4:『早速迷った』
森の迷宮。
そう呼ばれる広大な自然に対し、会議を終えた面々は早速攻略を開始した。
勇者達を中心に木々を片っ端から薙ぎ倒し、迷宮化を解除しながら進む作戦だ。
色々と難点尽くしではあるが、森の規模と投入できる人員規模を比較すれば、なんとなく現実的な案にも思えてくるから不思議なものである。
というわけで、異世界勇者の中でも唯一広範囲魔法が使えるサキが最初の一発目を放つことになった。
「レインボーサイクロン!」
一千人以上の注目が集まる中、無数の風の刃が森へと殺到し、次々と木々を切り倒していく。
「すげぇ!」
「あれが異世界勇者の魔法か!」
サキの魔法を初めて見た兵達は、予想以上の威力に沸き立った。
「レインボーサイクロン……、知らない魔法ですね。魔法の造詣も深いとは、流石は異世界勇者様です」
イリアを始め、勇者教の面々も関心している様子だ。
もちろんのことながら、それらは全てサキの耳に入っている。
「ふっ、またつまらない物を切ってしまいました」
(ドヤァ……!)
サキの全身から抑えきれないドヤ顔オーラが滲み出る。
ユウ以外が誰もそれに気が付かないのは、もしかして何かの陰謀だろうか?
とにかく、周囲はそんな彼女を褒め称えるばかりだ。
その中で一人、エルネストだけは目が点になりそうだった。
「……どうしたの?」
異変に気がついた副官モニカが、珍しい表情をしている彼の顔を覗いた。
「いやなんでもない……」
(今のって……、ウインドホイール……、だよね?)
異世界勇者の高い魔力のせいか、威力は別物のように変わっているが、サキが使ったのは間違いなくウインドホイールという魔法である。
この世界では別に珍しくもなんともない、至極普通の魔法だ。
だが……。
魔法というのは、本来長い詠唱を行うことで発動するものだ。
熟練者であれば詠唱を省略して魔法名だけで発動することも可能だが、しかし口にする魔法名そのものは正確でなければならない。
そうだ。
あれがウインドホイールという魔法である以上、ウインドホイールと言わなければ魔法は発動しないはずなのだ
だからこそ、魔法に詳しくない他の者達は、サキがレインボーサイクロンなる未知の魔法を使ったと判断したのである。
というわけで、エルネストはこう思った。
(あの子、なんで全然違う名前叫んでるんだ……?)
視線の先では、サキが更に次の魔法を使おうとしている。
後ろにいるユウの表情が冴えないのは気のせいだろうか?
「さあドンドン行きますよー!」
(さあ! もっと相川さんを称えなさい! さあさあさあ!)
「はあ……」
森の奥からモンスターが出てきた時に備えてサキのすぐ後ろに待機していたユウは、彼女の周囲から漏れ出るドヤ顔オーラを見ながらため息をついた。
いや、だから本当にどうしてまだ彼女のポンコツが露呈していないのか、不思議で仕方がない。
そんなユウを尻目に、サキは再び杖を構えた。
「スカイラブハリケーン!」
先ほどとは違う魔法だ。
直径数十メートルほどの平たい竜巻が、刃となって大木を根本から切っていく。
それを見て、エルネストは再び脱力した。
(いやあれ、絶対にトルネードディッシュでしょ……)
だからどうしてお前は全然違う名前を叫んでいるのに魔法を使えているのか、という話である。
そしてその後も、サキが本来の名前で魔法を使うことは一度もなかった。
「はあ……」
「さっきからどうしたの?」
モニカも魔法には詳しくない。
たぶん彼女もまだ、サキの魔法がおかしいことに気がついていないのだろう。
「なんでもないよ……」
なんだかいつもより余計に疲れた気がする。
エルネストはもう、そのことについて深く考えるのをやめることにした。
★
そもそも、なぜ『聖女』ルシエラを復活させるのかといえば、それは『魔王』コルドウェルの驚異への対抗策としてである。
もちろん裏には女神教と勇者教、あるいはノワルア王国とニアクス王国の政治的駆け引きもあるわけだが、表向きの理由はあくまでも対魔王だ。
『魔王』コルドウェル。
『青鬼』グルナラ。
『天空竜』ド=ナシュ=ラク
その驚異が未だ健在である以上、聖女復活が急がれることは決して不自然ではない。
というわけで、サキが疲れて休憩に入った後も、他の者達が総出で木々を切り倒し続けていた。
幸いにして強力なモンスターが森の中から出現することもなく、作業は順調だ。
サキや他の魔道士に良い所を取られたせいか、今はエイジとヒデオの二人が競うように先頭を進んでいる。
一般兵の皆さんも斧で地道に大木を切り倒したり、邪魔な木を運んだり、しっかりと仕事をこなしていた。
どうやらエルネストの思惑通りに森の迷宮化現象は抑制されているらしく このペースでいけば、一週間ほどで『聖女』ルシエラが封印されていると考えられる場所に到達できるだろう。
と、そんな様子をユウは後方から眺めていた。
ユウは威力以前に魔法そのものが使えないので、疲れて休んでいるサキの世話係だ。
二人は少しずつ前進する部隊の最後尾から離されない程度に、休みながら移動していた。
休憩が終わったら、またサキが魔法を使うことになるだろう。
(……あれ? もしかして俺がいる意味って……。)
ユウは気付いてしまった。
今の所、自分は作戦に何も貢献していないということに。
このままだと陰で何を言われるかわかったものではない。
しかし手伝える事が見当たらないのもまた事実。
魔法も使えないし、オリジナルの優に準拠する肉体では力仕事だって足を引っ張るだけだ。
せめて勇者の力があれば話は違ったのだが……。
「これが格差社会か……」
この世界において、勇者とは特別な存在である。
ユウはその事実を改めて実感した。
「あの、ユウさん? ちょっといいですか?」
「ん?」
その時、サキがユウの服を掴んだ。
どういうわけか、まるで恋する乙女のようにモジモジとしている。
「ちょっと行きたいところがあるので、ついてきて貰っていいですか?」
「え? 行きたいところ?」
ユウは首を傾げた。
だってここは森の中だ。
……いったいどこに行きたいというのだろうか?
