5:『その発想は傲慢ではないかと自分自身に問いかける者など、世の中には殆どいない』
ビアンカの街の外で始まった魔王軍とノワルア軍の戦い。
陽動部隊二千が、決死の行動でコルドウェルを街の東へと引きつけている間に、ノワルア軍主力八千は南方から街に向かって、最大戦速で駆け上がった。
それを迎え撃つ魔王軍は総勢四千ほど。
数の上では敵の半分程度だ。
魔法が使える者はおらず、弓ですら極一部だけが扱えるのみ。
つまり距離を詰めなければ、敵に対して有効な損害は与えられない。
更に兵の全員が訓練も受けてない上に、この規模のまともな戦場は今回が初めてとなれば、練度を要する集団戦術は当然選択出来ない。
というわけで、こちらも南から迫る敵に向けて、三千五百が一団となっての突撃を選択した。
あとはグルナラが敵の急所を見極めた上で、後詰めの五百を率いて崩せるかどうかで勝負が決まる。
素人対玄人。
一見すれば魔王軍側が戦術面で翻弄されるように見える。
が、実際にはノワルア側も事情は似たようなものだった。
というのも、人間と魔族の間に存在する純粋な身体能力の差は、普段から鍛えている本職の軍人を持ってしても完全には埋め難かったからである。
おまけに、コルドウェルの魔法を警戒して凹凸のある地形を主戦場に選んだことで、突破力のある集団戦術が使えない。
そして真っ向からのぶつかり合いとなってしまうと、練度の差はその強みを大幅に失ってしまう。
「つまり、勝敗は私達次第ってわけね」
五代目勇者パーティの魔法使いイヴァが杖を取り出した。
後方から敵陣を睨んでいる指揮官の隣には、復活した伝説勇者達が勢揃いしている。
「戦況は膠着。複雑な戦術ではないが、敵の指揮官は用法を心得ているようだ」
双眼鏡を覗いていた初代勇者ルカは感心した。
敵兵の動きを見れば、個々人の練度が低いことはすぐにわかる。
訓練はもちろん、戦いの経験自体が少ないのだろう。
それを崩されないように、上手く戦力を動かしているように見えた。
「いや、そんなわけないだろ……」
「野生の勘ってやつじゃない?」
四代目勇者のハインと八代目勇者のレオノーレがルカの言葉を否定した。
魔族達に大きな戦の経験は無いと聞いていた二人はそう思わなかったらしい。
周りの様子を確認して見ると、どうやら他の伝説勇者達も同じ考えのようだ。
「いや、だが……」
一見すれば単調な突撃。
しかしルカにはそのタイミングや戦力配分が、明らかに素人のそれではないように思えてならない。
「ルカ殿。今はルカ殿が元々生きていた時代とは違います。かつてルカ殿が打ち倒した魔王のように魔族を統率する者など、今はもうどこにもおりません。名前は同じ魔王でも、所詮は学のない者達です」
「……そうか」
その言葉に対し、ルカは大人しく引き下がった。
もちろん内心では納得できていない。
(俺の時代に魔王なんて呼ばれている者はいなかった。なのにみんなそれを信じて疑わない。……なぜだ?)
おかしいといえば他の伝説勇者と呼ばれている者達もだ。
今から命の取り合いをするのだというのに、まるで緊張感の欠片もない。
これではまるで子供のごっこ遊びではないか。
「私達で敵陣に穴を開けるわ。そこから崩しましょう」
「……!」
ルカはイヴァの言葉に耳を疑った。
彼女の提案というのはつまり、この伝説勇者達数十人で敵陣に正面から突っ込むということである。
戦力差を正確に把握できているのであればまだしも、敵の力が未知数である現状では割高過ぎるリスクを伴う選択だ。
「待ってくれ、それはいくらなんでも危険過ぎる」
「あら、ビビってるの?」
懸念を示したルカに返されたのは、彼を小馬鹿にするようなイヴァの言葉だった。
気づいてみれば、周囲にいた他の勇者達もやはり同じような視線をルカに向けている。
決定的な感覚の違い。
この時のルカは、それこそまるで異世界にでも来たかのような気分だった。
★
「散り散りになるな! 助け合って戦うんだ!」
早速の乱戦模様となった最前線では、魔王軍が徐々に押し始めていた。
飛んでくる矢や魔法を回避しながら、次々と敵の前線に突っ込んでいく魔族達。
長年の恨みをここで晴らすのだという想いによってか、彼らの士気は非常に高い。
敵の攻撃を受けて倒れる仲間を見て恐怖を感じないわけではなかったが、しかし彼らの分まで戦うのだと余計に発奮していく。
所詮は民兵でしかない彼らが総合力で勝てるはずはないのだが、この状況に限っていえば、彼らの唯一の優位点が存分に発揮されていた。
「左翼が破られたぞ!」
魔王軍の勢いを受け止めきれなかったノワルア軍の左翼が崩れる。
「よっしゃ! グルナラさんに言われた通り、横から行くぞ!」
事前の打ち合わせでは、突破したら側面から敵前線を崩す予定になっている。
グルナラとしては本当はもっと複雑な指示を出したかったのだが、彼らの練度を考慮してこうなった。
下手に突出して敵後衛から集中砲火を浴びる事態を回避できただけでも、彼らとしては上出来である。
教育を受けた者など一人もおらず、まともに読み書きが出来るだけでも天才扱いなのだから仕方がない。
「死ね! 人間!」
「うわあああああ!」
魔族の一人が横を向いた兵士に剣を突く。
まともに剣術を習ったとは思えない剣筋。
しかしその暴力性は相手を死に至らしめるには十分な水準だ。
「ファイアボール!」
ドンッ!
「ぎゃ!」
しかし剣が届く直前、横から炎の玉が魔族の男を直撃した。
ファイアボールそのものは一般的な攻撃魔法であり、使える魔法使いも多い。
しかし、たった今放たれたそれの威力は、一般的な水準を大きく上回っていた。
制御を失い、倒れる男の体。
魔族の男を一撃で葬った魔法使いに、敵味方両方の視線が集まる。
「勇者だ……」
「伝説の勇者様だ!」
魔法を放った人物の正体を確認すると同時に、劣勢に立たされていた王国兵達の顔に希望が宿った。
「いい気になるんじゃないわよ魔族共! 次は私達が相手をしてあげるわ!」
魔法を放ったイヴァが不敵に笑う。
彼らの視線の先にいたのは、最前線へと到着したばかりの伝説勇者の一団だった。