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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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6

いつの間にか寝てしまっていたようで、私は端末のアラーム音で目を覚ました。

 昨日のことが全て夢で目が覚めたらベッドの上であることを多少は期待していたのだが、私が目覚めた場所は昨日の薄暗い神社の社殿の中だった。

 そう、薄暗い。

 昨日の夜の段階では外の光が全く入ってこないように感じたのだが、外が暗かったからだけなのだろうか。そう思って周りを見回してみると入口、私が入ってきたであろう引き戸が微かに開いているのを見付ける。昨日あれだけ開けようと躍起になっても開かなかったのに、何事もなかったかのようにそこから朝日が差し込んでいた。そして神様が居ない。私の案内など必要無くなって一人で外に行ってしまったのだろうか。それならばそれで良い、瑠璃の杖は自分のリアルラックとの戦いになるだけだ。

 慣れない板の間で寝たことによる節々の痛みを和らげるように体を伸ばしながら社殿の外へと出る、と。


 神様がそこに居た。


 呆然と、その場に立ち尽くしている。社殿からほんの数歩ばかり歩いたところで、いつからそうしていたのか身動きもせずに目の前の光景に圧倒されている様子だった。

 一人でどこかに行ってしまったのかと思ったのだがそんなことは無かった。この神様がどれくらい昔からこの社殿に居たのかは知らないが、おそらくは全く違う風景になっているに違いない。見知った人間も居ただろうに、別れも告げられないまま一人だけ取り残された状態なのだ。ある日突然、全く知らない場所にいきなり放り出された感覚に近いのだろう。ひょっとすると私に案内を頼んだのはただの口実で側に居る相手が欲しかっただけなのだろうか。


「おはようございます」


 一向にこちらに気付く様子がないので思い切って声を掛ける。

 すると神様は予想に反してきらきらと輝く目で振り返ってくるのだから次の言葉を見失う。


「難儀なものだな、人間は。日に一度眠らなければならぬとは」


 挨拶の代わりに返ってきた言葉が完全に予想外だった。挨拶には挨拶で返してほしいものだが、とりあえず神様は感傷に浸っていた訳ではないらしい。


「神様は何をしていたんですか」

「ん?なに、我慢出来ずに外の様子を少しばかり覗いたのだが、そう、少し覗くだけのつもりであったのだがな。奇怪なもので満ちている光景を目の当たりにしたら、こう、足が勝手にな?」


 要は外のものに興味を持っていかれて思わず出てしまったということだろう。親戚の子供が旅行先で迷子になった時似たようなことを言っていたのを思い出したが、迷子にならなかっただけ神様の方が少しいい子である。

 目を輝かせたまま神様は参道をゆっくりと歩く。私は閉じた引き戸に札を張り直そうと試みる、がそのままではくっついてくれなそうだ。後で糊をもって出直さなければ。


「はて、以前は鬱蒼とした林の中であったと思うのだが…ここは社ごと移されたのか?」


 私に聞かれても知るわけがない。


「神様の言う以前っていうのがどれくらい前なのかも分からないので、なんとも。そもそも神様はどれくらい封印されていたんですか?」

「さてな」


 お札をポケットに戻して神様の隣に行くと、電柱を物珍しそうに仰ぎ見て目を細めていた。そして電柱から電線へ、また次の電柱へと視線を動かしていく。


「汝も中に入ったから分かるだろうが、日の巡りも分からぬ社の中では時の経過など曖昧なものだ。わざわざ数える気にもならぬ」


 狭く真っ暗な空間で、何年も、何十年も、あるいは何百年も一人きりだったのだろう。神様がその間に何を考えていたかなんて一介の人間には想像もつかない。

 神様の目は電柱から空のほうへ、遥か遠くを飛ぶヘリコプターをその視界に捉えたらしい。当然見るのは初めてなのだろう。


「汝が札を剥ぐまでは外の音も聞こえなんだ。林が変わっているであろうことは想像していたが、こう空も土も違えば土地が違うと言うほかあるまい」


 そう言いながらコンクリートで固められた参道の感触を確かめるように足を擦る。神様はその爪先を見つめたまま顔を上げないので今度こそ感傷に浸っているのだろうと顔を覗き込んだ。するとその芸術品のような容貌に似合わない無邪気な子供のような笑みをにんまりと浮かべていた。控えめに言って感傷的には見えない。


「神様?」

「いや、何。以前は俗世のことなどとんと興味が無かったのだが…こう知らぬもので溢れていると不思議と心が躍るのでな」


 笑みを浮かべる顔を上げ、神様の綺麗な赤い目に太陽の光が差し込む。きらきらと輝くその目は燭台の明かりの下で見るよりも遥かに美しかった。


「礼を言うぞ、人の子。やはり日の下は気分が良い」


 閉じ込められて、出れたと思ったら見覚えの無い場所で、私だったら人並みに寂しさや不安を感じるのだが。いや、神様に人並みを求めてもだめか。そもそも人ではないのだから。


「時に、先程から気になっていたのだがそこら中に生えている石の木は何だ?」


 そういって神様は電柱を指して見せる。

 木。これはまた独特な表現だ。電柱すら見たことが無いとなると神様が封印されたのは平成や昭和の話ではないようだ。


「木ではないですよ。電柱と言って石で出来た柱です」

「柱?柱だけをあのように沢山立ててなんの意味があるのだ?家はそこかしこに建っているが、あのような場所に柱だけあっても邪魔であろう?何やら弦のようなものも伸びておるし…」


 電柱を見上げて興味津々に考察を重ねる神様を見て私は瞬時に察した。神様の気になるものに答えるという役目、思ったより面倒なやつだ。

 まず電柱の話をして、電線の話をして、そんでもって電気の話になる。それで電気とは何かと聞かれても私は便利なものとしか答えられない。現代人はそんな深いことを考えて生きてはいないのだ。スイッチを押せば動く、それで良い。野菜を作る農家と、それを使って料理する料理人と、それに舌鼓を打つ客はそれぞれ別に居る。それだけの話だ。


「そういえば神様、昨日目的があるとか言ってましたけど、何かやりたいことでもあるんですか?」


 答えるのが面倒なので別の話題を切り出した。そんなことより質問に答えろとか言われたらどうしようかとひやひやしたが、神様は気にした様子もなく目をぱちくりとさせる。


「ふむ、そうだな。別に隠すことでもないのだが…」


 一度そこで言葉を区切った神様は少し考えるような素振りを見せながらこちらをちらりと見る。


「秘密だ、その方が面白いであろう?」


 悪戯っぽく人差し指を口元に当てて笑って見せる。そんな子供じみた仕草ですら様になるのだから美人はズルい。

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