3:『作戦会議』
聖女復活のための部隊が全て集まった後、それぞれの代表者が大きなテントに集められ、改めて会議が行われていた。
女神教からは総指揮官のエルネスト=ローランと副官モニカ=ブロイル。
ニアクス王国からは有力貴族レッドノート家の次期当主、ユール=レッドノート。
勇者教からは……。
「イリア=スタインだ」
「ヘルミナ=シャイニです」
二人の少女が名乗ったのを聞いて、エルネストは内心で眉をひそめた。
白と黒、さらに金色。
その格好を見れば、彼女達が勇者教内でどういう立場にいるのかは容易に想像がつく。
女神教にホーリーウインドというエリート実行部隊がいるのと同様に、勇者教にもやはり”そういう部隊”が存在するということだ。
エターナルウインド。
それが彼女達の属する部隊の名前である。
だがエルネストが気にしているのはそこではない。
この局面でエターナルウインドが出てくる可能性ぐらいは想定している。
予想外だったのは――。
(スタイン家にシャイニ家……。貴族のご令嬢か)
神官になった場合、貴族の地位は失われる。
故に神官になりたがる貴族はそうそういないのだが、逆にそれを利用して逃げ場として活用されることがある。
例えば跡目争いを避けたい場合などだ。
(これぐらいの年なら政略結婚要員として手放す理由はないはず……。相当な訳アリかな?)
スタイン家もシャイニ家も、名門中の名門とまではいかないが、それなりに歴史も伝統もある家柄だ。
彼女達と実家の関係はわからないが、もしも関係が良好だった場合、下手を打てば厄介なことになるのは見えている。
エルネストは勇者教に対しても先に挨拶をしておけばよかったと後悔した。
どうしてそうしなかったのかと言えば、それは異世界勇者サキ=アイカワとの勝負で時間を取られたからだ。
(まさかこれを狙って……、なんてことはないだろうな)
もちろんその彼女もこのテントに来ている。
サキ、ヒデオ、エイジという三人の異世界勇者とそのパーティも会議の参加者だ。
形式上はニアクス王国軍に属しているが、実質的な独立部隊と言っていい。
まだ正式な貴族位はないと聞いているが、それでも社会的な地位でいえば今回集まった中でも一番高いだろう。
(対抗できそうなのはレッドノート家の長男だけど、まだ当主になってないじゃ厳しそうだな……。まあもっとも……)
エルネストは隣に座っている中年の男を横目で見た。
「こ、今回、ノワルア軍の指揮官を務める、ロッシェンであります!」
(こっちが言えたことじゃないか……)
最後に自分の名を名乗ったロッシェン。
彼は明らかに集まった面子に気圧されていた。
ラストネームを名乗らなかったということは、身分は平民で間違いないだろう。
事前に話した限りだと、叩き上げでここまで地道にキャリアを重ねてきたそうだ。
政治的な感覚が無いために厄介事を押し付けられたというところだろうか?
緊張してガチガチに固まっている。
……ここまで頼りないと、逆に少し癒される気がしなくもない。
エルネストはこの場にいる者達の力関係を整理した。
(警戒の最優先は異世界勇者サキ=アイカワ。それにユール=レッドノートもだ)
先程から、ユウとユールの二人がチラチラと目線を合わせていることには、エルネストも既に気が付いている。
(やはりサキ=アイカワとレッドノート家は繋がっていると見て方が良さそうだ。ゴースト君は連絡役かな? 勇者教も間違いなく彼女に味方するだろうから……、やっぱり露骨に割を食わせるわけにもいかないか……)
女神教とノワルア軍の戦力は心許ないので、この作戦では彼女達に頑張って欲しいというのが本音だ。
しかしそれは諦めた方がいいかもしれない。
「さて、自己紹介も終わったし、そろそろ今回の作戦の話をしようか」
エルネストは回り道をせずに切り出した。
水面下での思惑はそれぞれあるだろうが、しかし表向きの目的は共通だ。
「既に聞いているとは思いますが、我々がここに集まった目的は一つ。この森の迷宮のどこかに封印されているであろう『聖女』ルシエラ”様”の復活です」
「ふん、本当にここにいるんだろうな?」
