俺に。
人差し指を唇にあててウインクしてみせる□恵。
陽光に照らされた顔半分が笑顔で一安心する。




