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許可を得て一安心したところで足を崩して楽に座りレジ袋からお握りを取り出した。お握りの包装を剥がし片手で端末を操作し始める、前に、その間ずっと此方に向けられる視線の居心地の悪さに口を開いた。
「あの」
「ん?」
声を掛ければ、神様然として座った神様がどうかしたかというように首を傾げた。どうかしたか、とは私が聞きたい。出て行かないのかと聞くとまるで出て行けと言っているようで口には出せない。出て行っては欲しいが。
「えっと…さっきからずっとこっちを見ているので、何かあるのかと…」
無難に当り障りのないところを話題に出す。何かが気になって動こうとしないのであればそれが解決したら出て行ってくれるだろう。
「汝が今し方していた珍奇な動作が気になってな」
失礼な、私は珍奇な動作なんてしていない。そんなこと言い出したら時代錯誤な格好をしている神様の方がよほど珍奇じゃないか。
そう思いつつもどうやら私の動作を真似しているらしい神様の動きを見て、神様が言わんとしていることを遅ればせながら理解する。
「ああ、お握りですか」
「お握り?」
「え、そこからか。…えーと、炊いたご飯をこう、手で握って固めたもののことで…」
「莫迦にするな。握り飯の事であろう、それくらいは知っておるわ。儂が気になっているのは何故そのような面倒な包み紙を用いて居るのかということだ」
面倒。慣れなければ確かにそう思うのかもしれない。私も子供の頃は上手く包装を剥がせなくて海苔を破いていたし。
「この包みはご飯の水分で海苔が湿気ないようにするためのものです。海苔がぱりっとしたまま食べられるんですよ」
まあ、ご飯に直巻きしてふにゃふにゃになった海苔もあれはあれで好きだけれども。
何はともあれ物は試しである。レジ袋から新たにお握りを一個取り出して開封する。そしてその動作をやはり物珍しそうに眺める神様の眼前に包装の中身を差し出した。
「どうぞ」
差し出されたお握りと私の顔を交互に見比べながら神様は目をぱちくりさせる。綺麗なご尊顔にもかかわらず可愛らしい反応だ。だが一向に受け取ろうとしないので神様の手を勝手に取り、その上にぽんとお握りを置いた。
「食べてみてください。百聞は一見に如かずですよ」
因みに渡したお握りはツナマヨである。神様がこの現代の味についてどのようなリアクションを見せてくれるのか期待したいところだ。
「ふむ」
神様は持たされたお握りをしげしげと眺めてからおもむろに口に運んだ。食べない可能性も一応考えていたのだが杞憂に終わったようだ。一口目は黙って咀嚼し飲み込んだが、二口目でツナマヨに当たったらしく驚きに目を瞬かせた。咀嚼を一度止め、お握りの齧った面を見て、ゆっくりと咀嚼を再開して飲み込んだ。
「妙な味ではあるが、悪くない」
「それは何よりです」
「考えてみれば食事というものを久しくしておらなんだ。これは汝が拵えたのか?」
「え、いやぁ?…コンビニに委託されたメーカーが、いえ、えーっと、んー…お店の人が作ったものです」
神様はどうやらツナマヨがえらくお気に召したらしくその後は黙々と食べ進めた。神様って食事を取らなくても生きていけるんだな。そりゃそうか、神様なんだし。霞を食べて生きているとかいうのも聞いたことあるし、積極的に食事をする必要もないんだろうな。
「馳走になったな、これは礼だ」
私より先に食べ終えた神様が畳んだ扇子の先をこちらに向けた。お握りを口にくわえたままの私は何が起こるのかも分からずその扇子を凝視する。すると戸が閉まっているはずの室内に微かな風が吹いた。そしてそのまま数秒間停止してから、何事も無かったかのように扇子を開いて優雅な動作で扇ぎ始めた。
「握り飯一つとっても斯様に変わっているとは、随分と世は進んでいるようであるな」
「え、待って。ちょっと待って、今なにしたんですか」
「ん?見えなかったか?…ふむ、目が完全ではなかったか。ま、致し方あるまい」
「いや仕方ないじゃなくて。え、何、何されたの私」
「勝利の呪いだ」
まじない。女子高生がやるような恋のおまじないとかとは別格であろうことは容易に想像がつく。ホラーじゃないか。こいつ実は悪霊なんじゃないか。なにそれ怖い。
「儂も使うのは初めてだが、初めてにしては上出来だと思うぞ。これの効果は絶大だ。今の汝は如何なる劣勢においても一筋光が差し込みさえすれば勝運は全て汝に味方する」
胡散臭い。開運グッズの売り込み文句みたいである。まあ、たとえインチキであっても対価はコンビニお握り一個なのであまり損害は無いのだが。無い、はずだ。この神様がやったおまじない自体に害が無ければ。
「大丈夫なんですか?」
「またしても疑うか。汝は欲は無いが疑り深いな。それもまた俗世で生きるには必要なのだろうが」
違うそうじゃない。もちろん神様の腕も疑ってはいるが私が大丈夫かと聞いたのはそういう意味ではない。
神様はどうしたものかと首を捻り、閃いたとばかりにパンと手を叩いた。
「富籤を買え!」
突然拍子を叩いた神様に、今度は何の術かと身構える私にそう宣った。
「…は?」
「今ならば汝が買えばその籤は間違いなく当たる。騙されたと思って買ってみよ」
富籤ってなんだ。ジェネレーションギャップを感じる。話から察するに宝くじか何かなのだろうが。生憎と現代日本では親に黙って未成年が高額当選の換金をすることは難しい。それに大金を持ったがゆえに不幸になるという話も間々聞く。宝くじは止めておいた方が良いだろう。
かと言って、何も行動しなければそれはそれでこの神様がうるさくなりそうだ。うるさくなるだけならばともかく祟られでもしたら堪らない。まったく面倒なことになった。何か、何か無いのか。
(あるじゃないか)
手っ取り早くこの場で結果が出て、かつ面倒が起こりようのないものが。
思い立ったが吉日、私は端末を取り出しゲームを起動する。
「なんだ、それは」
弄りだして一分もしない内に神様が画面を覗き込んできた。
「あー…なんて言ったら…ゲーム、じゃ分からないですよね。えーっと、試合じゃなくて、そう、娯楽、でしょうか?」
ログインしてフレンドのハルちゃんに挨拶してから装備ガチャの画面に移動する。
このゲームにおいてキャラクターの装備を手に入れる方法は三通りある。一つ目は戦闘時のドロップ、二つ目は素材や特定アイテムを集めて所定の場所で交換する方法。
そして三つ目がガチャ。特定のアイテムを集めて無料で回せるものもあるが、大体は課金を前提としたものである。ガチャは素材集めをこつこつ行わなくても優良装備がぽんっと手に入る優れものだが、つぎ込む金額は学生の財布には優しくない。万単位の金は学生が気軽に動かせる額ではない。
ログインボーナスと臨時メンテナンスのお詫びの品でギリギリ一回ガチャを回せる。そして現在開催されているガチャは狙ったかのように私が欲しかったアイテムがピックアップされている。これが神様の思し召しなのか、はたまた悪魔の囁きなのか。それはこのガチャを引けばおのずと分かることだ。
「神様」
「ん?」
「あなたの力、見せてもらいますよ」
状況を大して理解していないだろうに、神様はやたら自信満々に任せろと美しい笑みを浮かべる。そんな彼女を横目に私はガチャを回すボタンを押した。