不良
「見えるぞ」
校庭の隅、置石に腰掛け、片膝を大きく立ち上げ、グラウンドの生徒達を眺めている〇枝に声を掛ける。
「見んなよスケベ」
唇を尖らせて答える。
〇枝は風紀委員の俺にとって観察対象。
正確には保護観察中と言うべき存在だ。
学校の評価基準では不良生徒という扱いになっている少女だ。
つい先月も夜回りをしていた生活指導の教諭と保護者に夜歩きをしていたところを咎められ注意を受けたばかりだ。
通りがかりに見掛けて剥き出しの太ももが不謹慎と判断して注意した訳だ。
風紀委員として当然の勤め。
決して〇枝の太ももに気を取られ、立ち止まった訳では無い。
訳では無いと信じたい。
「あたしが悪い事してないか様子を見に来たって訳?」
はすっぱな口ぶりで嫌味を言う〇枝。
「たまたま通りかかっただけだよ」
言って〇枝が眺めていた方向を見やる。
生活指導の教諭に〇枝の動向に注意しておくように言われて、当初は俺も警戒して見ていたが。
以前は気にも留めて見ていなかった〇枝が思っていたような不良生徒という者とは違うんじゃないかと思い始めていた。
「何観てたんだよ?」
尋ねる俺に抱えた膝を一層強く抱えて答える。
だからそんな恰好してたら見えちまうってのに。
「別に、陸上部の練習見てただけだよ」
膝の上に顎を乗せて見上げるように俺に顔を向ける。
「不良のあたしが観てたら生徒が萎縮するとか?」
自嘲するような笑みで答えて見せる。
「〇枝さー」
「なんでわざとそんな言い方すんの?」
「?」
驚いた様な顔で俺を見上げる〇枝。
「何の事よ?あたしはいつもこんなんだよ」
答える唇がわずかに尖っているのが解った」
「成績悪い訳じゃ無いしさ」
「…」
「不純異性交遊とか、暴力沙汰とかも無いし」
「…」
「なんでみんなの前や先生の前ではすっぱな態度とんの?」
「誤解招くだけだと思うんだけど」
「…」
不味かったのかな。〇枝が黙り込んでしまった。
隣に腰を下ろして〇枝の横顔を見れば、顔は膝に乗せたまま、視線は落ちて地面を見ている。
「〇〇君さ」
「何?」
「なんであたしに構うの?」
「その質問の方が俺には分らんけど」
「あたしがどうなろうと〇〇君には関係ないじゃん」
「それだよそれ」「なんでいつも投げやりなんだよ」
つい詰め寄ってしまう。
「例えばさー〇〇君卒業したらあたしをお嫁に貰ってくれる?」
突然の問いに戸惑いながら答える。
「お前俺に惚れてなんかいないだろーが」
「うん、惚れてないよ」
平然と答える〇枝。
「でもそれでもう突っ張る必要無くなるからさ…」
「???」
意味が解らない、が、日頃の態度に〇枝なりの理由がある事は解った。
「俺〇枝を嫁にも貰えないし、〇枝の役にも立てないと思う」
喋りながら最近のクラスの様子を思い出す。
高校生活も2年。進路もほぼ出揃って教室のあちこちでも愚痴やため息が聞こえるようになってきた。
だが、そんな話題に入ってこない生徒達も居る。
〇枝もそういった生徒の独りだった。
大人に近づきつつあるとはいっても一人ではまだ何も決められない高校生。
愚痴やため息も出せぬ生徒も居るのだ。そんな生徒たちは何を考え、どう過ごしているのだろう。
改めて膝を抱える〇枝を見やる。
小首を傾げる〇枝が見返す。
置石から腰を上げ尻をはたく。
「役にはたてないけどさ」
「?」
「愚痴の聞き役ぐらいにはなれると思う」
思いがけぬ笑顔を返す〇枝に。敢えて大きな声で、剥き出しの太ももを指差して怒鳴る。
「差し当って男子の平常心を乱さぬように!」
「馬鹿!スケベ!」
風紀委員、不良少女と破顔する。今日も空は無事青い。




