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花どろぼう  作者: 愛野万之介
8/9

第8話

 


「うそ……」


「本当よ。あんたのお母さんのニオイが残ってる。それに、このローズのアロマオイルが証拠よ。間違いなく戻ってきたのよ」



 ぼくは信じられなかった。一体いつ? ぼくが学校に行っている間?



「でも、どうして? 本当に?」



 カオリさんは大きな目をキラキラさせてうなずく。



「つい、数日前だと思う。ニオイがはっきり残ってるわ。でも、なんの為に戻ってきたの? それにこのローズ、バラのニオイなんだけど、なんの為にこのビンを開けたの? けんたろう、あんた、バラって聞いて、なんか思いださない?」


「バラは母さんの一番好きな花だ」



ぼくは、バラを庭からとってきて、よく花瓶にさしていた母さんの姿を思い出す。



「前は、庭に沢山咲いていたんだ。でも、ぼくが枯らしちゃって、今は1本もない。本で調べたんだけど、手入れが難しい植物で……」



 カオリさんはそれを聞くと、クンクンと鼻を動かした。



「うそよ。庭の方から、このローズと同じバラのニオイがしてるわよ」


「え? でも、バラなんてさいてないよ」



 カオリさんは、突然、部屋を出ると、玄関から庭に飛び出していく。



「ちょ、ちょっと!?」



 あわててぼくも追いかけて行く。



「わかったわ! 健太郎! あんたのお母さん、この庭でこのローズのオイルを使ったのよ!」



 カオリさんは庭の一番奥の花だんの前にかがんだ。


 以前、母さんがいたころ、確かにそこにバラが咲いていた。

赤や白や黄色のバラが沢山。

でも、今はぼくが別のパンジーを植えてしまっているのだけれど。


 カオリさんは、花だんの土を指差した。



「ここよ。ここからそのニオイがする。健太郎、スコップある?」



 ぼくは庭のすみのスコップを手に取るとカオリさんに渡した。


カオリさんは土にスコップを突き立てる。

すると、そこから土まみれの白いハンカチが出てきた。



「これよ。このハンカチに、ローズオイルがしみこんでいるのよ。あら?」


カオリさんがハンカチを広げると、中から折りたたまれた紙が出てきた。



「限界、これ、手紙よ」


「え?」



 カオリさんは、すぐにぼくに渡してきた。



「『健太郎へ』ってかいてあるわ」



 ぼくはそれを受け取ると、急いで紙を広げた。




───────────────────────


健太郎へ


 まさか、これが見つかるとは思わないけれど、でも、健太郎に手紙が書きたくて、つい書いてしまいました。もしかしたら、おばあちゃんが言っていた、鼻のすごい女の子が、これを見つけてくれるかもしれないと思って。

 健太郎。突然、いなくなってごめんなさい。

 この庭、健太郎が世話をしてくれてるんだってね。ありがとう。お母さん、びっくりして、つい来ちゃったの。もう家には帰らないって決めていたのに。とってもうれしかった。とてもステキな庭になっていたわ。ありがとう。

ゆるしてね、健太郎。お母さん、健太郎を、遠くで見守ってます。



───────────────────────




 ぼくは、ぎゅっと手紙をにぎりしめた。



「お母さん、ここにきて、手紙を埋めていったのね」



 カオリさんがぼくの手の中の手紙をのぞきこみながら言った。



「でも、わたしのこと、知ってたね。そうか、おばあちゃんから聞いたのよ」



 この前、ぼくとカオリさんでおばあちゃんの家に行った時のことを思い出す。

あの後、おばあちゃんから話を聞いたのだろう。



「どうする? お母さん、探す?」



 ぼくは、ゆっくりと首を振った。



「……探しても、きっと、もうだめかも」


「でも、分からないわ。じゃあ、どうしてあんたのお母さんは、部屋の荷物をそのままにしてるの? 家の中に入ったってことは、まだ家のカギを持っているってことでしょ? もう本当にお別れするんだったら、正式に離婚して、完全に縁を切るはずよ」



 そういえば離婚したとは聞いてない。

表札にも母さんの名前は残っているし、部屋も、一年前のままだ。



「でも、きっとだめだよ。だって……」



 ぼくはそれ以上言葉を続けられなかった。

胸が重くて、息が苦しい。

涙がこぼれそうだ。


 この手紙は、お別れの手紙なのだ。

最後の、母さんからぼくへの。



「なに言ってるの? なんであきらめてるの? とにかく、やる事はひとつね」


「え?」


「探しましょ。お母さんのニオイ、まだどこかに残ってるはずよ」



 ぼくは大きく息を吸ってから言った。



「カオリさん。だめだよ」


「え?」


「もうきっとだめだよ。それに、これは、ぼくの問題だから。ちょっと、考えさせて」


「考える? お母さんのニオイ、まだ町のどこかに残ってるかもしれないわ? いいの?」



 カオリさんがキレイな顔を赤くさせて、ぼくににじりよる。

でもぼくは首を振った。



「ありがとう。カオリさん。でも……今……どうしていいか分からない」



ぼくの目からとうとう涙がこぼれ落ちた。

カオリさんは、そんなぼくを見て、マスクをまた鼻にかけた。

そして、何も言わずにぼくを残し、庭から出ていった。




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