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私がやっているこのゲームには『黎明の剣』という伝説のレアアイテムが存在する。
その実態は、無敵系は出さないと公言する運営の一部が徹夜のテンションで暴徒化し考え出されたとまことしやかに囁かれている、所謂『ぼくのかんがえたさいきょうのぶき』だ。装備時の各種ステータス上昇率は勿論群を抜いて優れているのだが、即死攻撃が存在しないゲーム上においては実質無敵を可能とする装備だった。凄まじいバランスブレイカー、当時の開発スタッフに一体何が起こってこのような暴挙に至ったのか大変気になるところだ。
それだけならまだ良かった。良くないけど。ユーザーとの信頼的な意味で何も良くないけど。問題はここからである。
何を血迷ったのか、運営はそのバランスブレイカーをガチャに放り込んだのである。
当時、『一日千回、五十年回せば一回くらい出るんじゃないですかね(笑)』という煽りコメントが出されていたとかいないとか。私がこのゲームを始めたのは大分後なので真偽は定かではない。ユーザー達は熱狂し熱望し荒れに荒れた。低課金勢が重課金勢にレベルアップし、重課金勢は廃人へとクラスチェンジした。課金勢重視とも言えるその措置に離れていくユーザーもかなりの数だったそうだ。
しかし、その無双武器の実装は課金勢重視なんて生易しいものでは無かった。
出ないのである。廃人達が幾ら資金を溶かそうとも只の一つも出なかったのだ。一日千回を五十年、この謳い文句は煽りでもなんでもなく紛う事なき事実だった。一部ではその文言すらガチャを回させるための虚言だったのではないかと言われている。
運営への非難や誹謗が殺到する中でも廃人達は諦めなかった。絶望的な確率であったとしても最後に栄光を掴むのは自分だと、自分こそはと果敢に挑み続けたのである。
結果は悲惨なものだった。徒に英傑たちの屍が積み重なり、中には自己破産寸前まで挑み続けた猛者もいたそうだ。『黎明の剣を引いたアカウントを売ります』というリアルマネートレードによる詐欺も多発。民事裁判も数件発生。ちょっとした社会問題になってしまい消費者庁から運営会社に注意勧告が入り、数週間サービスを停止し、ふざけた装備は闇に葬られ、この馬鹿騒ぎは何とか収束することが出来たのである。
現在はバランス調整が徹底され、どんなに頑張ってもこの無双武器、そして同格の武器を作ることも不可能となった。この時のことは皮肉交じりに『黎明期』なんて呼ばれている。
だが今でも諦めきれない古参ユーザーの中ではこの装備がまだガチャの中に眠っていると、まるで都市伝説のように語られている。私も都市伝説だと思っていた。
今、この瞬間までは。
「な、ぁ……っ!」
端末を握りしめたまま食い入るようにして画面を見る。何度見直しても何度目を擦ってみても画面に映し出された結果は変わることがない。
『黎明の剣』
今まで見たことが無いようなレアリティ背景と剣のグラフィック、そして武器の名前。ステータス上昇率も問題の特性も完全に一致している。間違えようがない。このゲームをプレイしている全ユーザーの憧れと負の歴史の象徴、黎明の剣。そんな凶器を何の間違いか無課金勢の私なんかが引き抜いてしまった。
いや、間違いなどではない。
端末を持つ手が震えだす。喜びや興奮を遥かに上回る恐怖に似た得体の知れない感情が心臓の辺りからじんわりと広がっていくのを感じた。どうしてこんなことになったのだろうか。私としては今回のガチャでピックアップされている瑠璃の杖が手に入ったら上等くらいの軽い気持ちだったのに。なんでこんなえげつない凶器がガチャに紛れ込んでいるんだ。運営仕事しろ。
「どうした、何を黙っている?」
神様の声を切っ掛けに、無意識に止めていた呼吸をゆっくりと吐き出した。吐いた分だけ息を吸い込んでみるが自分が呼吸を出来ている気がしない。おもむろに声のした方向に首を向ければ怪訝な顔をした神様と目が合った。
「神様は、本当に神様なんですね」