エターナルウインドの指揮官であるイリアが反射的に声を上げた。
その態度からはエルネストに対して、というよりも女神教に対しての敵対心が滲み出ている。
少々軽率ではあるが、しかし皆が気になっているのも事実。
「さあ? どうでしょうね?」
それに対し、エルネストはわからないといった様子で両手を天に向けた。
「なんだと?!」
「まあまあ、イリアさん」
立ち上がったイリアを副官のヘルミアがなだめる。
適正でいえば、まだ彼女の方が指揮官向きな気がしないでもない。
なんとなくエルネストに向ける視線に乙女のそれが混じっているのを除けば、であるが。
彼の後ろに立っていたモニカもそれに気が付いたらしく、若干不機嫌そうだ。
口元を少しだけムッとさせて、ジト目で黒髪の美少年を静かに睨んでいる。
「あくまでも聖女様がいる可能性が高いというだけです。我々だって、別に確信があってここまで来たわけではありませんよ。絶対で無ければならないというのなら、参加して頂く必要はありません。駐留さえ認めて貰えれば、後は我々だけでやります。……元々そのつもりでしたしね」
イリアの発言から事情を見抜いたエルネストは、少し強気に出てみた。
もちろん少しだけだ。
彼の表情はむしろ意図的に柔和である。
「そ、それは……」
案の定、口ごもるイリア。
それは強気に出られたからなのか、あるいは美少年に見つめられたからなのか。
背後からエルネストに注がれるモニカの視線が、一層冷たくなった。
どうやら彼はまだ気が付いていないらしい。
(『聖女』復活と『魔王』討伐は勇者教にとっても重要事項。ここでウチに先を越されるわけにはいかないはずだ。ま、引き下がれないよね)
そういう意味ではニアクス王国も同じ。
エルネストは視界の隅でユールを捉えた。
(まさか国内で僕達に好き勝手やらせるわけにもいかない。そうでしょう? 次期レッドノートの当主様?)
「少なくとも試してみる価値はある……、ということでいいのか?」
そんなエルネストの視線の意味を理解したのか、ユールは作戦に前向きな姿勢を示した。
そして彼の発言の裏の意味を、エルネストもまたしっかりと理解した。
「その通りです」
『聖女』復活に貢献したとなれば、レッドノート家の影響力もユール個人の影響力も高まるというものだ。
その意味で”試してみる価値はある”。
「なら異論はない。我らニアクス王国は聖女復活作戦に参加する。……積極的にな」
もしも『聖女』が見つからなかったとしても、ノワルアと女神教の動きを監視していれば最低限の仕事はしたことになる。
少なくとも分の悪い勝負ではないはずだ。
「わっ、我々もだ! 我々ももちろん作戦に参加する!」
ユールがあっさりと乗ったことに焦ったのか、イリアは慌てた。
レッドノート家は彼女の実家であるスタイン家よりも遥かに格上だから、勝ち馬に乗り遅れるとでも思ったのだろうか?
いや、むしろ彼女としてはユールの方が好みなのかもしれない。
だがとにかく、このままでは『聖女』復活に勇者教だけが絡んでいない、などということになりかねないのは事実だ。
それにしても――。
(なんでこんな子を指揮官にしたんだろう……)
エルネストとしても疑問である。
女に政治は向かない、という言葉の意図と裏を読む政治感覚も無さそうだ
逆にエルネストの中での評価を上げたのはユールか。
彼の力量がどの程度のものかはまだわからないが、それでもレッドノート家の次期当主なだけあって、大きな隙は見せていない。
「他に異論はありませんか? なければ話を進めさせて貰いますよ?」
そう言って、エルネストは腰の魔法袋からこの周辺の地図を取り出した。
★
「つまり、俺の出番ってわけだな?」
エルネストの説明を聞いて最初に声を上げたのは異世界勇者のヒデオだった。
彼はサキと一緒にこの世界へと召喚された一人である。
「流石はヒデオ様! 余裕ですね!」
すかさず合いの手を入れる治癒士の少女カティ。
相変わらず彼女はヒデオに夢中らしく、安定のさすひで状態だ。
「勇者は別にお前一人じゃないだろ」
「なんだと?」
異論を唱えたのは同じく異世界勇者のエイジだ。
二人の少年の視線が激しくぶつかり火花を散らす。
