4:『戦争は正義と正義のぶつかり合いだって? ……お前、ヤバイ薬でもキメてるのか?』
古の時代。
赤、青、緑といった、人間ではありえない肌の色を理由に迫害されていた者達がいた。
魔族と呼ばれていた彼らは自分達の生存権をかけて戦ったものの、結果は敗北。
ほとんどの魔族は殺され、戦いの最中に封印された極一部だけが眠りについた。
こうしてこの世界から魔族は消えたのである。
そして現代。
新たに魔族と呼称されるようになった亜人達と共に、封印から解き放たれた彼らもまた戦場へと舞い戻った。
★
ビアンカの街。
この街に進軍した魔王軍は、街の中央に大きな穴を掘っていた。
直径にして民家数十軒分。
深さも相当なところまで掘られている。
「進捗はどうだ?」
様子を見ていた『魔王』コルドウェルは現場の監督を任せた男に進捗を確認していた。
彼の真っ赤な肌の色は遠くからでも非常に目立つ。
コルドウェルは掘り進められている穴の深さを確認した。
最初に民家を薙ぎ払って穴を開けるところまでは彼の魔法で出来たのだが、そこから更に深掘りするのは土の搬出が必要になる。
これはもう魔法では厳しそうだと判断して彼らに作業を任せることにしたのだ。
長年に渡り奴隷として鉱山で使われていただけあってか、この手の仕事は中々のものだ。
「ペース自体は順調です。あとはどこまで掘ればいいかですね」
「そうか……。そこまで深くは無いはずだが、こればかりは掘ってみないとわからんな。今後のこともある、無理はしない程度によろしく頼む」
「はいっ!」
進捗を確認したコルドウェルは街の南側に展開した魔王軍の所へと向かった。
現在の魔王軍は大きく三つに分かれている。
一つは街の中央で穴を掘る部隊。
二つ目は街の西に展開して国境の向こう側にいるニアクス軍を睨む部隊。
そして三つ目は南に展開してノアルア軍を迎え撃つ部隊だ。
数は全部で五千程度。
これが魔王軍の、いや、現代において魔族と呼ばれている彼らの、ほぼ全戦力である。
(これだけで戦わねばならんとは……、やはり厳しいな)
ここまでは質の差でなんとかなってはいるが、相手側も強者を出してくれば容易に形成は逆転し得る。
「グルナラ、様子はどうだ?」
部隊の副官を任されているのは中年ぐらいの肌の青い男だ。
『青鬼』グルナラ。
彼もまた古の時代に魔族の自由と独立のため戦った男である。
コルドウェル同様に細身で筋肉質な体をしているが、魔道士である彼とは違い、使う武器は紅色をした三叉の槍だ。
多くの古傷を持つその風貌からは、歴戦の猛者の風格が漂っている。
「東に部隊の一部を移動しているようだ。規模から見て陽動か奇襲か……、しばらくしたら仕掛けてくるかもしれん」
「壁役に少し動かすか……。穴の方はまだしばらく掛かりそうだ。もう一戦、場合によっては二戦以上は覚悟しなければならないだろうな」
コルドウェルとグルナラ。
復活した本物の魔族の戦士二人の加入により、今回の魔王軍は辛うじて組織的な行動を取れる水準に達していた。
逆に言えば、彼ら抜きでは一矢報いることすら出来ないほどに、この時代で魔族と呼ばれている者達の勢力は劣勢に立ち続けていたということになる。
「西はどうする? 同じ人間でも別の勢力らしいが、呼応して動いてくるかもしれんぞ?」
「そうだな……」
コルドウェルがどうしようかと顎を撫でた。
彼らが復活してからまだ一週間程度しか経っていない。
おまけに魔王軍は自分達の土地を離れたことが無い者ばかりだ。
その結果としてどうなるか。
率直に言って、現代の用兵が全くわからないのである。
昔は存在しなかった武器、魔法、あるいは戦術。
確かなのは、封印される前と今とでは間違いなく事情が違うということだけだ。
「グルナラさん! 敵に動きです! 南と東がこちらに向かって動き始めました!」
建物の上で望遠鏡を覗いていた男が声を上げた。
「西はどうだ?」
「西は……、動いてません!」
やり取りを聞いていた周囲に緊張が広がる。
単体の魔力や身体能力でこそ勝っている魔族達ではあるが、軍人としての経験に関しては分が悪い。
なにせ、全員が訓練を全く受けていない素人である。
コルドウェルは一歩で見張りをしていた男のところまで跳ぶと、望遠鏡を受け取って自分の目で敵の動きを確認した。
(正面だけでこちらの二倍以上はいるな……。東に回った部隊もこの間と同じぐらいにはなりそうだ)
先日の戦闘の際、ノワルア諸侯軍は街の東側から攻め込もうとして、コルドウェルの広範囲魔法により主力を喪失している。
それを警戒しているのか、今回は盾に使えそうな凹凸が多い地形の南側を主軸に攻めてくる意図のようだ。
おそらくは主砲であるコルドウェルを東の部隊で釣って、その間に南から攻め上がるつもりだろう。
(乗ってみるか……?)