そう思ってサキを見てみると、彼女はなぜかいつもよりも少し内股になっていた。
太ももがなんとなく震えているような気がする。
「その……、お花摘みに……」
「お花摘み……?」
ユウの記憶というのは、オリジナルの遠武優がこの世界に来た直後のものを引き継いでいる。
そしてそのオリジナルというのは、前の世界で女の子との会話が全く無かった少年だったわけで、”お花摘み”という単語の意味を即座に理解できなかったのは、ユウ本人のせいではなくてオリジナルが悪いに違いない。
そうだ、きっとそうに違いない。
「ちょっとお茶を飲みすぎたみたいで……」
「ああ……。そういえばお前、バカスカ飲んでたもんな。」
サキの言葉から、ユウはお花摘みという言葉の意味を推測した。
少し前まで、利尿作用のあるお茶を喜んで飲みまくっていたのだ、この子は。
「って言っても、どうする?」
繰り返すが、ここは森の中だ。
こんな場所にはお手洗いはない。
キャンプの場所まで戻れば簡易トイレがあるが、結構距離が開いてしまっている。
そこに行くまで、サキは我慢できるだろうか?
……結論からいうと、無理だ。
というわけで、その辺の草むらとかで”する”しかない。
両側にはまだ森が手付かずで残っているから、そこに入れば見られる心配はないだろう。
ただ……。
「ちょっと怖いからついてきてください。……ちょっとだけ、怖いから」
サキはそう言って森の方を見た。
深い森は空からの光を寄せ付けず、奥の方は真っ暗だ。
……何か出そうである。
「私がお花摘みに行ってる間、少し見張っててくれませんか?」
「え? 俺が見てる前でするのか……? お前、まさかその年でそんなディープなプレイを……。」
「……違いますよ。ユウさんと一緒にしないでください」
サキは変態を見るようなジト目で変態を見た。
……違う。
サキは変態を見るようなジト目でユウを見た。
「冷たい。サキの視線がすごい冷たい。」
★
森の迷宮に少しだけ入ったところで、サキは小さなお花を摘んでいた。
本人の名誉のために、大きい方ではないとだけは言及しておこう。
「ユウさん、いますか?」
「いるよ。」
「ユウさん、いますか?」
「いるよ。」
サキは森の奥の暗闇に怯えていた。
昔から、幽霊とかそういうのが苦手な質である。
というわけで茂みの隣で待機しているユウを時々呼びながら、大急ぎでお花を摘んでいた。
ユウはユウで、帰り道を間違えないように物音がする方向に注意を向けている。
ここは森の迷宮。
油断すれば少し入り込んだだけのこの距離でも、帰れなくなる可能性はある。
「ユウさん」
「いるよ。」
「恥ずかしいから聞き耳立てないでください」
「……。」
世の中とは不条理なものだ。
サキが近くにいて欲しいというから近くにいるというのに、ユウは女の子のお花摘みに聞き耳を立てる変態扱いになってしまった。
いや、本当に不条理である。
「じゃあ、俺は先に戻ってるから。」
「わ―! 待って待って! 行かないでください!」
サキは森の中で一人にされそうになって、慌てて草むらから顔を出した。
「いいですか?! 行っちゃダメですよ? ダメですからね?!」
「わかった、わかったから。」
ユウが逃げないことを確認した後、サキは再び頭を引っ込めた。
そしてお花摘みを終えて出てきたのだが……。
「ユウさん。戻りましょう」
「……。」
「……ユウさん?」
「あー。いや、その、なんというか……」
今度はユウの顔色が悪い。
まるで他人の大事な物をうっかり壊してしまったかのようだ。
「……どうしたんですか?」
「いや、さっきお前が頭を出した時に……、その、注意を完全逸らされたというかなんというか……。」
「もしかして……、帰り道、わからなくなったんですか?!」
サキの問いに対し、ユウは無言で頷いた。
先程までは聞こえていたはずの物音は、もうどこからも聞こえなくなっていた。




