6:『自分の人生の価値は自分が決めるべきだ』
容赦無く淡々と希望を刈り取り続ける透明な刃。
ユウの猛攻に晒されたエフトは、肉体が未だ無傷にも関わらず心を折られかけていた。
力も速さも自分の方が間違いなく遥かに上なのである。
それなのに敵の猛攻を前にして全く自由が効かないとなれば、正気を失いそうになるのも別に特別おかしなことではない。
(とにかく、こいつから離れなければ!)
どう動いてもうまくいかない中で必死に逃げ道を探す。
(ここだっ!)
ようやく見出した僅かな隙。
エフトはその一瞬を見逃さなかった。
ダンッ!
全力で大地を蹴って後方へと下がる。
ここまでの戦いで身体能力に絶対的な差があることは既にわかっている。
彼の考えではこれでユウの攻撃圏から逃れられる……、はずだった。
「なっ!」
もう一度確認しておこう。
身体能力ではエフトに絶対的な優位がある。
つまり彼が全力で後ろに下がった場合、その速度にユウはついてこれないはずである。
……そのはずなのである。
「なぜ……!」
エフトは驚愕の表情でユウを見た。
――なぜお前は目の前にいる?!
エフトが後方に移動するのと同時に、どういうわけかユウもまた同じ速度で前進していた。
結果、両者の相対距離は一切変わっていない。
(力を隠していた?! いや、とてもそうは見えん!)
ヴゥゥゥィィィィ……ィィインッ!
直後、エフトは何かの音を聞いた。
人体では聞き取れない超低音から可聴域に入り、そのまま超高音へと駆け抜けていく。
(……剣? 剣が鳴ったのか?!)
その音源がユウの武器だと直感したエフトだったが、しかしそれが何を意味するのかまではわからない。
彼の本能が答えを見つけ出す前に上段からユウの剣が迫る。
これまでと同様、一切ダメージの通らない攻撃。
……エフトはそう思った。
ガシュッ!
「――!」
『ホワイトセイバー』によって強化された肉体。
異世界勇者サキの最高威力を持ってしても突破できなかった彼の防御を、ユウの刃が容易く斬り裂いていく。
肩から入り、一切の抵抗を許さずに肉と骨を断つ。
そして躊躇いなく心臓を両断した。
エフトの体が本人の意思とは無関係に跳ねる。
(ああ……)
自分の死が確定したのだと理解した直後、彼は人生の走馬灯を見た。
出会い、別れ、成功、失敗。
こうして振り返ってみると、自分の人生もそう悲観したものではなかった気がする。
決して順風満帆というわけではなかったし、大きな成功を掴んだというわけでもないが、しかし裸の王様ではなかった。
世間知らずの王子様でもなければ、苦痛から逃げてばかりの半人前でもなかった。
成功者ではなかったが、少なくとも挑戦者だったではないか。
むしろ力に溺れた今の自分は、晩節を汚したようにすら思えるぐらいだ。
――そう、冴えないと思っていた自分の人生も、振り返って見れば案外悪くはなかった。
悟った。
だからこそ、彼が自分の人生の最後に選んだ言葉はこうである。
「……見事」
勝者への賛辞。
勢いよく飛び散るエフトの血が、彼自身の代わりに勝者であるユウを称えた。
崩れ落ちる体には、もはや今生への未練はない。
「――ぷはぁッ! はぁっ、はぁっ……。」
エフトの死を確認したユウもまた、直後に膝を折った。
目を大きく開き、眼球はまっすぐ地面を見て動かさないまま、全身で大きく呼吸をする。
力も速さも上の相手を狩りきるために呼吸の大半を諦めたせいで、彼の体は極度の酸欠に陥っていた。
それでも致命的な状態にならないのは『ワンダーウォール』と名付けられた能力のおかげである。
この能力は致命傷を受けた際に発動し、ダメージを生存可能かつ後遺症が残らないギリギリの水準まで緩和する。
決してダメージを無効化してくれるわけではないのがポイントだ。
この『ワンダーウォール』に限らず、ユウが有する能力は苦痛を和らげるという点においてほとんど機能しない。
コンセプトとしてはむしろ間逆であり、苦痛を対価にして、足りない分の能力を埋め合わせるのである。
――苦痛を受け入れる覚悟がある限り、勝利の可能性はなくならない。
エフトの『ホワイトセイバー』を始めとして、この世界の法則を逸した力には様々なものがある。
しかし”福音”、”恩寵”、”権能”あるいは単に”能力”と呼ばれるそれらは、基本的には能力者に対して純粋な恩恵をもたらすだけのものだ。
もちろん、中には高すぎるコストの穴埋めとして、デメリットや制約条件を伴う能力も存在する。
しかしそれを含めて考えても、これほどまでに使用者を試すような能力は異質だと言えた。
「あの……、大丈夫ですか?」
戦いが終わったことを確認して近づいてきたサキ。
もしかしたら敵がまだ生きているのではないかと、少し挙動不審だ。
殺された人間というものを見た経験が少ないのか、倒れている遺体を極力視界に入れないようにしている。
「ああ……、大丈夫。」
ユウは息を整えて立ち上がった。
まだ完全に収まったというわけではないが、こうして会話をするぐらいは大丈夫だ。
「……そっちこそ大丈夫か?」
振り返ってサキの方を確認したユウは、直後に動きを止めた。
というのも、彼女がやけに内股になって足をガクガクと震わせていたからだ。
誇張表現抜きに、文字通りの意味で今にも腰が抜けそうである。
彼女の使っている杖は三本目の足として体重を支えるには少し短すぎた。
「な、なんとか……。怖くて腰が抜けそうに……、あ」
そしてついに緊張の糸が切れてしまったのか、サキはぺたんとその場に座り込んでしまった。
「あはは、抜けちゃいました……」
誤魔化すように作り笑いを浮かべるサキ。
座り込んだ影響で地面に転がった遺体を視界に入れてしまったらしく、また一段と顔色が悪くなった。
座り込む彼女の速度に追従しきれなかったスカートがめくれ、その中が一瞬だけ見えたのはここだけの話にしておいた方が良さそうだ。
もちろんユウだってそのことを口に出す気はない。
そんなことを言ってしまったら色々台無しというか、色々と厳しいこのご時世においては白い視線を集めることになるのは確実だろう。
……ちなみにだが、初心な感じの白だった。