絞りだした声は震えていた。先程までは半信半疑だったが、今となっては疑っていたことすら馬鹿馬鹿しい。この神様は本物で、呪いとやらも本物だ。
「ほう、何があったかは知らぬが信じる気になったか。良い良い、聡い者は好ましいぞ。儂の呪いではなく己の実力だなどとほざく愚か者であればどうしていたか分からぬからな」
私だって瑠璃の杖が出ていたのなら間違いなくそう思っていたことだろう。だが黎明の剣となれば話は別だ。次元が違いすぎる。私の一生分の運を使い切ったところで、来世の運を前借りしたとしても手に入れることなんて不可能だ。これ、反動が出たりしないよな?そんなことになれば私の命はもう長くはないだろう、そんなのは御免だ。いくら伝説級のアイテムとはいえ所詮はゲームの話、人生を台無しにはしたくない。
「か、神様。あの、これ、この後不幸が続くとか、そういうの無いですよね?」
「それでは礼にならんだろうが。汝に害が及ぶことは無い、安心せよ」
ノーリスクでこの絶大な効果。なるほど、この神様を封じた人物の言葉も今なら納得できる。これは世の中を乱すには十分過ぎるほどの効果を持っている。私はゲームのガチャで消費したが悪事に利用した場合の凶悪さは計り知れないものになるだろう。この神様の力を自分で利用せずに封印するなんて、その人は一体どんな聖人君子なのだろう。
とりあえず震える手で黎明の剣をゲーム内の倉庫に移動する。そのまま平常心でゲームを続けられる状態ではないので、フレンドに一声掛けてからログアウトした。ハルちゃんになら黎明の剣のことを言っても良いかなと思ったが、万が一情報が漏れた場合巻き添えを食うかもしれないので結局打ち明けないことにした。でも言いたい。誰かに言いたい。この興奮と感動と困惑を誰かと共有したい。
「さて、汝にちと相談がある」
バッテリー温存のために電源を落とすと神様が口を開いた。
「汝の珍奇な格好を見た時から薄々感じては居たのだが、どうやら儂が封じられてから大分時が経っているようでな。儂にも一応外に出る目的がある故、外に出て右も左も分らんでは話にならん」
「…案内をしろってことでしょうか」
言わんとしていることを察して尋ねれば神様は満足そうに頷いた。
「左様。何、難しいことは言わん。儂が気になることを聞き、汝がそれに答えれば良い」
難しいことではないと神様は言うが、これは簡単なことでもないと思う。何せこの神様、大層見目が麗しくていらっしゃるのだ。加えて浮世離れした赤い髪に赤い目、時代錯誤な格好に角。行く人来る人往来がこの神様を振り返ることだろう。こんな何かの広告塔みたいな人物の隣を歩くのはかなりハードルが高い。
なので、諾否を明確にする前に確認しておかなければならないことがある。
「神様って他の人には見えてないんですよね?」
「うん?まあ、少数であることは間違いないな。現に汝も儂が見えるようにせねば見えなかったであろう」
果たしてどう捉えるべきだろう。
見えなかった私を基準に楽観的な見方をするならば現代人はほとんど見えていないと考えられる。いくら人目を引く容貌をしていようとそもそも見えていないなら連れて歩く分には問題ない。私が神様に返事をするときに声量に気をつけていれば怪しまれることもないだろう。
逆に、見える人間が増えている可能性も十分にあり得る。神様が封印されていたのがどれくらい前からなのかは分からないが、その時代から人口が増えている可能性は高い。見える人間がどのようにして決まるのかは分からないが、単純に一定の割合で存在しているだけならば分母が増えて分子が増えないなんて都合の良いことは無いだろう。ぶっちゃけこんな不審者と歩く姿を、たとえ少数であっても見られたくはない。
断ろう。きっとこの霊験あらたかな神様はもっとふさわしい人物にその内巡り合えるだろうし。
「因みにだが」
やんわりと断る文言を考えている最中に神様が口を開く。
「呪いを使わずとも、儂が傍に居るだけで運の巡りが良くなるとか」
「喜んでお受けいたします」
断ると一度決めていたのに。人間というものは斯くも欲望に弱い。
でも、瑠璃の杖も欲しいんだもの。