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手の鳴る方へ  作者: 黒丑テル
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 その日、私は些細なことで親と喧嘩して家を飛び出した。


 時刻は午後七時を回った頃である。幸いなことに今の時期は日が長く夕日が差し込む程度で薄暗さからは程遠かった。遅くまで部活に勤しんでいた学生も多いらしく、その中に制服姿の女子高生が一人増えた程度では警察官は気にも留めなかった。


 勢いで飛び出してきたもののここから先は全くと言って良いほどノープランである。いきなり連絡して今から泊めてと頼めるような親しい友人は居ない。引っ掴んできた財布の中身はおよそ三千円。


 流石にこれでホテルは無理である。


 思わず溜め息を吐いてしまう。付近にネットカフェや漫画喫茶でもあれば良かったのだが、どちらかと言えば住宅地よりなこの辺りにはそんなものは無い。駅の前に小さなビジネスホテルがあるだけである。電車で二駅ほど移動すれば話は違ってくるのだが、残念なことに今日は平日のど真ん中。つまり明日も学校がある。なので私は朝早く、親が起きるより先に自宅に一度戻るつもりでいるのであまりこの周辺からは離れたくない。しかしながら公園のベンチで野宿なんて無謀な真似はしたくない。せめて屋根と壁があるところが良い。


 ぐう、と私の腹から空腹を訴える音が鳴る。


 何はともあれ。夕飯前に飛び出してしまったので宿より先にご飯を確保しなければならない。どのみち空腹の状態で考えた事なんて碌な結果を呼ばないに違いない。

 歩き始めて一番最初にあったコンビニに何も考えず入った。そして何を買おうかと考えるより先に足がお握りコーナーへ向かう。これは我が家の夕飯が決まって米なのでそれが習慣化しているためだ。

 けれどもお握りの棚は発注を間違えたんじゃないかと思うほど隙間が空いていた。よくよく店内を見れば今日はお握りのセールだったようだ。つまりは店員が発注を間違えた訳ではなく需要が過多になっただけのようだ。

 値段設定が高めなものや人気のあるものは当然のように売り切れており、残っているものはオーソドックスなものと奇をてらったようなものだけである。前者が残るのはセールに合わせて大量に仕入れた為だろう。後者が残るのは推して知るべし。当然前者から選ぶ。梅と昆布をカゴに入れ、そしてツナマヨを入れるか少し悩んでから同じくカゴに入れる。それから店内を少し回って麦茶とお菓子を追加して会計に向かった。


 店員の投げやりな挨拶を背に受けて店を出る。レジ袋から適当にお握りを漁り歩きながら開封する。

 問題はここからだ。先に述べたように急なお泊りに対応できるような友人は居ない。また私にいきなり押し掛ける様な度胸は無い。このままでは公園で一晩を過ごさなくてはならなくなる。いや、だめだ。そういえば公園の隣には交番があるんだった。公園が嫌とかの前にそもそも使えない。


 一個目のお握りは昆布だった。


 空き家でもあれば良いのだが生憎とこの近所にはそんな都合のいい物件は存在しない。仮にあったとしても鍵が掛かっているだろうし、無理矢理入ろうとすれば近隣住民から通報されかねない。警察が来て交番で一晩、とはなりたくない。というか親が召喚されて強制送還されるに違いない。ただでさえ家に帰りたくないのに逆鱗に触れるような真似はしたくはない。


 ふと、一個目のお握りを食べ終えて足を止めると古ぼけた神社がそこにあった。

 初めて見る神社だ、なんてドラマチックな展開がある訳も無く。たまに散歩コースを外れて大回りするときに度々見かけている神社である。

 周囲を見渡す。

 道に人の気配は無く、小さな境内には常駐する神主などは居なそうである。周辺の住宅も近すぎず遠すぎず、何かあったら駆け込める程度の距離。なんとまあ、お誂え向きな物件だろう。

 握っていたお握りのゴミをレジ袋の中に突っ込み、揚々と境内の中へと足を踏み入れた。


 もともと閑静な住宅街ではあったが鳥居をくぐると一層静かになったような感じがした。肝試しの時のような不気味さは無く、程良く涼しい風が首筋を撫でる。定期的に人が手入れをしているのか、人気の無さの割に境内は荒れている様子は無い。建物らしい建物は社殿のみの簡素な造りで、その社殿自体も質素な造りとなっている。

