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俺の本物を殺しに行く  作者: いらないひと
第二章:聖女復活編
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7:『金色の蝶』

 アルドの家は、どういうわけか入口に面した部屋で大半の目的をこなす作りになっている。

 そこは玄関でもあるし、居間でもあるし、食事する場所でもあるし、来客の対応をする場所でもある。


 その構造は住居と言うよりも、まるで外部との交流を一番の目的として設計されているかのようだった。


 この家に辿り着いた日の翌日。

 いつもより少し早めに目を覚ましたサキは、ぐでぐでしながら朝ご飯を待っていた。


 森を抜ける前に夜になるかもしれないということで、一晩泊めて貰ったのである。

 彼女は茶色クマを抱いて椅子に座り、まるでスライムにでも転生したかの如く、べたーっと身を任せていた。


 ……完全にダメ人間だ。


(いいなぁ……)


 サキは横目で食事の準備をしているアルドを見た。

 ここは小さめの調理場もくっついているので、料理をしているアルドの様子を観察することが可能だ。


(ユウさんも、やっぱりああいう人の方がいいのかなぁ?)


 美少女勇者サキは溜息を吐いた。

 アルドに対するユウの表情が、普段とは明らかに違っていたからだ。


 彼女の視点からすると、ユウのそれは好きな子に対する行動にしか見えなかった。


(落ち着いてるしぃー、大人っぽいしぃー、なんか頭良さそうだしぃー、それに……)


(……美人だし)


 アルドと自分の間にある圧倒的な女子力の差を前に、素で落ち込んだサキ。


「……ん?」


 その時、彼女の手に何か硬いものが当たった。


(……あ、ファスナーついてる) 


 自分が抱き枕にしている茶色クマ。

 サキはその背中についている”例のアレ”に、ようやく気がついたらしい。


 逆になんで今まで気がついていなかったのかと言う話なのだが、そこはまあ、サキだから仕方がない。

 

「朝はやっぱりほうじ茶に限るクマ。リリンの発明した文化の極みだクマ。」


 茶色のクマさんは、どうやらサキが”背中のアレ”に気がついてしまったことに、まだ気がついていないらしい。

 呑気にストローでお茶を飲み続けている。


「……」


「……」


「……えい」


 サキはおもむろにファスナーを摘むと、遠慮なく下に引っ張った。


「――クマッ?!」


「む」


 しかしサキの予想に反し、ファスナーは引っかかったように一向に下がらない。

 いや、まるで内側からも誰かが掴んで抵抗しているかのようだ。


 そう、誰かが内側から抵抗しているようだ。


「むむむむむ!」


 さらに力を込めるサキ。

 抵抗するクマ。


「ク、クマ……。中に人なんて入ってないクマ……。」


 ……そのセリフは、もはや白状したのと同義ではないだろうか?


 その時、アルドが出来上がった料理を運んできた。


「はい、出来たよ。大したものではないけどね」


 どうやらアルドはファスナーの件に触れるつもりはないらしい。


「それにしても、ユウも隅に置けないね。まさか彼女を連れてくるなんて」


「……え? 彼女?」


「うん。……あれ? もしかして違ったのかな? 二人の様子を見ててそうだと思ったんだけど」


 予想外の奇襲。


 サキは半ば呆然とした顔で自分を指さした。

 もちろん確認である。


 アルドは柔和な笑顔のまま頷いた。

 彼女というのは、やはりサキのことを指しているらしい。


(彼女……。彼女、彼女、彼女……)