「森の迷宮はその名の通り、森全体に迷宮化の魔法が掛かっている。だから魔法の発動条件になっている木々を、片っ端から切り倒していこうということですね?」
他の二人がいがみ合っている横で、サキは冷静に作戦を纏めた。
何も知らない者達から見れば、異世界勇者は馬鹿な少年が二人と優秀な少女が一人と判断することだろう。
……実際はポンコツが三人なわけだが。
「ええ、つまりそういうことです」
エルネストはサキの要約に頷く。
「人力で切ってもいいんですが、太い木が多いので効率が悪いでしょうし、魔法を使った方がいいでしょう。これだけ勇者がいるのであれば活用しない手はありませんからね」
要は言い方の問題だ。
今回の参加者の中で、勇者は三人の異世界勇者とそのパーティしかいない。
そしてその彼らを中心にするならば、当然のように近しい者達が自然と連携を取ることになる。
つまり彼らが所属しているニアクス軍と、勇者との距離を縮めたい勇者教が。
エルネストは労力が必要な作業を彼らに押し付けようとしているわけだ。
そんな彼の意図に気が付いたのか、エイジパーティの魔法使いハインは苦い表情をしている。
ユールも面倒な仕事を避けるのにいい口実はないかと、思案しているようだ。
だがそれよりも異世界勇者の動きの方が早かった。
「ふっ、それぐらい、俺一人で十分だぜ」
「お前じゃ力不足だ。俺がやる」
水面下での駆け引きには全く気が付くことなく、ヒデオとエイジは互いに張り合っていた。
「流石は異世界勇者様。我々も是非お供させてください」
「ええ。異世界勇者様のお役に立てるなんて、これ以上の栄誉はありません」
そんな彼らを、今度はエターナルウインドの少女二人が持ち上げる。
勇者教というのは勇者第一の宗教なわけだから、勇者の中でも頂点に位置する異世界勇者ともなれば神に等しい感覚なのだろう。
かわいい女の子二人のおだてられて気を良くした少年二人。
それに対して、今度はカティが少しムッとした表情に変わった。
(ん?)
サキがユウに顔を近づけて何か相談を始めた。
もちろんそれを見逃すエルネストではない。
(仕事を他の勇者に押し付ける算段でもしているのかな?)
サキのパーティには勇者ではないユウがいるから、それを口実として利用するつもりだろうか?
(ユウさん、このお茶おいしいですよ。少し貰って帰りましょうよ!)
(あ、ああ……。そうだな……。)
てっきりこちらも真面目な話をするのかと思ったユウは、小さく頷くのが精一杯だった。
サキ、お前はいいのかそれで……。
「サキ様はいかがです? 異世界勇者様が三人揃えば、敵などいないと思いますが」
そんな彼女を、紫髪のイリアは少し興奮した顔で見た。
勇者教主導で召喚された異世界勇者三人の共演に、本気で胸を躍らせているようだ。
やはり勇者第一の宗教だけあって、異世界勇者という存在に心酔しているらしい。
(幻想だよそれは……。)
ユウは静かに溜息を吐いた。
どこの世界に、毎晩自分のよだれで窒息死しそうになる勇者がいるというのか。
……まあここに一人いるわけだが。
「そうですね。私も皆さんがいれば心強いです」
外面の良さは安定のサキ。
会話など聞いていなかったはずなのに、彼女は見事に無難な答えを返して見せた。
そして内面はもちろん――。
(相川さんが輝く時が来ましたねぇー! よーし! みんな相川さんについてこーい!)
……こちらも平常運転だ。
さて、僅かに鼻息が荒くなったサキに呆れながら、ユウはここでどう動くべきかを考えていた。
平民である自分がここにいるのは、あくまでもサキのパーティの一員だからだ。
同じ平民であるはずのノワルア軍の指揮官が肩身狭そうに座っているのを見る限り、迂闊な発言は控えた方がいいだろう。
表向きはともかくとして、自分の意見が実際に作戦内容まで反映される可能性は極めて低い。
(熊には追いかけられたけど、他にやばそうな猛獣とかはいないみたいだったし、迷わなきゃなんとかなるか……。)
以前に目覚めたばかりの時、ユウはこの森の迷宮に入っている。
だから中の様子をある程度は知っている。
そう、”迷わなければ”大丈夫だ。




