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俺の本物を殺しに行く  作者: いらないひと
第一章:魔王復活編
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9:『挑戦するというのと不要なリスクを抱え込むというのは明確に違う』

「な、なんということだ……」


 金色の竜に蹂躙されるノワルア軍。

 後方にいた司令官は、その様子をただ呆然と見ていた。

 

 竜は強い。

 そんなことはわかっている。


 だが、それはあくまでも単体戦力としての話だ。

 数百人規模ならばともかくとして、万にも届くような軍勢が一匹に蹂躙されるなど、聞いたこともない。


 魔王コルドウェル、青鬼グルナラ、そして天空竜ド=ナシュ=ラク。

 その戦力は圧倒的で、それを敵にする彼らにとっては、現状はもはや絶望的という以外の表現が見当たらなかった。


 この世界に生きてきた者達の感覚では、勝負は決したと言っていいだろう。

 ……そう、この世界に生きてきた者達の感覚では。


「どうやら、俺の出番みたいだな」

 

 ニアクス軍の中央にいたエイジは余裕の笑みを浮かべた。

 戦う前から自分の勝利を信じて疑わない、まさにそんな表情だ。


「おいおい、冗談だろ?! あんなもん、いくらなんでも無茶だぜ?!」


 異世界勇者エイジのパーティで一番の常識人を自称する魔法使いハイン。

 彼はエイジが何をしようとしているかを理解して慌てて止めた。


「何を言ってるんだ。こういう時こそ異世界勇者の――」


「おい、ヒデオ達が行ったぞ」


「あっちは戦る気みたいね」


 魔法戦士クレメルと治癒士アンリが、味方陣営の右翼から飛び出していくヒデオ達に気がついた。

 どうやら向こうも同じようなことを考えたらしい。


 ヒデオのパーティには、ハインのような常識人()はいないので、早々に意見が纏まったようだ。

 リーダーであるヒデオを筆頭に、四人の勇者が国境の向こう側を目指して走っていく。


「抜け駆けはさせるか! 俺達も行くぞ!」


「あ! おい、待てって!」


 静止を振り切り、エイジもまたヒデオ達に遅れて走り出した。


「……ええい! どうなっても知らねぇぞ?!」


「それはもう今さらでしょ」


「そういうことだ」


 他の三人も諦めて後に続く。

 結局のところ、このパーティで一番の決定権を持っているのは異世界勇者であるエイジだ。

 故に彼が行くと言ったら、もう行くしかないのである。


 ニアクス王国によって同じ世界から同時に召喚された異世界勇者”四人”。

 内容はともかくとして、その内の二人が走り始めた。



「ダメです! 相川さんは命を大事にする主義ですから! 生きとし生けるものを慈しむとかそんな感じの主義ですから!」


「俺はまだ何も言ってないぞ……。」


 猛威を振るう天空竜の元へと向かった二つのパーティと、それを見送ったサキパーティ。

 自分達はどうしようかと、ユウが彼女に視線を向けた直後の反応がこれである。

 先行した彼らとは違い、三人目の異世界勇者様は及び腰だ。


「だいたい、いつの間にそんな思想家になったんだよお前は? 昼だって魚は捕れたてがいいとか言って、俺の分までおかず食ってただろ。」


 おかげでユウの昼のメニューは、パンにサラダに野菜スープという、知らない人が見たらベジタリアンかと思いそうなラインナップになってしまった。

 ああ、もっと胃にどっしりとくる物が食べたい。


「さっきです。なんかこう、プレアデス的な方角から天啓が降ってきました。っていうか、さり気なく相川さんを大食いキャラにしないでくださいよ」


(プレアデスってどの方角だよ……。)


 拗ねたようにジト目で口を尖らせたサキ。

 心外だといいつつ、彼女は何があっても絶対に行かないという、強い意志を見せた。

 大変な危険が待っているのがわかっている以上、これが普通の感覚なのかもしれない。


(……いや、ないな。)


 ユウの中では、どう頑張っても普通とか常識的とかいう類の単語が目の前の美少女と結びつかなかった。

 これがアホの子とかポンコツとかなら納得なわけだけれども。


「……?」


 本人基準では真剣な眼差しでユウの目を見るサキ。

 ……かわいいは正義だ。

 かわいければ大抵のことは許される。


 この世界に来るまでは、彼女が出来る気配すら無かった少年、遠武優。

 そのコピーとして生まれたユウが、まさか至近距離から放たれる美少女の眼力に抗えるわけもなく、というわけで彼はあっさりとサキの意見を飲んだ。


 そもそも彼女のヒモ――、もとい彼女に雇われている身であるユウに反論する権利があるのか、という話ではあるのだが……。


(ふっ、勝った! 相川さんの目力がついにユウさんの荒んだハートを貫いてしまいましたよぉー!)


