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花どろぼう  作者: 愛野万之介
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第1話



「今のわたし、だいっきらい!」



早朝、まだ薄暗い公園の中、ジャングルジムを背にして、女の子は手の中の花を、ぼくへとつきだした。


花どろぼうを、とうとう捕まえた。


でも、それが、まさか女の子だったとは。

ぼくは、花を受け取らずに、じっと女の子を眺めた。



顔がマスクで殆ど隠れているけど、ぼくと、同い年ぐらいに見える。

こっちを睨む大きな目と細い眉。

長い髪の毛から見える小さな耳とおでこ。


同じ学校の生徒に、こんな子、いただろうか?



「なにじっと見てんのよ。ほら、これ返すわ。それともなに? ケイサツでも呼ぶ?」



ぼくはびっくりして、思わず首を振った。

ケイサツなんて、まさかそんな事。



春休みに入ってからずっと、庭の花が少しずつ盗まれているのに気がついた。

それで、もしかしてと思い、早起きして庭を見ていたら、この女の子が花を盗んでいるのを発見した。

そのまま追いかけて、とうとう公園まで走って、捕まえてみたのはいいけれど、一体、どうしたものだろう。


女の子の手の中で、ギュっとされ続けて、しわくちゃになった花が、ぼくの目の前に迫ってきた。



「ほら! 返すわよ! はあ、もうわたし最悪」



 長い間走っていたせいで、女の子の息は荒く、花が目の前で大きく揺れ動いている。

 声が鼻声だ。マスクをしているのは、風邪のせいかもしれない。



とりあえずぼくはそれを受け取る。

手の上にハラハラと、花びらだけになった花達が落ちてくる。



「どうしてこんなことを?」



 女の子は、長い髪の毛をぽいっと後ろにかき上げて言った。



「そんなの決まってるでしょ。花が好きだからよ」



花が好き──。

まっすぐで単純な答えに、なんて言っていいかわからない。



「ねえ。あの花は、全部あなたが育てたの?」



「え? いや、そうだけど」



逆に聞かれてとっさに返事を返すと、女の子は、ぼくを見直したような目をした。



「ふーん、すごいね」


「え?」


「でも、今のわたし、ホント最悪。大きらい。花を盗んで、おまけにこんな長い距離を追いかけられて、何してんだろう」


「べ、別にケイサツなんて、考えてないから……」



女の子は驚いたように言った。



「当たり前でしょ! こんなちょっぴりの花を盗んだくらいで、牢屋に入れられたら、たまったもんじゃないわ!」



女の子は両手をパーに広げて、ぼくに見せてくる。



「はい! と、いうわけで、もうお花は何も持ってないわよ、じゃ、さようなら」



 ぼくに女の子を引き止める理由はない。

女の子は公園の出口へと歩き出す。



「花ぐらい買えないの?」



 咄嗟にそう言ったぼくに、女の子は勢いよく顔を赤くさせて振り返った。



「はぁ? ばかじゃないの? わたしがそんな貧乏に見えるわけ?」



 ぼくはびっくりして慌てて首を振る。



「そ、そんなこと……」


「つい、ふらふらっとよ。あんまりあんたの庭の花が……」


「?」


「いい香りだったから」



ぼくは目をぱちくりさせた。


香り?


 女の子は大きく息をはくと、早足でそのまま公園を出ていった。


残されたぼくは手の中の花を見た。

花を鼻に近づける。

確かにいい匂いがした。




春休みが終わり、ぼくは中学3年生になった。

ぼくの通う学校は、クラス替えがない。

どの学年も一クラスしかないからだ。

つまり、田舎の学校だってこと。


ただ、クラスの担任が変わらないのは残念だ。

一年生からずっとヒゲモジャの高橋先生。

出来るだけ、同じ先生がずっと卒業まで見守っていくという学校の方針という噂を聞いたけど、変化が無さすぎるのもどうなんだろう。

いつもあの黒ヒゲばかりでは見あきてしまう。



「健太郎、聞いたか?」



始業式が終わって、教室にもどってきたばかり。

前の席にすわる祐太が眼鏡を光らせて、ぼくの方へと振り向いた。



「なあなあ、このクラスに転入生だってさ!」


「ふぅん、そっか」



ぼくは適当にうなずく。

そう言えば始業式で校長先生がそんなことを言っていた。



「なんだよ、気にならないのかよ。転入生なんて、めずらしいじゃんか」



確かに珍しいけれど。

ニヤニヤして祐太は、椅子を回転させてこっちへ体を向ける。



「そうだ、健太郎、あれ調べてくれた?」


「ああ、メモっといたよ」



 ぼくは祐太に、昨日調べたメモを渡す。



「サンキュウ! これで、ラスボス倒してやるぜ」



先月発売されたばかりのゲームソフトの隠し武器アイテムのリストだ。

まだ攻略本も出ていないから、ネットで調べてやったけれど、大したものじゃない。



「助かるよ、『博士』。サンキュー!」



祐太はゲーム馬鹿だ。

何か知りたいゲームの情報があると、すぐにぼくを頼り、そして最後に博士という。

ネットで検索するテクニックを覚えれば、だれでも簡単に手に入る情報だ。

博士というとぼくが喜ぶと思っている。



「おはよー、しょくん!」



 ニコニコとヒゲをゆらして、高橋先生が教室に入ってきた。

祐太は慌てて席を前に戻す。

騒がしかった教室が静かになっていく。



「えー、みんな、喜べ。このクラスに新しい仲間が加わることになったぞ」



 みんなの目がばばばばっと、先生の後ろから現れた転入生に注がれる。

黒板の前で立ち止まる転入生。

 ぼくは、思わず声を上げそうになる。


花どろぼうの女の子だ。

長い髪の毛にマスク。

女の子もぼくを見て、大きな目をさらに大きくさせている。



「なんだ? 健太郎、知ってるのか?」


「はな……」



 ぼくがつぶやくと、高橋先生がヒゲをさすって頷く。



「そう、花山カオリさんだ。健太郎、よく知ってるな」



花山?

かおり?

初めて聞く名前だ。



女の子が慌てて言った。



「実は、家が近所なんです。ね、け、健太郎くん」



近所?

けんたろうくん???


頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになる。


あ、もしかして、最近、近所の空き家に、だれかが引っ越してきたって聞いたけど、まさか……。


 高橋先生は、またヒゲをさわりながら頷いた。



「そうか、そうか。もう友達なのか。じゃ、席はとなりがいいな」



 ともだち???

 花山カオリさんは、口は見えないけど、笑っているみたいに見えた。

ぼくはとなりの席を見た。

横は、確かに空いていた。




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