 一応、さい銭箱に小銭を投げて手を合わせておいた。一晩泊めてもらうにあたり罰が当たらないように挨拶も兼ねておく。


「神様、一晩ご厄介になります」


 神様なんて都合の良い時と都合の悪い時しか信じないが、その都合の悪いことが起こらないように先手を打ったわけだ。

 さて、免罪行為も済んだので早速社殿にお邪魔するとしよう。

 幸いにして施錠するような鍵穴は見当たらない。ただ分かり易く問題が見えている。

 引き戸の合わせの部分。バランスよく綺麗に張り付けられた一枚の紙切れ。所謂お札である。これは地味に面倒だ。まだ鍵が掛かっていた方が楽だったかもしれない。お札をくっつけたまま引き戸を開けることは出来ないし、破いてしまえば中に人が入っているとばれてしまう。叱りつけて半ば追い出した手前、一晩そこらで捜索願を出すような過保護な親ではないのだが、何事も万が一ということがある。

 少しばかり古そうなお札だが、どうにか綺麗に剥がせないものだろうか。木に紙で貼ってある時点でほぼ無理なんだろうけれども。

 そんなことを考えながらお札の隅を爪でカリカリと剥がしにかかる。すると端っこが少し捲れたところで、ひらりと、最初からくっついていませんでしたよと言うようにお札が剥がれて軒下に落ちた。拾い上げてひらひらと振ってみるが敗れた様子は無い。実はビニール製でしたなんてオチも無い、何の変哲もない和紙である。

 なら何で剥がれたのだろうか。首を傾げながら拾ったお札をポケットに突っ込んで引き戸を開けた。


 中は雨ざらしになっていた外側と違い案外綺麗なものだった。質素な造りは変わらないものの木材が痛んでいたり埃が溜まっているということはない。誰かが定期的に掃除しているのだろうか。そうだとすればお札が簡単に剥がれたのも納得だ。きっとここ数日のうちに掃除して新しく貼り直したばかりだったのだろう。

 中に入って引き戸を閉める。するとぽつぽつ点き始めていた街灯の明かりが遮断され辺りは暗闇に包まれた。質素な造りの割に気密性は高そうで安心だ。さすがに真っ暗闇ではお握りを食べることもままならないので制服のポケットから携帯端末を取り出して手元を照らす。


ボッ


 耳慣れない効果音と共に手元が明るくなる。手元どころではない。光源であるはずの端末やそれを持つ手まではっきりと見ることが出来た。耳慣れない効果音は立て続けにボッ、ボッと響き、その度に部屋に置かれていた燭台に火か灯った。明るくなったのはこの為らしい。

 なんで火が点いたのだろう。当然だが私が点けた訳じゃない。火が点くまで燭台の存在に気付きもしなかったのだから無理に決まっている。

 しかし火が点いたにもかかわらず、この室内にいるのは私だけである。他に人が居ても怖いが居なければ居ないでまた怖い。人感センサーで勝手に点いた、なんて訳でも無いのだろう。こんな寂れた神社にハイテクを置く意味が無い。


 逃げよう。

 すでに手遅れな感じがしないでもないが、急いでこの場を離れよう。一晩を明かすだけならばきっともっと良い場所があるはずだ。


 そう思い回れ右をして引き戸に手を掛ける。まさにその時だった。


「まあ、待て。人の子よ」


 突如響いた女性の声。早鐘を打ち始めていた鼓動が一層嫌な跳ね方をする。

 普通に話し掛けられた程度ならばこんなに動揺しない。けれども火が灯ったとき、回れ右をするより前、この室内には私以外誰も居なかった。少なくとも私の目には誰も居ないように見えた。


「そう急がずとも、少しばかり話そうではないか」


恐る恐る振り返ると誰も居なかったはずのその場所に、髪も目も爪も、そして角も赤い、人間離れした美貌の女性が悠然と笑ってそこにいた。

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