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俺の本物を殺しに行く  作者: いらないひと
第一章:魔王復活編
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13:『なぜだろうか、分の悪い勝負に心が躍るのは』

 さて、時間はユウがサキの横で眠った頃に遡る。

 別の建物の屋根の上から、彼らが眠る宿を見ている二人の男がいた。


 小柄な老人ゴアと白い仮面の男ジノーヴィーだ。

 例によって彼らの周囲は光学的な障壁で覆われ、二人の存在に気がつくものはいない。


「こういうのに関しては、本当に全く成長せん子じゃのう……」


「あ、ああ……。」


 二人の間に、呆れと戸惑いの入り混じった空気が漂う。


「これも一種のジェネレーションウォールと言えなくもないが……。『レゾンデートル』が順調に見えるの比べると……、のう?」


「それを俺に言うな……。」


 ジノーヴィーの仮面の奥にある目が、どこを見ているかは定かではない。

 しかしそこに普段ほどの力強さがないことは明らかだろう。 


「さっきので死に戻った回数は二千を超えた。つまりはそれだけ死線を知ったことになる。リスクはかなり高いが、ひとまず狙い通りといったところじゃろうて」


「そしてこの後は『聖女』の参戦か……。こうして見ると、頭が痛いな……。投げ出したい気分だ。」


「若者が情けないのう。猫でも触りに行ってくるか?」


 ゴアはそう言うと、親指で眼下の少し離れた場所を指した。

 その先には野良猫達が集まっている。


「……ちょっと餌買ってくる。」


 この時間だと普通の店はしまっているので、居酒屋で買って持ち出すぐらいしかない。

 ジノーヴィーは腰の辺りで異空間に手を差し込んだ。

 この世界の通貨が無いかとゴソゴソ探るが、しかし目当ての物が中々見つからない。

 

「なんじゃ、餌も金も持っとらんのか?」


「いや……。確か、札が残ってたはずなんだが……。」


 この世界では、硬貨の他に紙幣も使われている。

 端的に言うと、一定量の貴金属が封印された魔法券だ。

 仮面の青年はそれの残りがまだあったはずだと思って、プライベート空間を探ったのだが……。


「……ない。」


「無一文か。完全にヒモ男じゃの」


「ちょっと待て、その言い方はおかしいだろ。共通通貨ならちゃんと持ってるんだ、ほら」


 ジノーヴィーは、慌ててこの世界で使えない紙幣を取り出して見せた。

 どうやらヒモ扱いは嫌らしい。


「ここで使えないんじゃ同じことじゃわい。ほれ、これをやろう」


 ゴアは自分のプライベート空間に手を突っ込むと、キャットフードの箱を取り出してジノーヴィーに放り投げた。


「これ、高いやつだろ? 流石は金持ちだな。」


 早速とばかりに中身を取り出すと、癒やしを求めて野良猫の群れに向かっていったジノーヴィー。

 仮面で表情が全く見えないとはいえ、その顔が嬉々としていたことは間違いない。


★ 


 その猫は、平原を東に向けて歩いていた。


 穢れなき純白の体毛、馬よりも大きな体躯。

 長くて太い尻尾は気怠そうに垂れ下がっている。


 彼はふと立ち止まると、その黄色い瞳で北の方角を見た。

 その方角に、どこか懐かしいものを感じる。


「ん? どうしたエニグマ?」


 背中に乗っていた青年ダーザインは、猫の尻尾以上に怠そうな様子で下を見た。

 これでも結構凄腕の冒険者なのだが、全くやる気を感じさせない様子からそれを推測することは極めて困難だ。


「なんでもないよ。そろそろ干し肉以外の肉が食べたいと思ってね」


 エニグマは飼い主にそれだけ答えると、再び歩き出した。 

 しかしなんでもないと言った割には、目線が北に流れている。


(ド=ナシュ=ラク達か。懐かしいな)


 『大猫』はかつての日々に思いを馳せた。


 このリーンという世界の歴史の中でも、おそらくは最も激しく殺し合った時代。

 力を持つ者の主張こそが正義という、酷くシンプルな時代だった。


 しかしそれこそが世界の本質でもある。


(そうさ。力を手に入れれば、ボク達だっていつかは……)


 エニグマは再び正面を見た。

 先程よりも、尻尾の位置が少しだけ上がっている。


「あー疲れた。今日はこの辺で終わろうぜ?」


「まだ昼前じゃないか。それに歩いてるのはボクだけだよ?」


「同じ姿勢で乗ってるだけってのも疲れるんだよ」


 大猫の背中にまたがったままで、ダーザインは上体をうつ伏せに倒した。

 もうこのまま寝てしまう気だろう。


 というか、寝た。

 倒れてからまだ二秒ほどである。


「……色々と台無しだよ」


 溜息をついた猫の尻尾は、先程までと同じ高さまで下がっていた。


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