 一人で鼻息を荒くしたサキ。

 少し離れているとはいえ、ここは戦場であり、今は一応戦闘中である。


 その割にイマイチ緊張感に欠けるのを、果たしてサキ個人の資質と言い切って良いものかどうか。

 真面目と不真面目、謹慎と不謹慎、命の掛かった場面では真剣な方向に傾く点では変わらないとはいえ、その均衡点の位置はどの世界でも同じとは限らない。

 

「でも、本当に大丈夫なのか?」


 ユウは不安な目で先行した二つのパーティを見た。

 彼らの向かう先には、先程までこちらと睨み合っていた魔王軍の部隊がいる。


 街を迂回して撤退しようとしている彼らだが、その移動速度を考えると、恐らく一瞬だけヒデオとエイジ達の射程圏に入るはずだ。

 問題は、その事実を相手がどう見るかである。


 ノワルア軍を蹂躙中の竜は、天に舞い上がる度に必ずと言っていいほど、こちらに視線を向けてきている。

 友軍に迫る危機も既に察知していると考えていいだろう。


 こちらが手を出さなければ、ノワルア軍壊滅後に魔王軍が撤退、そしてユウ達を含むニアクス軍は無傷で終わるのが自然なシナリオだが……。


(あいつらが手を出せば、こっちに火の粉が飛んでくるのは避けられない。露骨に魔王軍を追撃する素振りを見せたら、あの竜がこっちに来るぞ……。)


 今からでもエイジ達を止めに行くべきかどうか。

 ユウの脳裏に選択が過ぎる。


(今からで間に合うか?)


 仮に止めるとすれば、おそらくは言うことを聞かない彼らを実力行使で戦闘不能にする以外にないだろう。

 彼らは社会的な地位のある異世界勇者、対するユウはただの平民だ。


 ユウはちらりとサキを見た。

 しかし実際にその行動を取った場合、やはり同様の理由で彼女の立場が危うくなることは想像に難くない。


「仕方ないな、ここにいるか。」


「ふふん!」


 自分の美少女の魅力でユウを陥落したと思っているサキは、鼻息を荒くして大変ご満悦のようだ。

 しかしそんなことをしている間にも、戦いは続いている。


 国境の向こう側では、金色の竜がとうとうノワルア軍を喰らい終えた。

 大気を満たす咆哮と共に、その敵意が矛先を変える。

 

「こっ、こっちに来るぞ!」


「迎撃準備!」


 一般的に、竜の知性は人間よりも低い。

 さらに彼らはド=ナシュ=ラクの視線にも気がついていなかったが故に、ニアクス軍の兵達は、エイジ達が先行したことが相手の行動を誘った原因だとは理解していなかった。


 国境の向こう側で青い雷が大地を走る。

 撤退する魔王軍の背後に迫ったエイジ達を止めようと、彼らの前には『青鬼』グルナラが降り立った。


 各々の武器を抜き、戦闘態勢に入るエイジ達。

 しかし金色の竜と青い魔族はその場で何かを相談をし始めた。 


 伝説勇者の一団を単騎で壊滅させた『青鬼』グルナラ、そしてノワルア軍を蹂躙した『天空竜』ド=ナシュ=ラク。

 ここは大規模破壊魔法の使い手である『魔王』コルドウェルがいないことを喜ぶべきだろうか?

  

「ギャゥォォォォォォォォォォォォォオォオォオォオォオォオォオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


「――!」


 短い相談を終えた天空竜が、威嚇とばかりに咆哮を上げ、大気を震わせた。

 その暴音に、人々が思わず耳を塞ぐ。

 

「どれ、それでは殿と行くか。背中を借りるぞ、ド=ナシュ=ラク」


「はっはっは! やはり”強い奴”がいると胸が躍るな!」


 体に纏った赤いオーラを収めたド=ナシュ=ラク。

 彼は頭の上にグルナラを乗せると、そのまま一気に加速してニアクス軍へと向かって飛び始めた。


「あっ! おい! 待てっ!」


 虚を突かれたのはエイジ達だ。

 てっきり戦うことになると思ったグルナラが、後方の味方へと向かって行ってしまった。


 一度足を止めてしまったので、今からでは撤退する魔王軍に追いつけるかどうかもわからない。

 つまり周囲に仕掛けられそうな敵がいないわけだ。


 彼らは今、残存する戦力の中で浮いた状態にされてしまった。


「ど、どうする?」


「どう、って私に言われても……」


 彼らの近くに敵はいない。

 エイジパーティの常識人()を自認するハインは、治癒士のアンリを顔を合わせた。


「ひ、ひぃぃぃぃ!」


 天空竜が迫ってくることを確認したニアクス軍の兵達の中から、悲鳴が上がった。

 遠目ながらもノワルア軍が敗退した様子を見ていた彼らは、完全に腰が引けている。


 当然だ。


 ニアクス軍の戦力は、数の上ではノワルアよりも少なく、質の面でも特筆すべきは異世界勇者が率いるパーティ三つだけ。

 これで勝ち目があると思う者はまずいないだろう。

 

「ゲーマルクは俺の故郷なんだっ! やってやる、やってやるぞ!」 


 弓を持っていた若い兵士の一人が、自分に言い聞かせるように叫んだ。

 その言葉を聞いた何人かが、はっとしたように表情を変える。


 ――そうだ、自分達の後ろにはゲーマルクの街がある!

 

 もしもここであの竜を止めることが出来なければ、街が襲われるかもしれない。

 そのことを意識した兵達は、弱気になった自分自身を戒めた。


「魔法隊! 詠唱始め! 弓兵隊! 構え! 目標、空中にいる金色の竜!」


 指揮官から指示が飛ぶ。

 ニアクス軍は正面から国境を越えて向かってくる天空竜へと狙いを定めた。

   

「私も!」


 サキも彼らと共に杖を構える。

 エイジもヒデオも魔法使いではないので、ニアクス軍の戦力で最も強力な遠距離攻撃が出来るのは彼女だ。


「……放てぇぇぇぇっ!」


 炎が、氷が、風が、雷が、そして矢の集団が、空から迫る暴威に向けて放たれた。


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