哀れなY氏
祭りが終わって深夜、人気のない公園に、一人の女が立っていた。中の上くらいの美人で、右手にはヨーヨーが提げられている。中に閉じ込められた水がぼちゃぼちゃと音を立てて、薄い壁の中を行ったり来たりしているのがやや離れた場所からも見える。
不審がったY氏であったが、見ないふりをすることはできなかった。女の外見にみとれた、ということもあったが、ここ何日も人と話したことがなかったのだ。そのせいかどうか、ずっと腹の中で水が揺れているような感覚で、気分が悪かった。
「屋台で取られたものですか?」
「いいえ」
表情ひとつ動かさずに、女が答える。祭りでよく見るやつだから、そうに決まっているだろうと思っていたY氏は、女の答えに拍子を抜かした。自作の物としてはできが良すぎる。それほど興味はなかったが、会話を途切らせないため、さも感心したかのように女にたずねた。
「綺麗ですね、ご自分で作られたんですか?手先が器用なんですね。ひとつ私にも作り方を教えていただきたいものですが、どうでしょう、今からお暇ですか?」
立派な口実を得た、久しぶりに誰かと、それも美人と話すことができる絶好の機会に、Y氏は胸を踊らせていた。
「ええ」
そして、女の返事に更に頬をゆるめた。
「ここではなんですから、近くのレストランにでも…いい店がありましてね、
ちょうどこの近くで、しかも遅くまで開いているんですよ」
「いえ、あの」
「ああ、すみません。どこか違うところがよかったですか?」
「ここで、お願いします」
口ごもるように女が言う。
「ここでですか?」
さすがに真っ暗な公園でヨーヨーについて話すのには気が引けたらしく、Y氏はもう1度確かめた。
「はい、ここです。ここじゃないと見せられません」
他の人には見られたくないのだろうか、彼女にとってそれほどヨーヨーは大事なものだったらしい、それなのに、大した興味も持たずに話していたことに、Y氏は後ろめたさを感じた。
「すいません。そちらの都合も考えず、勝手に」
「いえ…。私にとっては、作られたのは、私の方なんです。
それに、あなたは動けないでしょう?」
Y氏は女がそれほど強くヨーヨーを愛しているとは思いもしなかった。それに驚かされて少し間が経ってから、後の言葉に気が付いた。
「はい?」
「こうやってはねたり、揺れたり、できないでしょう?」
そう言うと、突然女はヨーヨーをつき、左右に大きく振りだした。
「そこまで激しくは動けませんが…
普通に動けますよ…あれ?」
体が動かないのである。驚き、怯え、Y氏がなんとか体を揺らそうとすると、腹の中で水が暴れ、危うく吐きそうになった。落ち着くようにうながされ、Y氏はようやく動きを止めた。すると、女はゆっくりと話しだした。相変わらず、顔は僅かにも動かさないままである。
「私達は、人のもとにあらなければ動けませんし、生きられません。飽きられてしまえば、それで終わってしまいます。
あなたはもう、終わってしまった…」
そして、突然女は目を見開き、
「えっ?なんでこんなところにいるの!?おかしいな、誰もいないのに…」
そう言って、どこかへ走り去ってしまった。Y氏は意味がわからないまま、ただ地面に寝転がっていた。
それから何日か経ち、その街に台風がやってきた。当然、公園も暴風雨に襲われることになったが、Y氏はどこへも逃げなかった。激しい雨に打たれ、身が裂けてしまうのではないかと思うほどだった。そのせいかどうか、腹の中で、いつもの何倍も激しく、水が暴れていた。
皆様がY氏のようにならないことを心から願っております。
そして、自分自身も卑小な自分の姿を正しく認識し、受け入れられるような大人を目指します。