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俺の本物を殺しに行く  作者: いらないひと
プロローグ
4/31

4:『地道な努力は嘲笑の対象だ。しかしそれでも前に進め』

 ドラゴンの襲撃から数日後。

 最下位のFランク冒険者として生計を立て始めたユウは、朝から西の森の入口付近をうろついていた。

 目的はこの付近に生えている薬草だ。

 このランクの中では比較的報酬が高めということもあって、ユウはこの数日間ずっと薬草集めの依頼を受け続けていた。


「……ん?」


 腰をかがめてせっせと薬草を集めるユウ。

 その近くをサキ達が通り過ぎていく。

 こちらに気がついた彼女以外の三人が、一瞬だけ見下すような視線をユウに向けた。

 いや、”ような”ではなく実際に見下しているわけだが。 


「……。」


 この世界において勇者というのは非常に地位が高く、そのほとんどが上位の貴族の身分を与えられている。

 異世界から来たサキはともかくとして、それ以外の三人は生まれながらに高い身分ということだ。

 そんな彼らにとって、最下級の冒険者であるユウなど見下す対象以外の何物でもない。

 本物とは違って勇者ではないのだから。


「ん? どうしかしました?」 


「いえ……。先を急ぎましょう」


 そんなこととは気が付かないサキに、サティアが先を促した。

 ユウよりも上位の依頼をギルドから受けている彼らは、どんどん森の奥へと進んでいく。


(……あれ? あんまり悔しくないぞ?)


 本来ならば羨望と嫉妬の入り混じった視線を呪詛のごとく彼らの後ろ姿に対して送る状況である。

 しかしどういうわけか、今回はその類の感情が湧いてこなかった。

 それがサキのポンコツ具合に起因するということを、この時のユウはまだ知らない。


(まあいいか……。薬草集めよう。)


 自分も精神的に少し成長したのだろうかと思いながら、ユウは薬草集めに戻ることにした。

 先日はドラゴンが出てきたこの森だが、入口のこの辺りには脅威となるようなモンスターも全くいないので、邪魔もなく黙々と作業を進める事ができる。

 腰の魔法袋に千切った薬草を片っ端から突っ込んでいく。

 自然の中で黙々と作業をこなしていると、なんとなく心が洗われていくような気がするから不思議なものだ。


 時計は持っていないので正確な時間はわからないが、太陽がだいたい正午ぐらいまで登った頃になってようやく依頼分の薬草を集め終わったので、ユウは木の幹に腰を下ろして昼食を取ることにした。

 メニューは昨日の夕方に買っておいた食パンとチーズである。

 ドリンクは公園の水道水を使った最安値の紅茶だ。

 もちろんストレートに決まっている。

 ミルク? 砂糖?

 ……贅沢は敵だ。


 ――ドンッ!


「ん?」


 パサパサになった食パンに見切り品のチーズを乗せて一口かじった直後、森の奥の方から大きな爆音が聞こえてきた。


 ドンッ! ドドォンッ!


(……戦ってるのか?)


 明らかに自然現象ではない断続的な爆音が続く。

 ユウはこれが森の奥に入っていったサキ達と関係している可能性を考えた。

 現実として、全員が勇者で構成されたパーティが苦戦するような相手はそう多くない。

 その一人が異世界勇者であるのならば尚更だ。

 だとすれば単純に敵の数が多いせいで手数が増えているということになりそうだが、それにしては音のリズムが妙だとユウは感じていた。

 まるでモンスターではなく人を相手に戦っているかのような……?


「……行ってみるか。」


 ユウは残りのパンとチーズを口の中に押し込むと、未だ爆音を鳴らし続ける森の奥へと走り始めた。



「ブレイブイグニッション!」


 ドンッ!


 西の森の奥。

 カルトタイガーと呼ばれるモンスターを狩るためにここまで来たサキ達は、偶然遭遇した”男”と交戦していた。

 

「ダメだ! 効いていない!」


 敵に勇者専用魔法を叩き込んだコバルトが後退しながら叫ぶ。

 

「これが勇者魔法か。……案外大したこともないな」


 途切れた煙から姿を表した鎧の男が嘲笑う。

 もちろんそれは挑発だ。

 しかし全くのでまかせというわけでもなく、ひと目で白死病の末期患者とわかる彼の真っ白な体には傷一つついていないのも事実だ。

 彼の名はエフト。

 先日、ユウと十字路ですれ違った男だ。


「嘘でしょ?!」 


 サキは勇者専用魔法の直撃で倒れない相手がいることに驚愕の声を上げた。

 異世界勇者であるサキほどの威力はないにしても、普通の魔法を凌駕する魔力変換効率を誇るブレイブイグニッションの威力は、この世界でも最高クラス。

 例え加護で防御力の上がった勇者であっても、直撃すれば無傷では済まないはずだ。

 この世界に転移してきて日の浅いサキだけでなく、他の三人もそんな人間など見たことも聞いたこともない。

 その対象を勇者以外、そして人間以外に拡大しても同じだ。


「クラーニを壊滅させたのはコイツで間違い無さそうだな」


 戦士のエアドが銀髪を揺らしながら額に冷や汗を浮かべた。

 単独でクラーニを壊滅させたらしいという前情報から相手も勇者である可能性を考えてはいたが、それにしてもこれは予想外である。

 

