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花どろぼう  作者: 愛野万之介
7/9

第7話


「わたし、思うんだけど……」



 最近、学校の帰り道、いつものカオリさんといっしょだ。

マスクをして、表情は見えないけど、ぼくのとなりを歩きながら、こっちをにらんでいる。



「ちょっと健太郎って、問題あるよね」


「え?」



 ぼくはひるむ。



「なんていうか、なんでそんななの?」


「ええ???」



 なんかいやな感じ。

よく分からないけど、怒ってる?



「はっきり言っちゃっていい? あんた、少し、うじうじしてるよ」


「うじうじ?」


「みんなから聞いたよ。前は健太郎、もっと元気だったって。それなのに最近は全然みんなと遊ばなくなったって」


「みんなが?」



 カオリさんはうなずく。



「みんな、心配してるんだよ?」


「ちょっと、どういうこと?」


「お母さんがそんなに心配なら、なんでもっと探さないの? わたしに言われなくたってね」


「え? そんなこと、言われたって……」



 ぼくは、腕をつかまれると、すぐそばの公園へとひっぱられていく。



「だから、あんた、お母さんがいなくなってから、自分で探したことあるの?」



 ぼくはブランコにドンと押されて座らされた。



「な、なにが言いたいんだよ?」



 カオリさんはマスクごしにまくしたてた。



「だって、お母さんがいつの間にかいなくなっちゃったって言ってるだけで、何もしないで花の手入ればっかりしてるだけなの? お父さんかだれかに聞いてみた?」



ぼくの頭にカッと血がのぼった。

ぼくだって、探したかったけど、どうやって探したらいいかなんてわからなかっただけだ。

カオリさんは鼻がいいから探せるかもしれないけど。



「そうよ、おばあちゃんの家だって、あんたがその気になれば、とっくに一人で行って、お母さんに会えたんじゃないの?」



ハッとして、ぼくは、何も言えなくなってうつむいた。


確かにそうだ。

もっと早く、おばあちゃんの家に行けば、きっとお母さんに会えたんだ。

 目の前で仁王立ちしているカオリさん。



「お花育てているより、やることあるんじゃないの?」



 カオリさんの言うとおりだった。

キイコとブランコの鎖が鳴る。



「おばあちゃんの家でも、ほとんどわたしがしゃべってたし、なんかおせっかいしてるみたいじゃない」



 ぼくが何も言わなくなると、カオリさんは足をふみならした。



「わたし、あんたみたいの見てると、イライラするのよね。そういうのなんていうか知ってる?」



 カオリさんは、キッとした目でぼくを見て言った。



「弱虫っていうのよ!」



 そう言って、カオリさんは公園を出て行った。



 ぼくは一人になっても、腰かけたまま動けないでいた。


 本当の事だ。

 弱虫……。

 ぼくは、何もできない弱虫だ。



一年前、学校から帰ると、家の中のどこにも母さんがいなくて、不思議に思っていたら、帰ってきた父さんが、クツを玄関で脱ぎながら、一言だけ「母さんは出て行った」とだけ言った。


