2:『サークルフィールド』
ニアクス王国にある、森林地帯。
通称”森の迷宮”と呼ばれる場所の少し手前には、聖女復活のための部隊が集結していた。
ノワルアとニアクス、さらに女神教と勇者教の各陣営から数百人単位で人が送り込まれ、合計で一千人を超える規模になっている。
(はあ……、嫌になってくるねこれは)
先に到着して野営の準備を進めていた他陣営の部隊を見ながら、エルネストは溜息をついた。
当然だ。
この連合軍のトップを押し付けられた彼は、これから各陣営の責任者との折衝を行わなければならない。
女神教だけで構成された部隊のように、”福音持ち”の強権発動とはいかないのである。
「どうしたの?」
そんな彼の顔を、赤い髪の少女が覗き込んだ。
エルネストの秘書兼護衛、モニカである。
まるで指揮官の経験がない彼女だが、巻き添えを食らって今回の副官に任命されている。
「なんでもないよ」
そう答えつつ、エルネストは他の三つの陣営の方向に視線を向けた。
(事前情報だと、ニアクスには最近になって召喚された異世界勇者が三人。勇者教は“エターナルウインド“が出てきたって言うし……、厄介だねどちらも)
女神教の精鋭部隊としてホーリーウインドがあるように、勇者教が有する精鋭がエターナルウインドだ。
虎の子とも言える自前の異世界勇者を全員投入してきたニアクスも然り、両陣営の本気度が伺える。
それに対してこちらはどうかと言えば、女神教はホーリーウインド無し、ノワルア軍も数こそ一番多いが、全て一般の部隊だ。
これでは相手の戦力を当てにしていると取られても仕方が無いだろう。
「どれ、そろそろ挨拶にでも行こうか」
「うん」
一番面倒そうなのは、やはり勇者教だ。
先日に起こったノワルア王国による伝説勇者の無断復活が尾を引いている。
(せめて壊滅してなければね……)
やったのは女神教ではないが、その矛先がこちらにも向くであろうことは想像に難くない。
憂鬱な気分を引きずったまま、二人はとりあえず一番近くにいたニアクス軍のところへと向かった。
「ん? あれは……」
既に野営の準備をしていたニアクス軍。
臨戦態勢で出迎えられなかったのを信頼されている証と見るべきか、あるいは単に抜けていると見るべきか。
エルネストはそんな彼らの中に、予想していなかった人物の姿を見つけた。
★
ニアクス軍の野営地では、早々にテントを張り終えてしまったサキとユウがオセロのようなゲームをしていた。
サキパーティは二人しかいないため、その分だけ早く準備が終わってしまったのである。
周囲はまだ作業をしているが、『異世界勇者様に手伝わせるなんてとんでもない』らしいので仕方がない。
「どうやらまた私の勝ちみたいですね」
(どや!)
「なん……、だと……。」
ユウは自分の石を手に持ったまま固まった。
このボードゲーム、基本的なルールはオセロと同じだが、盤面が四角ではなく円形になっている。
そして盤上は既に白一色。
つまりサキの勝ちであると同時に、ユウの詰みである。
「これで相川さんの十連勝ですね! ふっ……、敗北を知りたい」
(どやどや!)
遠目に見れば普通に見えるサキ。
しかし脳内にいるもう一人の方は、大変に得意げな表情である。
「ぐぬぬ……。」
と、女神教の服を着た二人が話しかけてきたのはそんな時だ。
「失礼」
「ん?」
「指揮官の方に御挨拶したいんですが……、どちらにいらっしゃるかな?」
(こいつは……。)
それがモニカを連れたエルネストだとわかった時、ユウは内心で警戒の色を濃くした。
表面的には互いに初対面だが、実際には面識がある。
なぜなら、目覚めたばかりのユウを迎えに来たのが、エルネスト達だった。
当時は何も知らずについていって殺されたのを、今もよく覚えている。
死に戻りによって、その事実は既に無かったことにはなっているが……。
(あの時点で俺のことを知ってたってことは、当然今も俺のことを知ってるわけだろ?)
ユウは警戒心を表に出さないように注意しながら、エルネスト達を見た。
一時的とはいえ、今は互いに味方陣営だ。
「指揮官の人ですか? それならあの人ですよ」
何も知らないサキは、いつも通りの優等生な顔でニアクス軍の指揮官を指差した。
エルネストよりは年上に見えるが、それでも指揮官としてはかなり若い青年だ。
「ありがとう」
(向こうも厄介事を押し付けられたクチかな?)
