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俺の本物を殺しに行く  作者: いらないひと
第一章:魔王復活編
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1:『コンセンサスの弊害を理解している者ならば、民主主義を手放しで称えたりはしないだろう』

 エフトと戦ってから一週間後。

 サキはニアクス王国の王都にある王宮に来ていた。

 クラーニの街を壊滅させたエフトの撃破、そしてサキ以外の勇者の死を正式に報告するためである。


「ただいま戻りました、陛下」


「うむ、ご苦労。手強い相手だったと聞いている」


「はい……。他の三人は呆気なく……」


 その瞬間を思い出したサキは、言葉を最後まで言い切ることが出来なかった。

 間近で人の死を見たのはあれが初めてである。

 それもよりにもよって目の前で殺されたのだ。


 彼らの遺体は普通の魔法袋には入らなかったので、ギルド経由で業者に依頼して運んで貰った。

 今頃は家族と対面している頃だろう。

 彼らの家族に罵倒される可能性を恐れていたサキは、遺体と別行動を取れたことに内心で少し安堵していた。


 自分は卑怯者なのではないかと感じてしまうあたり、彼女もまた性根は善人だということなのだろう。 


「しかしそなただけでも生き残って何より。できればゆっくり休めと言いたいところではあるのだが……、宰相」


「はっ」


 国王が横で立っていた宰相に話を振ったのを見て、跪いたままのサキは嫌な予感がした。


(ふぇぇぇー! なんかまた厄介事の予感がするよぉー! やだぁー!)

 

 彼女の脳内にもう一人のポンコツサキの叫びが木霊する。

 もちろんそれを聞いたのは彼女自身だけだった。


 さてそんな頃。


 ユウはといえば、王宮の手前にある待合所で呑気にお茶を飲んでいた。

 サキによって傭兵として雇用されて一緒にここまで来たのはいいものの、平民の身分である彼は王宮に入れないからだ。


 年下の少女に貰った金でお茶を飲む。

 ……なんだかヒモになった気分である。


 とはいえ仕方がない部分はある。

 異世界勇者のサキでも手に負えなかったエフトを撃破したことを公にすれば、不要な注目を集めてしまうのは必然だからだ。

 そこでサキと話し合った上で、彼女の手柄ということにした。


 その代わりということで相場よりも高い金額で雇われたのだが、結局はユウを一緒に連れていきたかったサキに上手く言いくるめられた感が強い。

 この辺の押しの強さは彼女の良いところだろう。

 というわけで待合所としても使われているこの建物でしばらく時間を潰していると、王宮からサキが戻ってきた。 


「ユウさん、お疲れ様です」


 周囲には他の人間もいるので、今の彼女は普通に見える。

 彼女に言わせれば、これが『相川さんクールビューティーモード』で、酒の入っている時が『サキさん本音全開モード』らしい。

 長いので、ユウは『残念なサキ』と『ポンコツなサキ』と呼ぶことにした。

 というわけで今は残念な方のサキだ。


「終わったのか?」


「終わりました。ただ……」


「ただ?」


「また次の仕事を押し付けられました。……今度も厄介そうです」


 サキはユウの飲みかけのお茶を取ると、躊躇いなくそれに口をつけた。

 念のために確認しておくと、黙っていれば彼女は相当な美少女である。


 ……そう、黙っていれば。


(美少女勇者、相川さんとの間接キス! これならどんな男の子だってイチコロですよぉー!)


(――とか思ってんだろうなぁ……。)


 サキの中身が大変残念なことを知っているユウは内心で溜息をついた。

 そしてその推測は正しい。


 しかしそれを知っているのはユウだけだ。

 周囲でさり気なく二人の様子を伺っていた若い衆は、サキの行動を見て顔を赤くしている。

 その中には嫉妬と羨望の眼差しが多分に含まれているから質が悪い。

 

「で? 次の仕事ってなんなんだ?」


 ユウは美少女との間接キスイベントを完全スルーすることにした。


「ゲーマルクという街に展開している部隊の増援だそうです。ノワルア王国との国境近くですね。ノワルア側のビアンカっていう街が魔王軍に占領されたので、牽制のためって言われました」

(……あれっ、もしかしてスルー? ユウさーん。相川さんとの間接キスですよー? おーい?)


「魔王軍? そうか、それでか。」


 魔王やビアンカ、それに占領という単語は、サキを待っている間に何度もユウの耳に入ってきていた。


 長年に渡り、このノワルア王国の奴隷としての地位に甘んじていた魔族達。

 少し前に彼らの一部が起こした反乱を契機に、王国が魔族全体への締め付けを強めた結果、逆に反乱の火が魔族全体へと一気に広がったらしい。

 大陸の北東を領土とするノワルア王国の中でも最北東に住んでいた彼らは、駐留していた王国軍の部隊を壊滅させた後、北部の街ビアンカに進軍したということだ。

 

 魔族の全面的な反乱だけでも一大事ではあるのだが、それ以上に重要なのは反乱軍を率いている男の存在だった。

 ビアンカを取り戻そうとした貴族達率いる諸侯軍を、凶悪無比な大規模魔法で薙ぎ払った赤い悪魔コルドウェル。

 敗走する諸侯軍に対して彼が魔王を名乗ったことにより、事態の深刻さはその程度を一変させた。


 数百年振りとも言われる魔王の出現。

 諸侯軍の犠牲によって既にその実力は証明され、真偽を疑う者はいなかった。

 過去の歴史に無関心な人々の反応は緩慢であったが、当時の被害規模を知る貴族達や金の匂いに敏感な商人達には、大きなニュースとして瞬く間に伝わっていった。

 

「私以外の異世界勇者も既に現地に向かったそうです。……できるだけゆっくり行きましょうか」


「え?」


 てっきり”急ぎましょう”と言うのだと思っていたユウは、拍子抜けしてサキを見た。

 明らかに気乗りしない表情をしている。


 数ヶ月前にサキと一緒に召喚された異世界勇者は二人。

 正直に言って、彼女はこの二人があまり好きではなかった。

 少々強引にユウを雇い入れたのも、もしかしたらパーティが全滅したことで彼らと組まされるかもしれないと心配したのが理由としてある。


(そんなに嫌なのか……。)


 彼女が他の二人とあまり関わりたくないと思っているのが、ユウにも容易にわかった。

 

 もっとも……。


 サキの口元が僅かに綻ぶ。


 ユウを雇った一番の理由は、彼が相手なら安心して素の自分でいられるからだ。

 この世界に転移してきて以降、異世界勇者としての立場が邪魔して遠慮なく話せる相手はいなかった。

 酒が入って本音全開の愚痴を聞いた上に寝ゲロで死なないように見ていてくれた人間など、ユウが初めてである。

 これが他の人間であれば、”異世界勇者らしく身分に見合った振る舞いを”、などと説教されていたことだろう。


(サキの鼻息が荒い。また何か残念なこと考えてるな……。)


 未だに待合所内の視線を集め続けているサキだったが、一見して凛々しい表情の下の本性に気がついたのはユウだけだ。 


(相川さんと二人旅! これはもうユウさんがサキさんにベタ惚れしてしまう展開ですよぉー! 相川さんってば罪作りぃー!)


 もう本当に残念な子である。

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