「アナライズに反応は無し……。しかしイグニッションの直撃が効かないとすると……、何か種がありそうですね」


 サティアも警戒の視線で敵を観察する。

 しかし有用な情報は見いだせない。

 せいぜいが戦士らしいということぐらいか。


「そもそも当たっていないのか?」


 エアドも、無警戒でコバルトのブレイブイグニッションの直撃を貰った相手の行動を訝しんだ。

 普通ならば防御なり回避なり、抵抗の素振りを見せるものだ。


「今度は私が!」


 サキが自分のブレイブイグニッションを叩き込もうと距離を詰める。

 他の勇者達が火力不足だというのなら、残る可能性は異世界勇者のサキだけである。

 

「ブレイブイグニッション!」


 ドンッ!!!


 先程のコバルトよりも高密度の爆撃が敵に叩き込まれた。

 煙に隠れた敵から即座に距離を取る。

 これは本来、視界を塞がれた状態で周囲の敵からの攻撃を受けないようにするための基本動作である。

 サキは異世界勇者としての訓練で、この動作を何度も繰り返し練習させられていた。


「ふん! 効かんな」


 白死病の男の剣が数瞬前までサキのいた場所を横薙ぎにした。

 空振りに終わったとはいえ、男にそれを惜しむような素振りは見られない。

 サキを狙ったのはついでで、周囲の煙を払うのが目的だったのは明らかだ。

 

「やっぱりダメ?!」


 可能性のひとつとしては事前にわかっていたとはいえ、最高クラスのブレイブイグニッションが直撃して無傷という事実はやはり信じがたい。

 

「やはり何かありますね。見極めます、少し時間を稼いでください」

 

「それには及ばんよ」


「――えっ?」


 ガシュッ!


 サティアがサキとコバルトに時間稼ぎをさせようと発言した直後、エフトの白い体は瞬時に彼女の前へと移動し、そのままの勢いで彼女の首を造作なく刎ねた。

 そこに若い命を摘むことへの躊躇いは一切見られない。

 切られた髪がパラパラと地面に落ちて音を立てた後、飛ばされた首が地面に落ちた。


「サティアさん?!」


「サティア!」


 目の前から瞬時に消えた男の行方を探したサキとコバルトが、首を失ったサティアの胴体を見て思わず叫ぶ。

 二人共、パーティの仲間を失ったのはこれが初めての経験である。


「お前もついでだ」


 ドスッ!


 サティアの首を飛ばしたばかりの剣が、まだ彼女の隣で事態を飲み込めていないエアドの心臓を貫いた。

 

「あ……、う……」


 勇者の加護に守られていることで普通の人々よりも痛みを経験していない彼に、この苦痛の中で一矢報いるような気概も耐性もあるわけがなく、ただ歪めた顔をしながら崩れ落ちていく。


「エアドさん!」


 二人目の犠牲者を前に泣きそうな声を上げたサキに対し、コバルトは驚愕の表情でエフトを見ていた。


(まさか、こいつも異世界勇者なのか?!)

 

 彼なりにようやく一つの可能性に辿り着いた。

 もちろんその予想は外れているのだが、勇者が絶対的存在という環境で生きてきた彼にはそれ以外の可能性が思いつかなかった。


 ビュッ! ドスッ!


 投げられたエフトの剣が正確にコバルトの頭部を貫く。

 一瞬で意識を刈り取られた体が仰向けに倒れていくを見たサキは背筋が凍った。


 グシュ! ブシャ!


 再び一瞬でコバルトの前まで移動したエフトは乱暴に剣を引き抜くと、その目だけをサキに向けた。


「ひっ!」


 次は自分の番だ。

 それを本能で悟ったサキの背筋が凍りつく。

 エフトがその想像を現実のものにしようと大地を蹴った。


「きゃああああああ!」


 サキは反射的に杖を構えて目を閉じた。

 訓練を受けたとはいえ、所詮は数か月前まで普通の中学生だった少女である。

 そして異世界勇者の加護と待遇によって、この世界に来てから経験した危機もほぼ皆無。  

 ここで冷静に敵を見て行動するだけの能力は、少なくとも今の彼女には無かった。


 ギィン!

 

 響く金属音。

 しかしサキの杖に手応えはない。


「……お前も勇者か?」


「……。」


 状況を確認しようと目を開いたサキの視界に入ったのは、エフトの剣を受け止めたユウの後ろ姿だった。

 


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