復活してからそれほど日が経っていないコルドウェルにとって、この時代の戦術は未知数だ。
特に恩寵を利用した戦術に関しては、対策しようにも事前情報が圧倒的に足りない。
果たして敵の誘いに乗って良いものかどうか。
長く奴隷の歴史を歩んでいた魔族にはまともに教育を受けた者などいない。
この規模の集団戦で指揮を取れるのはコルドウェルとグルナラだけだ。
素質がありそうな者に西側の部隊を任せはしたが、それも指揮官経験の無い現時点では時期尚早、人材不足による苦肉の策でしかない。
せめて指揮を任せられるものがいれば、二人で前線を引っ張る選択肢も出てくるのだが……。
「どうする?」
コルドウェル同様に望遠鏡で敵の動きを確認し終えたグルナラは、総大将に判断を仰いだ。
人材も練度も不足している今の魔王軍に、複雑な作戦行動は取れない。
下手に部隊を分ければ不利な要素しか無いというのは共通認識だ。
「……よし。東は俺一人で対応しよう。正面は頼む」
コルドウェルは誘いに乗ることにした。
何れにせよ、ここが彼らにとっての本拠地というわけではない。
目的が達成されるまでの時間が稼げれば十分なのである。
★
ノワルア軍に動き有り。
その報告を受けたニアクス軍は、一気に慌ただしくなった。
戦況次第では国境を超えてきた魔王軍、あるいはノワルア軍と衝突する可能性がある。
「いよいよですね」
「ああ。」
サキの表情も引き締まる。
この規模の戦いは初めてということもあってか、脳内でもう一人のサキが小踊りする気配はない。
先日のエフトとの戦いで、異世界勇者というのが決して絶対安全な存在ではないということを、彼女はしっかりと理解していた。
他の異世界勇者同様に色々とふざけた性格をしている彼女だが、元来賢いということもあってか、その辺りは割とちゃんと弁えているようだ。
黙っていれば良い子である。
(……誰だ?)
そんな彼女を横目で見ながら、ユウは別の方向から戦場を確認しようとする視線の存在を感じ取っていた。
果たしてどの陣営か。
ノワルア軍でも魔王軍でも無さそうだが、それ以上を判断するには情報が足りない。
(とりあえずサキだけは守らないとな。)
別にこの戦いの勝敗に興味は無いが、これでも一応はサキに雇われた身だ。
少なくとも彼女だけは守り通さなければならないだろう。
(できるか? 俺の能力で。)
ユウ自身が把握している限り、その能力は個人戦、それも攻撃する側に特化しているように思える。
死なないように必要最低限だけ身を守りつつ敵を一方的に殲滅する、そんな印象だ。
集団戦、あるいは別の誰かを守る戦いが、果たしてどこまでできるものか。
「ノワルアが動きました! 主力が前進を開始!」
「――!」
ユウの横で思わず息を飲んだサキ。
彼女は手に持った杖を不安そうに握りしめていた。
異世界勇者の力があれば彼女が殺られることはそうそうないのだろうが、問題はそこではない。
自分と同じ人間達が次々と死んでいく戦場。
人型からは程遠いモンスターを殺すのとはわけが違う。
魔族も外見は人間と殆ど変わらない。
果たして今の彼女に彼らを殺すことが出来るだろうか?
サキの足は震えていた。
異世界勇者である自分の役割を理解した上で、気丈に振る舞おうとしているのが見え見えだ。
しかしこれでは戦う相手が魔王軍だろうとノワルア軍だろうと、活躍はあまり期待出来ないだろう。
(……やるしかないか。)
ユウは改めて自分に言い聞かせた。
自分はサキに雇われた身だ、と。
(……。)
別に個人的な感情で彼女を守ってやりたくなったとか、きっとそういうわけではないはずだ。
真剣な表情で正面を見るサキ。
(そして美少女勇者相川さんへの想いを自覚してしまう、平民冒険者ユウさん! 身分を超えて
戦場で燃え上がるラブストーリー! たはー、相川さん困っちゃうなぁー!)
……うん、絶対に違う。