第2話
昼休み、給食が終わると、カオリさんは、15人しかいないクラスメイト全員から一気に囲まれた。
となりにいるぼくも逃げ遅れて,そのまま輪の中に閉じ込められる。
転入生としてお約束の質問ぜめがはじまる。
「ねえねえ、どうして引っ越してきたの?」
「兄弟は?」
「誕生日は?」
まるで芸能人にむらがる新聞記者みたいに、みんなは色んな質問を言いたい放題だ。
ぼくはカメのように体をちぢめて、みんなの影から横目でカオリさんを見ていた。
突然、祐太がぼくの机を叩いてきた。
「なんだよ、健太郎、転入生、知ってたのかよ?」
ぼくは、あいまいにうなずく。
「いや、その、まさか同じ学校って知らなかったけど……」
「同じ学校? この辺じゃ中学はここしかないだろ?」
それだけ言って、祐太はまたうれしそうに転入生を囲む輪の中に戻っていく。
なんかおかしい。
ついこの前、公園で会ったカオリさんは、もっと強気な、男みたいな女の子だった。
けれど、今のカオリさんは、違う。
優しい女子みたいな話し方だ。
サラサラの長い髪の毛を、時々指でくるくるさせたりして、お姫様みたいに質問に答えている。
本当にあの花どろぼうだろうか?
「ふー、やっぱり帰り道は一緒なのね」
学校が終わって家に向かって歩いていると、突然後ろからカオリさんが声をかけてきて、ぼくは思わず飛び上がった。
そんなぼくを、カオリさんは笑った。
「なによ、どうせまた会うんじゃないかって思ってたけど、まさか同じクラスなんてね」
さっきまでのカオリさんと、まるで違う話し方にとまどってしまう。
「まったく。クラスが一つしかないなんて、笑えるって言うか、まぁこんな田舎じゃ、しょうがないか」
「あ、あの、さっきと人格が違う気が……」
「ほら、わたしって美人でしょ? だから期待に応えないとね。それに初対面って大事なのよ」
美人?
マスクをしているからさっぱりわからない。
ぼくがマスクを見ているのに気がついたのか、カオリさんは言った。
「このマスクは理由があってしてるのよ」
ふいにカオリさんはマスクのヒモを片方だけ外して、顔を見せた。
「え!?」
ぼくは、自分の目をうたがった。
でも、カオリさんはマスクですぐに顔をかくしてしまう。
「うそ!? なんで!?」
カオリさんの鼻の穴に、大きな丸い棒がつっこんであったのだ。
「そ、それ???」
「鼻せんよ。こんなまぬけな顔、そうそう見せられないわ。特別よ、あんたには。お花を何回かもらってるしね」
アンタ??? 特別???
「なんでそんな鼻せんを?」
「話せば長くなるけど、まあ手っ取り早く言えば、鼻の病気なの」
「病気?」
「あ、わたしの家だ。ここなの。じゃあね」
カオリさんは、ふいにぼくに手をふると、すぐそばの家に入って行った。
「え???」
高いヘイに囲まれたお屋敷みたいな建物の中へと、カオリさんは振り返りもせずに消えていく。
ぼくはポツンとそこに取り残されてしまった。
「ちょっと?」
カオリさんが入っていった家は、この町ではめずらしい三階建ての大きな立派な家。
どこかの社長の別荘だったみたいだけど、ずいぶん前から売りに出されているって聞いたことがある。
カオリさんの親がこの家を買って、ここに引っ越してきたのだろう。
でも、鼻にせんをする必要のある病気って???
鼻血くらいしか、そんなことをする意味がないと思うのだけれど。
次の日も、カオリさんはマスクをし、そしてお嬢さまのようにふるまって、みるみるうちに、クラスのみんなと友達になっていた。
ぼくはずっと、カオリさんのマスクから目をはなせなかった。
みんな知らないのだ。
あのマスクの中の鼻せんを。
昨日の夜、パソコンで鼻の病気について調べたけれど、鼻せんが必要な病気がなんなのか、結局わからなかった。
その病気が治るまで、ああしてマスクで鼻を隠すしかないんだろうか。
「なあ博士、おれにも情報くれー」
体の大きい健二が、祐太の机の上に腰かけながら現れた。
祐太は邪魔そうに後ろにのけぞっている。
「情報?」
「祐太がもってる博士情報、まじレアなんだって。祐太、おれには教えてくれないんだぜ?」
ああ。あの隠し武器リストか。
そんなにゲームが面白いんだろうか?
「その情報が出てるサイト、教えてやるから自分で調べろよ」
ぼくがそう言うと、健二は困ったように笑った。
「だって、調べている時間がないんだよ。それにどうやるのか、前も教わったけど、むずいって」
ぼくはあきれたけど顔には出さずに笑った。
「わかったよ、明日もってくる」
「サンキュー、博士!」
健二はそれだけ言うと、カオリさんの席のまわりにいるみんなの話が気になるようで、すぐに立ち上がって輪にまざっていった。
帰り道、カオリさんはぼくを待ち伏せして、いきなりまくしたてた。
「あんた、なによ? ずっとわたしのマスクばっかり見て、アホじゃないの? そんなにマスクがめずらしいわけ!?」
「えええ? だ、だって……」
完全にカオリさんは二重人格者だ。
みんながこのカオリさんを見たら、どう思うだろう。
カオリさんもそう思ったのか、周囲をキョロキョロして、ぼくを引っ張るように歩き出す。
「わたしの鼻せんした顔がそんなに見たいわけ? それとも、まぬけな鼻を思い出して心の中で笑っていたわけ?」
「……いや、その、何の病気かなって気になって」
カオリさんはそれを聞くと、目を三角にして、またマスクをとった。
「ほら! そんなに見たきゃ、見してあげるわよ! ほら! ほら!」
カオリさんはぼくの方へと顔をぐいぐい押しつけるように近づけてきた。
ぼくは泣きそうになる。
それでもしっかりと、カオリさんの鼻を見てしまう。
鼻の穴がはちきれんばかりに白い二本のせんが突っ込まれてる。
す、すごい。
なんでこんなものを鼻につっこんでいるんだ???
カオリさんは肩で息をしながら、ようやくマスクをまた顔につけた。
「これで気が済んだ!? 変態男め!!!」
「変態???」
反論しようとしたぼくは、気がついた。
カオリさんの目に、涙がたまっていた。
カオリさんは、ぼくを置いて歩き出す。
あわててその後を追って謝った。
「ごめん。カオリさん、ごめん。本当にごめんなさい」
カオリさんは止まらない。
「本当にごめんね。でも、どうして? 何の病気なの?」
カオリさんは肩をあげてずんずん歩いていく。
「昨日も調べたんだ、でもわからなくて」
カオリさんはふいに立ち止まった。
そして振り返らずに言った。
「調べた? 何を?」
「え? だから、ネットで鼻の病気を全部……。でも、鼻せんまでする必要がある病気がわからなくて……」
カオリさんは目をこすってから、こちらを見た。
「……いいわ。教えてあげる。その代わり、また、あんたの家のお花、もらってもいい?」
花???
ぼくはうなずいた。