それから、ずっと父さんと二人の生活がはじまった。

父さんはいつもより、ずっと怒っている顔をしていたし、何も聞けるわけがなかった。

直ぐに帰ってくるのではとも思っていた。



時間だけが過ぎて、庭がかれていくだけだった。


きっと母さんは帰ってくる。


そう信じて、ただぼくは庭の手入れをし続けた。


でもまさか、こんなに長く、母さんが帰ってこないだなんて。

本当に、もう母さんは帰ってこないのかもしれない。




それからぼくは何日も考えた。

どうしたらいいんだろうって。


でも、どうしたらよいかなんて分かるはずがなかった。

父さんが、母さんの居場所を知っているとは思えない。

おばあちゃんに聞いても、教えてくれなかった。


どうやって、母さんを探せばいいんだろう。


すると、必ず、頭の中にカオリさんの姿がうかぶ。

マスクを外したカオリさんを見たのはあれきりだ。

あのカオリさんだったら。

でも、カオリさんはぼくに怒っていた。

どうしよう。




「なによ、何か言いたいことがあるわけ?」



 ぼくの家に花を取りに来たカオリさんは、やっぱりイライラした口調だった。



「あの……」


「なによ?」


「……お願いなんだけど」



花を選ぶカオリさんは、ぼくの言葉をまるで聞いていないみたいだ。

無視されている。

カオリさんは、ただ、ぼくの花が必要なだけなのだ。

けれど……。



「カオリさん!」



ぼくは思い切って言った。

 カオリさんがびっくりしたように振り返る。



「ぼくと、いっしょに探してほしいんだ」


「また? わたしの鼻の病気は、人探しの為にあるんじゃないわよ」



 ぼくは頭を下げた。



「お願い。もし、お母さんを見つけたら、ぼくがこれから先ずっと花をカオリさんの家に届けにいくよ。だから、手伝ってほしいんだ」



 カオリさんが、じっとぼくを見た。



「カオリさんの言うとおり、ぼくは弱虫なんだ。でも、どうしても母さんを見つけたいんだ。そのためには、カオリさんの力が必要なんだ」



 カオリさんはマスクの下で笑ったみたいだった。



「とうとう、本気であんたも探すってことね。そうよ、動かなきゃ何も変わらないよ。分かったわ、友達の頼みだもんね」


友達?



「でも約束よ。花を毎日、わたしの家に届けること、いい?」



毎日?

でもぼくは泣きそうなほどうれしかった。



「じゃ、さっそく探しましょ」


「え?」


「どうやって、なんて聞かないでよ。とくにかく動き回れば、絶対に手がかりが見つかるわ。まず、お母さんの部屋を見してくれる? 私も、もっとニオイを調べてみるね」



カオリさんはそういうと、ぼくの手をぐいぐい引っ張るように家の中へと入っていく。


 玄関でクツをぬいで、カオリさんは、そのままマスクを取った。そして鼻せんも。


 久しぶりに見るカオリさんの素顔。

つい、その横顔を盗み見る。

やっぱり、とても綺麗な顔をしている。



「お母さんの部屋はあの奥よね」


「え?」


「そのくらい、ニオイで分かるわよ」



 カオリさんはずかずかと廊下を進むと、迷いもなく母さんの部屋のドアを開ける。

 そのとたん、カオリさんは鼻を押さえてうずくまった。



「きゃ、このニオイ……」


「ど、どうしたの?」



 カオリさんはかけよるぼくを苦しそうに見上げた。



「あんたのお母さん、アロマやってたのね」


「アロマって……」


「前も言ったでしょ? わたしも昔ははまってたのよ。花のエキスの香りって、人をリラックスさせたりする効果があるの。でも、今のわたしにはアロマオイルのふたが閉まっていても、シゲキが強いわ……あら?」



 カオリさんはゆっくりと部屋の中へと入っていく。

そして、棚に並ぶ沢山の小ビンの中から、一つを選んで手に取った。

1センチくらいの小さな緑色のビンをつまむようにして、カオリさんは不思議そうに言った。



「これ……おかしいわ」


「なに?」


「これ、この家で以前、ニオイをかいだ時には、あんまり感じなかったけど、今はすごく強いニオイが出てる。あ! ほら、ふたがゆるんでるのよ。どうして?」



 ビンには英語でかかれたラベルが貼られている。

一体、なんの花のオイルなのかさっぱりだ。



「おかしいと思わない?」



 急にそう言われてもさっぱりだ。



「ど、どうしておかしいの?」



「だから、このローズのニオイは、前に来た時には分からなかったのよ。でも、今はふたがゆるんで、ニオイが強くなっているの。つまり、このビンは、最近だれかが開けたってことよ」


「だれか?」


「あんた、さわった?」



 ぼくは首をふる。


 その時、カオリさんははっとしたように、家の中を見回した。



「やだ! わたし、なんで気がつかなかったんだろう!」


「え?」


「健太郎! あんたのお母さん、つい最近、この家にもどってきたのよ!」


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