 その言葉がサキの中で木霊した。

 そう、リフレインした。


「そ、そうですか?! 私、ユウさんの彼女に見えちゃいました?! いやー、わかる人にはわかってしまうんですねぇー! 困ったなぁー!」


 ”飛び上がる勢いで喜んだ”という表現は、きっとこういう時に使うのが適切に違いない。

 再起動したサキはまるで本体と中身が入れ替わってしまったかのようだ。  


「ふふ。誰が見ても明らかだよね」


 アルドはやはり動じない。

 その表情は相変わらずだった。


「えへへ。あ、そうだ。私もアルドさんみたいな笑顔の練習しよっと」


 サキは元気よく朝ごはんを平らげると、手鏡を取り出した。

 もう先程までの悩みはどこかに吹き飛んでしまったらしい。 


「こう? それともこうかな?」


 宣言通りに笑顔の練習を始めた彼女を、カエルと灰色クマはストローでお茶を飲みながら静かに眺めていた。

 ちなみにだが、カエルは灰色の頭の上に乗っかっている。


「ちょろいな」


「ちょろいクマ」


 いや、本当にちょろい子だよ……。



「うう……。重い……。」 


 アルドの家の寝室にあるベッドの中で、ユウは目を覚ました。

 クマ達がサキをよだれを見ていてくれるというから、久しぶりにぐっすり眠ってしまったらしい。


「モー」


「……なんで上に乗ってるんだよ?」


 目を開いたユウは、布団の上に例のうしさんが乗っていることに気がついた。

 ……どおりで重いわけだ。


「ユウがちゃんと眠れるように見張ってるんだモー」


「……見張るとよく眠れるのか?」


 だが布団によって拡散された適度な重量感が眠気を促進してくれていたのは事実らしい。

 ユウは軽快になった体と共に起き上がった。


 ついでにうしさんを跳ね飛ばしておく。 


「モー!」


 勢いよく部屋の隅まで転がっていく、うしさん。

 

「ひどいモー! ユウは哺乳類の扱い方がなってないモー!」


 どうやらうしさんは自分が哺乳類だと主張しているらしい。

 

「わかったわかった。うしは哺乳類な、哺乳類」


 既に”うしさん”を牛だと認めさせられている以上、今更になって哺乳類だと認めるのに抵抗感はない。

 ユウは適当に聞き流すと、空になった胃袋の求めるままに部屋を出た。


 この部屋があるのは地下一階。

 階段を昇ればサキ達のいる部屋にたどり着ける。


 しかし朝食を期待して階段を昇ったユウを待っていたのは、予想外の衝撃だった。


「おはようございます! ユウさん!」


 寝起きの頭でやってきたユウを、サキは輝くような笑顔で迎えた。

 その笑顔は清らかで、美少女感に満ちている。


「え……? あ、ああ、おは、よう……。」

(な、なんだ……?こう……。なんだ?)


 ユウは困惑した。

 サキの笑顔があまりにも眩し過ぎたからだ。


 いつもならもっとポンコツで残念な感じだというのに、これでは実はサキが聖女だったと言われても納得してしまう。


(び、美少女だ……。)

 

 ユウはここに来て初めて、サキを異性として真面目に意識した。

 中身があまりにも残念すぎて忘れてしまうが、見た目に関しては言えば確かに超がつく美少女だ。


(いや待て……。こいつは本当にサキなのか?)


 ユウの知っているサキはもっとこう……。

 中身がすごい残念な感じだ。

 

毎晩のようによだれで窒息死しそうになるし、なんか普段も真顔のまま口からタプタプとよだれを垂らしていることが多い。


 そうだ。

 まさかサキがこんな優等生で正統派の美少女であるわけがないではないか。


 ユウは思った。

 目の前にいるのがサキの偽物か、あるいは自分同様にコピーなのではないかと。


(いや……、違う! 本物と偽物がいるとしたら、まさかこの美少女が偽物なわけがない。むしろ今まで俺と一緒にいたサキが偽物だ! そうに違いない!)


 そうだ。

 サキのあのどうしようもないポンコツを、まさか隠し通すことなんて出来るわけがないではないか。


 きっと今まで一緒に行動していたサキはどこかに連れ去られたに違いない。

 きっとそうに違いない。


「本物のサキはどこだ! いくらアホの子だって、あいつにはあいつなりの人生があるんだぞ!」


「どうしたんですかユウさん? まさか寝ぼけてるんですか? 紅茶でも飲んで落ち着いてください」


 サキは冷静かつ健気に対応した。

 これはもう惚れた男に尽くすヒロインそのものだ。


 しかしそんな彼女の対応が、ユウをさらなる混乱へと叩き落とした。


(誰なんだこの美少女は?! しかもかわいいし!)


