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20-4

 その店は、レイカがエストレージャを抜け、ローシュと最初に来た場所だった。店の奥で、身ぐるみを全てはがされた店だ。ネクタイの裏にあったアクルからのメッセージに気がついた場所でもある。見つけてくれたのが、レイカの目の前に入るスァンだった。

 金色の髪の毛は相変わらず美しいが、目の周りはぼろぼろだ。泣きはらしたのが見ただけで分かる。スァンの細い指が、弱々しくレイカの腕をつかんだ。


「聞いた? リイビーノが……リイビーノが……リッツもだって……」


 全てを言う前に、あぁ、と叫び声をあげ、スァンはその場に崩れてしまった。レイカはスァンの肩をしっかりとつかみ、落ち着け、と言うが、スァンには届かない。


「レイカは何か知ってる? さっきクレアさんから連絡あったのぉ……いきなり、君は自由だって、お店の権利は全て君にあげるって言われて……最後に、ローシュさんはもう……」


 いないって、と言う彼女の声は、喉の奥から微かに聞こえるだけだった。どうしよう、とスァンは言う。落ち着け、というレイカの言葉も、彼女には届いていない。レイカの言葉になんの反応も見せず、ただ震えながら、どうしようと言うだけだ。

 と、そのとき、レイカの後ろから自動ドアの開く音が聞こえた。はっと顔をあげると、そこにはローシュが立っていた。眉間にしわを寄せ、不愉快そうに二人を見下ろしている。


「おい、勝手に――」


 レイカが全てを言う前に、スァンがゆっくり顔をあげた。

 はっと息を飲み、次の瞬間にはもう、立ち上がり、飛びつくようにローシュに抱きついていた。


「おい!」


 手が拘束されているため、バランスを上手くとれないローシュは、彼女を抱きとめることもできずにそのままうしろにひっくり返る。頭を強打し、顔をゆがめるも、倒した当人は気にせずわんわんと泣いていた。


「……スァン、どいて。スァン」


 スァンは動かない。ローシュはあぁ、と面倒くさそうにため息をつき、天井を見つめた。


「無事で……よかった……何があったのかと……」


 スァンが言う。今度はローシュが答えない。


「スァン、そろそろ起きあがらせてやってくれ、ローシュがつぶれる」


 レイカが言うと、スァンははっと顔をあげ、慌てて起き上がり、ローシュの手をひっぱり上半身を起こした。ローシュはむすっと眉間にしわを寄せている。


「おい、どういうことだよ」


 ローシュに訊ねられ、さぁな、とレイカは肩をすくめる。


「俺は、お前をスァンの元に連れて行くってのは決めてたんだ。二人で話してくれ、その後、どうするかはお前たちに任せるよ。俺はただ――二人を引き合わせるだけだ」

「レイカ、どういうことなのぉ……?」


 スァンの問いに、レイカは答えることなくにこりと微笑むと、お礼だよ、と言った。


「スァンは、俺に大切なことを教えてくれたろ。だから、そのお礼に、ローシュを連れてきただけだよ」

「大切なこと……?」


 レイカがネクタイの下に親指を潜らせ、くいと上に出す。あ、とこぼすスァンに向けて、レイカは自分の人差し指を唇にあててみせた。


「スァン、ローシュをよろしく頼む」

「……レイカは? レイカはどうするの?」

「私は、元いた場所に帰るよ」


 じゃぁね、とレイカが立ち去ろうとしたそのときだ。ローシュが待てよ、とこぼす。レイカはその声に反応し、何も言わずに立ち止まった。


「エストレージャは何なんだ」


 ローシュが、静かに言う。レイカは答えず、ローシュを見下ろす。


「会社なのか? 組織なのか……家族ごっこじゃなさそうだが、でもそうだって言われれば納得する。お前らは、何なんだ?」

「……ローシュ、俺は思ってたんだ。きっと、リイビーノとエストレージャ、根本は一緒だ」


 レイカはサングラスを取ると、それを胸ポケットにしまった。


「能力があって目だつ奴を、お前は集めて、商品にしてた。エストレージャは、さらに目立ち過ぎて居場所が無い奴らの場所だ」

「しかし、あのお嬢さんは、お前らのことを社員って言っていた」

「……社員ね」


 レイカは遠くを見る。あと数時間で、日が落ちる。


「確かに、給与は貰ってるし、その分仕事もしているよ。皆強かったろ、あれも日々鍛えてるんだ……私たちはボディガードだからね」

「ボディガード……」

「そうだよ、サキ様のボディガードだ」


 ローシュは黙った。そうか、とレイカは無い返事に頷き、話を続けた。


「でも、彼女は家族がほしいって言っていた。ほんとのところは、個人個人違うのかもね。家族なんていらないって思ってるやつもいるだろうし、家族だと思っているやつもいるよ」

「………………」

「は、納得いかないって顔だな」


 レイカは、落ちていく太陽の光を見て、目を細めた。




「エストレージャはエストレージャだよ」



「……意味わかんねぇよ」

「だろうね。ま、でも、以上で俺からのささやかな情報公開は終わり……あ、そうだ」


 スーツの内ポケットに手を突っ込み、銀色の名刺入れを取り出すと、レイカはしゃがんで二人に視線を合わせた。星のマークがついた名刺を取り出し、はい、とスァンに二枚渡す。


「ここ、俺が住んでるところだ。何か困ったことがあれば、いつでも来てくれ」


 スァンは名刺を受け取ると、まじまじとそれを見つめた。


「エストレージャ……聞いたことあるけど……」


 まさか、と顔をあげたスァンに、レイカはもう一度「何も言うな」というジェスチャーをしてみせた。ぽかんと口を開けているスァンの隣で、は、とローシュが呆れたような笑い声を出す。


「あんたのとこのお嬢さんと、言ってることが違うけど。もう関わるなって言われたけどな?」

「そうか、じゃぁお前がうちの屋敷にきたとあれば、それはサキ様との約束違いにでもなるのかな。でも、俺はその約束を聞いていないし、お前が俺らの屋敷に来たら、腹でもすかして死にそうなのかもって考えるぜ」


 レイカは立ち上がると、じゃぁね、と二人に手を振った。


「ま、できればローシュは来ないでくれよな。できればスァンも。消息の手紙ぐらいは、送ってくれてもいいぜ。スァンが連絡を取ることは、約束違いにはならないだろ」


 待って、とスァンが呼びとめたが、レイカは聞かずに外に出た。空があからんでいる。オープンカーに乗り、二人を見ることなく走りだした。エンジンの音にまぎれて、もう一度私の名を呼ぶ声がしたが、振り返らない。ありがとう、と聞こえた気がした。



 赤い空に向かっていく。もうすぐ星が出てくる時間だ。髪の間を通り過ぎていく風が、気持ちいい。



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