2-1
「そうか、ローシュ……俺はレイカ。お前、ここがどういう家だか知ってるか?」
ボスの問いに、はぁ、とローシュは曖昧な返事をする。
「あのカードを持って行けば、料理が食わせてもらえると……ただそれだけ聞いてきましたから――でも、エストレージャという名前は聞いたことがあります。なんでも屋、ではないんですか?」
「なるほどね……まぁ、当たらずとも遠からずなんだけど、それだけ聞いてたわけか。誰から貰ったのか気になるんだが、教えてもらえるか?」
ローシュはその問いには、分かりやすく否定の意を表した。即答で「できません」と答えたのだ。
「あのカードをくれた方は、俺の友人ですが……もう、エストレージャには関わらないと決めているそうです。だから、困ってる俺にこれをくれました」
「……そうだったのか、俺としてはそいつに礼のひとつでも言いたかったが、そうなら仕方がない。もし今後会う事があれば、ぜひ礼を伝えてくれ」
ボスが微笑むと、ローシュははい、と小さく返事をした。その後、少し何か言いたそうに「あの……その……」と繰り返している。ボスもアクルも、すぐに何か言いたいことがあるのだろうということは察したが、あえて二人とも黙ったままだ。
「えっと……」
申し訳なさそうにローシュは二人を上目で見上げると、意を決したように、小さく続きを言った。
「叶えてくださる願いは……ひとつなのですか?」
「……ん?」
質問の意図がいまいち汲み取れず、ボスは思わず首をかしげる。一度言い出したら楽になったのだろう、しどろもどろだったが、ローシュは話しを続けた。
「いえ、その、なんというか――俺、今日行く場所無くて。あの、掃除とか得意なので、働きますから、その」
「泊まる? 構わないけど」
さらっと出たボスの言葉に、えっとローシュは嬉しそうに顔を上げる。
「ずっとってわけにゃいかねぇけどさ、例えば次の仕事が見つかるまで、とか? 構わないよ」
「本当ですか!」
ローシュは立ち上がると、頭がテーブルにつくほど深く頭を下げた。その姿を見て、おいおいとボスも立ち上がる。
「すみません、本当に本当に助かります。ただではいたくありませんから、ほんと……数日間ですけど、いろいろお手伝いさせていただきます」
感激にうち震えているのか、ローシュは目を輝かせた。随分感情の起伏が激しい人だなぁと考えながら、アクルはボスをちらりと見た。ボスも、同じタイミングで振り返り、肩をすくめる。ボスが許したのだから彼は本気なのだろうが、それでも急な話だ。
「あー、まぁ、おちつけ」
ボスはローシュを座らせると、いくつか条件はあるぞ、と身を乗り出した。
「まず、携帯とかで仲間に知らせるのは無し、な。みんなでぞろぞろ泊まられたら困るし、ここはホテルでもなんでもねぇ」
「はい、携帯は持ってませんし、大丈夫です、そんな仲間もいません」
けろっと言ってのけるローシュにボスは内心驚きながらも、話を進める。
「ここを出ても、誰にもこの中のことは話さないって約束してくれ。我が家のことをぺらぺらと喋られて、嬉しい奴はいないだろ?」
「はい、もちろん」
そんなことをするはずが無い、と言いたげな表情で、ローシュは頷く。
「オーケー。最後に、ローシュ、お前はどうやったらこの屋敷を出られる? 次の仕事が探せたら、か?」
「はい……」
急にしゅん、となってしまった。分かりやすいやつなのかな、とアクルは彼の姿を見て思った。なんだか、言いたくないことは言いたくないと、顔に出ている気がする。
「……まぁ、話したくないなら話さなくていいけど、ずっとここに寝泊まりってのは、お互い大変だろ? 期限を決めよう、そっちがまずは提示してくれ」
ローシュはしばらく黙った後、三日、と小さな声で言った。よし、とボスは頷く。
「じゃぁ、三日以内に決めてこい。どんな仕事でもいい、決まったら教えてくれ。パーティーをしよう」
にこりとクールに微笑んで、ボスはローシュに手を伸ばした。かっこよさに見とれたのか、一瞬動きが鈍ったローシュは、慌ててボスの手を取った。そんな様子を見て、さすがだ、とアクルは思わず言いそうになる。このカッコよさは、男も女もドキッとしてしまう。
初めて会ったときも、そう言えば男前だったなぁ、とそんなことを思い出しながら、アクルも続いて握手を求めた。にこりと長い髪の毛の向こう側で、ローシュが微笑む。随分と唇の色が薄く、肌も白い。こいつ病弱なんじゃないか、と少し心配になるような見た目だ。
「じゃぁ、ローシュが泊まれる部屋を用意するから、少しここで待っててくれ」
アクルも一緒にいてくれ、とボスはアクルに頼むと、食堂を出て行った。広い食堂に二人きりで取り残される。それまでは立っていたアクルだったが、立ちながら話すのもなんだと思い、先ほどまでボスが座った場所に腰を下ろした。
少しの沈黙。気まずく、すぐに話しかけたのはアクルだ。