 サキじゃないけどかわいい。

 サキとそっくりだけどかわいい。


 ……ありえない。


 ユウの思考回路はもうパンク寸前だ。

 差し出された紅茶にミルクを優雅な手付きで追加してしまうぐらいに混乱している。


 救いを求め、ユウはアルドを見た。

 ”彼”はこの状況にも動じることなく、紅茶を飲んでいる。


「大丈夫。ちゃんと本物のサキだよ」 


「なん……、だと……。」


 それは絶望だった。

 絶対に不可能だと思われた残念なサキの矯正を、まさか一晩で実現する手段が存在するなどとは……。


 ……ありえない。


「ど、どうなってるんだ?! こんなの、俺の知ってるサキじゃない!」


 ユウは思った。


 それは絶対にまともな手段ではないに違いないと。

 なんかヤバイ薬を大量に投与されたとか、強力な洗脳を受けたとか、きっとそういう感じに違いないと。

 

「しっかりするんだサキ! 正気を取り戻せ!」


 ユウはサキの肩を掴んで激しく揺さぶった。


「あうあうあうあうあう! どうしたんですかユウさん! 私は正気ですよ!」


「嘘だ! ほら! 俺の分のおやつやるから!」


 狼狽したユウは、腰の魔法袋からチョコレートを取り出した。

 昨日の夕食後、おやつとして出されたのをとっておいたものだ。


「わーい! チョコレートだ―!」


 サキはいつものような表情を浮かべると、チョコレートに飛びついた。

 包み紙を開いて中身を口に放り込んでもぐもぐし始めた彼女の様子を見て、ユウもまたようやく一息つく。


「良かった。サキが元のアホの子に戻った……。」


 馬鹿は風邪を引かないというが、逆に馬鹿が風邪を引くとすごく心配してしまうものだ。

 そんな二人の様子を、カエルと灰色クマはやっぱりお茶を飲みながら静かに眺めていた。 


「……アホだな」


「アホの子とアホの子の共演だクマ」


「ふふ。朝から賑やかでいいね」


 そしてアルドはやっぱり動じなかった。



 朝食を食べて一息ついた後、ユウとサキはアルドの家を出発することにした。

 道案内はカエルと茶色クマだ。


「気をつけていくモー」


「大丈夫だクマ。どうせまた迷ってここに来るに決まってるクマ」 


「ふふ、気をつけてね」


 うしさんと灰色クマ、それにアルドはここでお別れだ。


「ユウさーん! 行きますよー?」


 茶色達と一緒に先を歩き始めたサキがユウを呼んだ。


「ああ、今行く! じゃあアルド、ありがとう」


「ふふ。気をつけてね。あ、そうだ」


 アルドはユウのそっと耳打ちした。


「……え?」


 その言葉の意図がわからず、改めてアルドの顔を見たユウ。

 しかし返ってきたのはいつも通りの笑顔だった。


「ふふ。その内にわかると思うよ」 


「ユウさーん!」


「遅いクマー!」


 急かされたユウは、家に残るアルド達に手を振ってその場を後にした。

 走って彼女達に追いついてから、サキの隣を歩き始めるユウ。


 森の迷宮の影響からか、少し歩いただけでもうアルドの家は見えなくなってしまった。


「ユウさん。さっきアルドさんと何を話してたんですか?」


「いや……。『金色の蝶に気をつけて』って言われたんだけど……。」


「……蝶? 毒があるとかですか?」


「さあ……?」


 ユウもサキも、その言葉の意味を理解出来なかった。


 金色の蝶。

 ……そんな蝶、どこかにいただろうか?

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