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花どろぼう  作者: 愛野万之介
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第5話


 次の日、カオリさんは、いつもどおりに、またマスクをして学校に登校してきた。


 ぼくの横に座るカオリさん。



「おはよう」



そう言われて、頭だけを動かして返事を返した。

すぐにクラスの女子数人がカオリさんのそばへと集まってくる。転向してから数日で、すっかりクラスの一員として溶け込んでいる。



「そういえば、健太郎君」


「え?」



 ぼくはカオリさんに呼ばれてびっくりした。

学校の中では、ほとんど話をしていないから、ちょっと突然だったのだ。



「どうして、健太郎君のあだ名が、博士なの?」



 靖子のまわりにいる女子もカオリさんも、ぼくを見ている。

 答えようとすると、祐太がぼくの机の前に立って代わりに答えた。



「それはね、健太郎は、なんでもすぐに調べてくれるからさ」


「調べる?」



 カオリさんが首をひねると、すぐそばにいた学級委員長の友子さんが言った。



「確かに健太郎はすごいよね。ネット使って、どんな情報も集めてきちゃうの。だから、みんな困った時は、博士に相談するのよ」


「へえ……」



 不思議そうに、カオリさんはぼくを見ている。

ぼくは何も答える事がなくなって、カオリさんから目をそらした。


ちなみに女子から調べてと頼まれたことはないんだけど。

ただ調べるのは好きだ。

実をいうと、昨日もカオリさんの鼻について、いろんなサイトを調べて回ったせいで、少し寝不足。



ふいに、カオリさんの周囲がどよめいて、ぼくはまた顔を戻す。



カオリさんは、マスクを外していた。


みんなは、カオリさんが想像以上の美人で、びっくりしているみたいだった。


でも、カオリさんは、お嬢さまみたいにぶりっこもしないで、逆に苦しそうにまゆをしかめていた。





授業が始まっても、カオリさんはマスクをつけずにいた。

マスクをしている時より、病気で調子が悪く見える。

ただでさえ、キレイな顔立ちのカオリさんが、辛そうな顔で無口になっているので、昼休みになると、みんなは逆に心配し始めた。



「ねぇ、マスクしたほうがいいんじゃない?」


「病気、大丈夫? 風邪なんでしょ?」



カオリさんは首を振っているだけで、マスクをする気はないらしい。



みんな勘違いしているけれど、カオリさんは風邪じゃない。

多分、カオリさんは、沢山のニオイの中で戦っているのかもしれない。


ぼくがチラチラ見ていると、カオリさんはこっちをちらりと見て素早く近づいて囁いた。



「あんたのお母さんのニオイを待っているの。もし、遠くにいっていなければ、きっと風がそのニオイを運んできてくれるわ」



それを聞いてぼくは驚く。

風がニオイを運んでくる!?


あ、あり得ないだろ……。


でも、カオリさんは、本気なのだ。

本気で母さんのニオイで、探そうとしているのだ。



ぼくは教室の窓から外の景色を見た。

ぼくには分からない。

風にのって運ばれてくるニオイ?


無理に決まっている。

そんなの、無理だ。



けれど、午後の授業が終わって、教室が騒がしくなりかけたときだった。

目をつぶって、カオリさんがつぶやいた。



「見つけたわ」



周囲の人は訳が分からない。

ぼくだけがそれを聞いて、ただドキドキしていた。




 土曜日を待って、ぼくとカオリさんは、電車にのった。



「だめ、オイルのニオイ、鉄のニオイ、ゴムのニオイ、ぐちゃぐちゃだよぅ」



 カオリさんは鼻センをして、マスクをかぶった。

 ぼくは、まだ半分信じられず、聞いた。



「本当にこっちだったの?」


「ええ、そうよ。間違いないわ」


「でも……」


「大丈夫って言ってるでしょ。今は分からないけど。……あんた、わたしが信じられないの? あ、どこで降りるか分からないから、電車代はあんたもちよ」



ぼくは頬をひきつらせて黙っておく。


よく考えれば、まだ会ってから一週間だ。

信じるも信じないもないと思うし、ぼくのことを、アンタアンタとなれなれしく呼んでいることもおかしい。

こうして電車まで乗っているのも変だし、おかしいことだらけだ。



「あの時のニオイは覚えてるわ。あんたのお母さんのニオイは、東からきたの。その中には、海のニオイと、パンを焼くニオイ、それから何かの果物のニオイ、これが目標になるから」



海……。

パン……。

果物……。


本気だろうか?



「目標……って、意味が分からないんだけど……」



「ほら、電車の窓から、今言ったニオイの発信元を探して。わたしはあっちを見てるね」



発信元?


海を探せってこと?

パン屋さんと、果物屋さんも?



ぼくはさすがに、何言ってるんだと言い返したくなったけれど、カオリさんを見て何も言えなくなる。



中学生にもなって、電車の窓にしがみつくようにして外をにらんでいる彼女の姿は真剣すぎた。


ぼくは言われた通り、カオリさんと反対方向の窓に移動する。

外を見ていると、景色がどんどん流れていく。


え、と、海とパンと果物……。


目をこらしてそれらを探す。



海は確かにこの方向にいけば近づいていくのは知っている。

親戚の家もあるし、海水浴場もこの先にあるからだ。


あとは、パン屋さんや果物屋さんを探せばいいのだろうか。



時間だけが過ぎていく。

いくつかの駅をこえていくにつれ、ぼくはふと思う。

こんな遠くのニオイまで、分かるはずないだろうと。



その時、カオリさんに肩をつつかれた。



「次の駅で降りるわよ」


「え?」


「ほら」



 カオリさんの指さす方をみると、窓の向こうに、大きなパンの絵がかかれたパン工場の看板が見えた。


電車をおりて駅を出ると、ぼくはびっくりした。

遠くの山にミカンの木が沢山生えているのが見えるのだ。


じゃあ、本当に、このあたりに、母さんがいるってこと?



 カオリさんは早速というように、マスクをとり、鼻せんをとった。


首を伸ばし、小さな綺麗なあごをつきだして、彼女は目を閉じる。

長い髪がたなびき、ワンピースが風に揺れる。

ぼくは、また、そのカオリさんの姿に見とれてしまう。



「やっぱりここ。このあたりから来たニオイよ」



まるで宙にただよう何かをつかむように、空をあおぐカオリさん。

ぼくは思わず生つばを飲む。



「わたしには見えるの。ニオイの世界が。風にのって、わたしたちの周りにゆっくり動いて浮かんでいるの」


そういうカオリさんは、別の世界の人間みたいだった。

だから、つい、ぼくも真似をするように、空を見た。


空の高いところに羊雲が広がっている。

当然だけど、何も他には見えない。



「あ、見つけたわよ」



「え? なにを?」



かおりさんが髪を手でおさえて、クスクス笑った。



「なにって、私たちここに何しにきたのよ? あなたのお母さんに決まってる!」


「ほ、ほんとうに?」



カオリさんはうなずいて見せる。

体が思わずふるえる。

まさか、本当に、母さんを、いや、母さんのニオイを見つけたってこと???



カオリさんは、鼻を高くして歩き出す。

ぼくは慌ててその後を追った。



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