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1-5

「もしもしファイン?」

 レイカは、来客をアクルと共に玄関で待たせると、少し離れたところで電話をかけた。相手はエストレージャの料理人、ファインだ。

「はい、どうしました?」

 いつもの優しい口調で、ファインが答える。


「あのさぁ、さっき昼飯食べたばかりだけど、急ぎで一人分作ってもらう事って出来る?」

「はい、今すぐに用意できますから、食堂に来ていただけたらすぐにお出ししますよ」

 電話の向こうでもにこにこと笑っているのだろう。急な要望にも笑顔で答えてくれる彼に、レイカは心から感謝した。


「ありがとう、さすがだな」

「今日のお昼も、作りすぎちゃいまして、どうアレンジして夕ご飯に出そうかと思っていたところですよ。でも、どうしたんです? 誰か帰ってきたんですか?」

「いや、来客。腹減ってるんだって」

「そうですか、珍しいですね」


 お客様に出すなら、腕を振るわないといけませんね、とファインは電話越しに笑っていた。よろしくな、とレイカも笑い、電話を切る。ひょいと玄関に顔をのぞかせると、アクルがすぐに顔を上げた。


「どうでした?」

「いいって、食堂行こう」

 アクルと来客を手招くと、アクルはゆっくりと来客と共に歩いてきた。三人で今日の天気の話など取りとめもない会話をしながら、食堂に向かった。来客は、黒い屋敷が珍しいのか、しばらくはちらちらと屋敷を眺めながらついてきていた。

 食堂の扉は、この屋敷の中でも特に大きい。


「ついたぞ」


 とレイカが食堂の扉を押しあけるのを見て、来客は少し驚いていたようだった。しかし、その驚きもすぐに止む。中から料理の香りがしたためだ。来客の目がきらりと光った。どうぞ、とレイカが扉を手で押さえると、少し歩調が速くなった来客は、待ちきれないとでも言うように食堂に入ってあたりを見渡した。扉の一番近くのテーブルに、すでに料理が並んでいた。今日の昼ごはんだったスープとチキンとライスが、おしゃれに盛り付けられている。


 来客はその料理を見たまま硬直してしまった。その姿を見て、レイカは「どうぞ召し上がってください」と来客に微笑みかけた。来客はありがとうございますと言うが早いが、テーブルに飛びつき、料理を口にかきこみはじめた。


「よっぽど腹が減ってたんだな」

 レイカがアクルに耳打ちすると、ですね、とアクルは微笑みを返した。

 奥の扉がぎいと開き、エプロン姿のファインが姿を現した。手には水の入ったビンとグラスを持っている。来客がすでに食事をしているのを見ると、ファインは慌てて彼に歩み寄り、そっとグラスに水を注いで差し出した。そこでやっとファインの気配に気がついた来客は、口に食べ物を入れながら、もごもごと何かを言って頭を下げた。


「どうぞかまわず続けてください。まだいるようなら、いつでもおっしゃってくださいね」


 笑顔でファインは返事をすると、ボスにすすすと歩み寄った。ヒールを履いているボスよりも少し低い目線から、ファインは話しかける。


「今いらっしゃったんですか?」

「あぁ」

「初めての方です?」

「ユーナギがそうだといったから、間違いないだろう」


 そうですか、とファインは来客に目を向けた。


「どなたからの招待ですかねぇ」

「な、しかも用件が珍しい」

「私としては嬉しい限りですけどね、料理人の腕が鳴りますよ」


 ふふ、とファインは微笑むと、来客の料理の進み具合を見てよし、と腕をまくった。


「まだまだ必要そうですね。作ってきます」

 そう言って、早足でキッチンへと戻って行った。その様子を見ていたアクルが、ボス、と静かに近寄って来て耳打ちをする。


「ファイン、嬉しそうですね」

 ……距離が近い! と耳を赤らめながら、ボスはそうだな、と平静を装って返事をした。心の中では、アクルの距離間のつかめなさになぜか苛立ちを感じていた。嬉しすぎて、いらいらするのだろう、ともう一方で自分を分析しながら、だ。


 まったく、すぐにぴょこぴょこ近寄ってきやがって……こいつは!

 あと数センチで肩でもだけるほど近くにやってきながら、アクルはすぐにボスから元の間をとり、来客の食事を見つめていた。ったく、とボスはアクルを盗み見るが、彼はそれには気がつかない。

 このやろう、とボスは頬を赤らめるが、こういった時間が彼女にとっては幸せな時間だった。決して触れられはしない距離かもしれないけれど、ある時期は恋愛すらできないと信じて疑わなかったのだ――この距離だけでも、十分、幸せだ。


 ボスとアクルは、だまって来客の様子を見ていた。結局彼は、黙々と食事をし、一人で三人分の食事をたいらげた。美味しかったです、と言われたファインは、それは何よりですと心より嬉しそうな表情を浮かべた。


 満腹になった来客は、ふと現実に戻ったのか、どうすればいいのだろうという表情を浮かべ、困ったように椅子に座っていた。そろそろ話でもしようかな、と思ったレイカは、そっと彼の前の椅子に座った。その後ろに、アクルは静かに移動する。


「……少し、話をしても?」

 ボスの問いに、はいと来客は返事をした。

「ありがとう。ではまず……名前を教えてもらっていいかな?」

「はい……俺の名前は、ローシュです」

 今までで一番小さな声で、来客――ローシュは、自分の名を名乗ったのだった。


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