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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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7

 そのまま神様が私の家に居着いてから一週間が経過した。


「朝だぞ、人の子。早う起きろ」


 ぺしぺしと頬を軽く叩かれる感覚で目を覚ます。目覚めて真っ先にこの世のものとは思えない美貌が飛び込んでくるのだからまだ夢の中なのではないかと一瞬勘違いしそうになった。

 神様はほどほどに現代の生活に馴染みつつあるが、私は未だにこの芸術品の如く整ったご尊顔に慣れることが無い。朝一番から視界に入れるにはなかなか眩しい顔立ちだ。美人は三日で慣れるなんて言葉を聞いたことがあるがあれは恐らく嘘だろう。神様のご尊顔は朝日よりもよっぽど目が覚める。


「おはようございます」

「起きたな?儂は先に下に行っておるから身嗜みを整えてくるのだぞ?」


 私が挨拶をする間にも神様は慌ただしくリビングのある一階へと降りていった。リビングのある一階というか、テレビのあるリビングというべきか。神様は三日前から朝ドラにはまっているらしい、始まる三十分前からテレビの前を占領する。それでも私を起こしてくれるところは案外律儀な性格をしているみたいだ。


 神様をつれて朝帰りした日、私は何の変哲もなく両親に怒られた。

 そう、何の変哲もなく。一緒に連れてきた麗しい神様の存在に私の親は一切触れることなく、一晩帰って来なかったことや勉強を疎かにしてゲームに勤しむ私を朝から叱り続けた。まるでこの神様のことが見えていないかのように。いや、実際に両親には神様の姿が目に見えていないらしい。現に今も私には神様が邪魔でテレビの画面が見えないが父からはいつも通りにニュースが見えているようである。だけではなく、学校に平然と付いてきた神様の存在に気付いた人間は誰一人としていなかった。神様の姿が見える人間は想像よりかなり少数派らしい。

 それは有難かったのだが、神様が何かにつけて質問疑問をぶつけてくるのは正直困る。独り言を言っているようで人目が気になるというのも勿論あるが、私は決して博学でもなければ成績優秀でもないのだ。早い話が神様の質問に答えきれないのである。回答に困る内容は適当に誤魔化したり話を逸らしたりするのだが、これが結構骨が折れる。なのでたとえ朝ドラ前の惰性であろうとニュースを見て自ら知識を得ようとしてくれるのは私にとっては喜ばしい限りだ。


「神様、今日は家に居るんですか?」


 朝食を食べ終えて、歯磨きをしながらニュースを見ているていを装って神様に話しかける。テレビの音で多少話し声が誤魔化されるし、両親に背中を向けているので話しているのが気付かれにくい。


「うむ、今は愛子が東京に行くか地元で所帯を持つかを決めねばならぬ重要な時期なのだ。見逃すわけにはいかぬでな」


 愛子というのは朝ドラの主人公の名前である。メタ読みさせていただくと多分愛子は東京に行く。そういうフラグが乱立しているのが神様から日々聞かされるあらすじからでも分かる。むしろ東京に行かないと話が進まない。神様に教えることは出来るが、それは野暮というものだ。


「じゃあ、今日は学校に来ないんですね」

「気が向けば行くだろうが、どちらにしてもあさどらが終わってからの話だな」


 この神様、たった一週間で随分と俗世間に染まったな。行動の優先順位が朝ドラとか、そんな人は専業主婦でも居るかどうかじゃないか。


「学校までの道、覚えてますか?」

「侮るなよ、道順を覚える程度造作もないわ」


 得意顔で言ってのける神様が家に来てから何度か私の部屋と間違えて父の部屋のドアを開けたことを私は知っている。父がドアノブが壊れたのかと不思議そうに首をかしげていた。真っ先にポルターガイストを可能性に入れない辺り父は現実主義者である。実際はドアノブの破損ではなくポルターガイストの方が現実なのだが、それは私と神様以外は預かり知らぬことだ。

 口をすすぐ為に洗面所に向かい、そのまま寝ぐせを整えてから玄関に向かう。


「いってきます」


 いつも通りに両親からのいってらっしゃいという応答に混ざって、神様の気を付けて行くのだぞという声が聞こえてきた。美人には慣れないとは言ったが神様の存在自体は私の日常に溶け込みつつある。神の存在を碌に信じていなかった私でももう少し崇め奉ったほうが良いのではないかと思うのだが、当の神様がまるで気にした様子が無いのでやる気も言い出す気にもならない。現状に満足してくれているなら余計なことをする必要は無いだろう。

 そうだ、下校時まで神様がやって来なかったら今日は久しぶりにコンビニに寄って帰ろう。神様は初対面のとき以来ツナマヨのおにぎりにはまったらしく一緒に行くとおにぎりを買えとうるさいのだ。そうでなくともコンビニのようないろんなものが凝縮された空間は神様の興味に引っかかるものが多くて質問の数が増える。おかげで最近は神様がいるせいで自然とコンビニから足が遠のいてしまっていた。

 考え始めたら無性にコンビニのプリンが恋しくなってきた。コンビニに寄りたい。神様には是非今日一日テレビっ子になっていてほしい。


(あれ?)


 いつも通りの通学路、の途中で私は昨日まで見なかったものを見付けた。ものというより人なのだが。

 いつも横を通り過ぎるだけの公園のベンチに座る青年。平日の朝っぱらから和服でキセルを吹かしているその人物は多分二十歳そこそこくらいの年齢だろうか。それだけでも目を引くには十分ではあるのだが、私が目を止めたのは別の理由がある。


 角である。


 その青年の頭に、神様とは色も形も異なるが角が存在していた。

 あれも神様なのだろうか。いやいや、それにしてはなんというか、地味だ。家で朝ドラに夢中なあの神様のような神様然としたところがまるで無い。角は真っ青ではあるのだが髪は普通に黒髪だし、服も和服ではあるのだが私服だと言われれば納得する普段使い出来そうなシンプルなものだ。髪も角も真っ赤で容姿も出で立ちも派手な神様とは真逆である。

 神様ではないとしたら何故あんな角を頭に着けているのだろうか。コスプレ?平日の朝から人気のない公園でコスプレをする意図も意義も理解できない。それこそ何故と問いただしたい。


 いろいろと疑問が絶えない光景ではあるのだが、残念なことに私はこれから学校に行かなければならない。挨拶するくらいなら可能なのかもしれないがあの人が神様の類だとすれば今現在朝ドラを見ているであろう神様のように少々面倒なことになる場合も考えられる。あんな面倒ごとは一つで十分だし、そのせいで遅刻するようなことは避けたいところだ。しかし、だからといって興味が削がれるかと言えばそれはまた別の話である。何者なのかも気になるし、何をしているのかも気になる。気にするなという方が無理な話だ。


 もし仮に、あの人物が下校時刻まであそこに居たらプリンをもって話しかけに行こう。下校時刻までの間に何処かへ行ってしまっていたのなら、その時は縁が無かったということにしよう。

 そうして自分の中で勝手に踏ん切りをつけてから、私はいつも通りに学校へと向かった。

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