話のわかる相手であって欲しいなどと考えながら、エルネスト達はそのまま立ち去ろうとした。
「待ってください」
「ん?」
そんな二人を、やや演技掛かった素振りでサキが呼び止めた。
その育ちの良さそうな表情と態度は、ユウにとって違和感しか無い。
「別に急ぎではないんでしょう? 一勝負いかがですか? ちょうど、もう少し強い相手が欲しかったところです」
そう言って、ユウを完封したままの盤面を指差すサキ。
「へぇ?」
周囲の空気に緊張が満ちる。
エルネストはサキの誘いを、腹の探り合いと受け取った。
「サークルフィールドですか。僕も子供の頃はよくやりましたよ」
ユウが黙って彼に席を譲る。
それにしても、この段階に至ってまだサキのポンコツっぷりがユウ以外にバレてないというのは、大変に驚くべきことではないだろうか?
(サキの奴、どういうつもりだ?)
エルネストの事を、ユウはサキに伝えていない。
しかし女神教は潜在的に敵だと知っているはずだから、ここで少しでも情報を得ておこうと考えた可能性はある。
ユウとしてはあまり関わりたくない相手ではなるのだが……。
愛想笑いを浮かべて向かい合うサキとエルネスト。
ユウとモニカも、それぞれの背後に立って向かい合う。
(ふっふっふ、相川さんのオセロの強さを見せつけてあげますよぉー! 相川さんがオセロ女王と呼ばれる日もすぐそこですねぇ―!)
……サキは単にオセロをしたいだけだった。
しかしそんな彼女の胸中など露知らず、他の三人はいたって真面目に盤面を見ている。
いや本当に、この段階に至ってもまだサキのポンコツっぷりが発覚しないというのは、これこそが真の奇跡なのではないだろうか?
「さあ、お好きな色をどうぞ?」
(相川さん、強者の余裕が決まったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!)
「そうかい? それじゃあ、お言葉に甘えて……」
エルネストは石を一つ取ると、盤上のど真ん中に黒を打った。
★
さて、サキとのオセロ勝負で軽快に二十戦全勝したエルネストは、ニアクス軍の指揮官の所へと向かった。
(良いように打たされたな……)
勝負には勝ったが情報戦で負けた。
それが彼の中での結論だ。
なぜなら、この手のゲームというのは指揮官としての適性と相関があるからである。
もちろん完全に一致するわけではないのだが、それでも相手の能力を推測する上でに有用な材料にはなってしまうわけだ。
これから連合軍の指揮官をする手前、手を抜いて舐められるわけにもいかないエルネスト。
それに対して、サキは本気を出す必要性が全く無い。
彼女が負けても負けても次の勝負をしたがったのも当然だ。
やればやるほど、ほぼノーリスクで相手の能力を見定める事ができるのだから。
(本人は弱い振りを装ってたけど、例のゴースト君を確保していることを考えれば、間違いなく確信犯だ。異世界勇者サキ=アイカワ……、油断出来ない相手だな)
直接見たわけではないが、ユウが中央教会で戦った際の暴れっぷりに関してはエルネストも知っていた。
彼女はそれを自分の味方として早々に確保したわけだ。
女神教の中枢にしか影響力のない”福音持ち“とは異なり、異世界勇者の社会的地位は世界全体に通用する。
おまけに勇者教にとって歴史ある最初の三人の内の一人となれば尚更だ。
こうなってしまえば、あまり露骨にユウに手を出すわけにはいかない。
(レッドノート家に確保された時も危なかったけど、今回はそれ以上だな)
エルネストはサキを相当な策士だと判断した。
二十連敗のショックで口から魂が抜け出そうになっているサキを見ても、それが演技だとしか思えない。
どうやらモニカも似たような判断に至ったようで、口元が少し険しい。
「失礼、指揮官に挨拶に伺ったのですが……」
エルネストは、サキが指揮官だと指差した青年に直接声を掛けた。
「ああ、私だ。……ユール=レッドノートだ。よろしく頼む」
「エルネスト=ローランです。こっちは副官のモニカ=ブロイル」
自分の名を名乗りながら、エルネストはいよいよこの仕事を投げ出したくなった。
レッドノート家と言えば、例のゴーストロッドを破壊した連中とつながっていると言われている貴族ではないか。
いや、言われているどころか確実につながっている。
握手に応じてくれそうな気配が無いのは、こちらに対して友好的ではないからか?
あるいは……。
(僕の福音について知ってるのかな?)
どちらにせよ厄介な仕事になりそうだ。
エルネストは愛想笑いを浮かべながら、一瞬だけユウの方向を見た。




