20-3
サキとローシュが契約を結んでから二時間後、レイカがローシュのもとに現れた。見張りは、アニータがひとりついていた。
「外しますか?」
アニータの言葉に、ボスは静かに頷いた。外で待っています、と言って、アニータは静かにその部屋を出た。
「白いスーツに赤いヒール、それがいつもの君の恰好なんだっけ? 見慣れないな」
「そりゃぁどうも」
レイカは、ローシュの前に腰を下ろすと、胡坐をかいて座った。
「電話、貸してくれない?」
ローシュの提案に、なぜだ、とレイカはローシュを睨みつける。
「恐いな」
ローシュは苦笑すると、なんてことはないよ、と肩をすくめた。
「さっきあの社長さんと契約を結ばされたからね。リイビーノとリッツの皆に、もう自由にしていいよって連絡しないと」
「クレアにか」
「彼女は優秀だから」
分かった、とレイカは部屋を出、アニータに携帯電話を借りた。何で? と言うローシュに、レイカは思わず表情を歪めた。
「てめぇのせいで、携帯やお気に入りの服は、全て捨てられただろうが」
「あぁ、そうだったね」
「覚えているくせに、嘘つき野郎が」
ローシュはにこりと笑うと、番号を静かに告げ始めた。レイカはそれを黙って打ち、繋がったところでローシュの耳に電話を当てた。
しばらくの間の後、ローシュが「もしもし?」といつものような口調で話しかける。電話の向こうから彼女の喚く声が聞こえたが、ローシュは慣れているようで、困ったように笑うだけだ。
「クレア、リイビーノとリッツは解散だ。全員解散させて、自由だって伝えて。金は均等に与えてね、俺が恨まれちゃ困るから。俺は別の場所でまた自由するから。ついて来たい奴? だめだよ、今までの人達と関係を断ち切るのが、俺の自由への契約の一つだから」
はいはいじゃーね、と軽い口調で別れを告げると、ローシュはぐいと首を電話から離した。もういい、ということなのだろう。レイカはだまって、電話を切った。
「そんで、俺はどうなっちゃうの、解放されるんじゃないの」
「解放するよ、今から連れて行く」
「どこに」
ローシュの問いには答えず、レイカはじっとローシュを見降ろした。なんだよ、とローシュも負けじと睨み返す。
「……お前は、俺達から見えない場所で、悪さをするのか、これからも」
「俺がしたいことは、悪いことが多いだけ」
「……なるほどな」
なるほど、とレイカはもう一度繰り返した。
したいことが、悪いことなだけか――心の中で繰り返し、ふん、と鼻で笑う。
「迷惑極まりない」
「褒められたね」
「本当はアクルの分までお前を殴ってやろうと思っていたんだが」
レイカの言葉に、う、とローシュは身を強張らせる。レイカは腕を組み、ローシュを見降ろしたまま、ふうとため息をついた。首を二三度横に振る。
「やめた。そんな気は失せた。お前にはもう同じようなことをしているしな」
「……同じようなこと?」
「今までの居所を、なくすのはつらいよ」
なんだそんなこと、と笑うローシュを、レイカは睨みつける。殴ろうと思っていたと言われた直後だ、ローシュはすぐに黙って、目をそらす。
「……辛いんだよ。だから、今から連れて行く場所は、俺達からの慈悲だと思えよ」
「どういうことだよ?」
「お前にとって、チャンスになるかはしらないけど、彼女にとってはチャンスだ」
独り言のようにレイカは呟き、ローシュがそれに対しどういう意味だと問うても、それ以上答えようとはしなかった。だまってしゃがみ、ローシュの足の拘束をとり、外に連れ出した。
「なあ、ひとつだけ訊きたいんだけどさ」
ローシュは、黒くて長い廊下を歩きながら、レイカに訊ねた。レイカは小さく「何だ」と言う。
「どうして、アクルの腹の傷が嘘だって、レイカは気がつけなかったの?」
ローシュはそう言って、レイカの横顔をちらりと見た。レイカの口元が、うっすらと微笑んでいる。
「さぁな」
そう答えるレイカはどこか嬉しそうで、ローシュは不機嫌そうに眉間にしわをよせた。
「つまんな」
その言葉にレイカは返事をせず、黒い廊下にぽつりと落ち、反響もせずに消えていった。
自身の白いオープンカーに乗せ、無言で車を走らせる。移動中、ローシュとレイカは一言も口を聞かなかった。風が強く、ローシュは目を細めながら、過ぎゆく景色をじっと眺めていた。
車を走らせて数十分、ある店の前で、レイカは車を止めた。閑散とした通りに、ひとつだけ置いていかれたように存在する、派手な店。店の名前はロリポップ。そんなに可愛らしい店だったのか、とレイカは店の看板を見上げながら思った。前に来たときは、混乱していて、そんなことをチェックする余裕も無かった。
「……どういうことだよ」
週十分の沈黙ののち、ローシュが久しぶりに口を開く。どうもこうも、とレイカはサングラスごしに、ローシュを静かに見つめた。
「そういうことだ。今までの居所をなくすのは辛いと言ったろ」
「……ここは俺の意場所じゃない」
「そうかもしれないが、お前に彼女が全く不必要ってわけではないだろ。待ってろ、今さら逃げるなんて、頭の悪いことはするなよ」
レイカは車を降り、店の中を覗いた。すぐに店主と目が合う。右手を軽くあげると、涙目の彼女が足をもつれさせながら店の奥から駆けてきた。レイカが店の中に入ると、彼女は駆けより、
「レイカ」
と確かめるように名前だけ呼び、その後は何も言わなかった。
「スァン、久しぶり」
レイカは、スァンに小さく微笑んだ。